第一話「魔術師」G
実はヴェーシャが躊躇っていたのには理由があった。
幾重にも重なった旋毛線を破った直後、ヴェーシャの視界にエリスの姿は存在しなかった。
それでは違和感がある。何故ならば、小さな竜巻から彼女が逃げる隙と言うのはは何処にも無かったからだ。
(けれど現に起きた事だ。どう判断すべきか。)
この違和感から数秒も満たない頃、ヴェーシャの長年の経験が「警戒続行」と判断した。
しかし、気づくのはあまりにも遅すぎた。
ヴェーシャに背後から、明確な強大な風音が複数、迫っていた。
チッ、と軽く舌打ちし踵の向きを変えると手元から溢れんばかりの獄炎が強大な暴風から護ろるが。
「クッ……。」
辛うじて防げた。
しかし、その場では痛みを堪えるヴェーシャの声と右肩の血しぶきが重なっていた。
気づかぬ内に”背後”を取られていたのだった。
「先手を取られたか……。愛を語り合うのはこれからってのに、こんな形で女に振られるとはな。」
なんて言う冗談と苦笑いが聞こえるが、顔は笑っていない。
寧ろ、してやられたと言わんばかりに目元をつり上げていた。
ヴェーシャの背後には中距離間隔でエリスが居た。
「はぁっはぁっ、これでしとめたと思いましたのに……。」
息切れをしながらエリスは言う。どうやら余程体力を消費したらしい。
(まさか、避けられるとは……。)
あの時、エリスにはヴェーシャをしとめる確信があった。
隅で静観し続けた海斗でも、何が起きていたのか安易に説明が出来る。
実は彼女の竜巻とヴェーシャの火拳が衝突する際、異形の紋章はもう一つ展開されていた。
場所は空中を急降下した”ヴェーシャの背後に”。
そして竜巻が突き破った直後、
躊躇うヴェーシャの背後にエリスは急に出現し、黒い風を手に纏わせ複数放ったのだ。
それは転移魔術式と呼ばれる物だった。数m程の移動を空間を越えて瞬間移動を可能とする魔法術式。
魔術師の間では全般的に有名な魔術だが、範囲も狭く移動手段でさえあまり実用的では無い為、戦闘でさえも使われない物。
エリスはそれを攻めの一手に使っていたのだ。
「ちっ、こんな局面で転移魔法を使いやがったか。内部と外部の視界を遮断する竜巻の性質を利用して 竜巻の中にお前が居ると思いこませた訳か。」
「だが……嬢ちゃん。失敗したようだな……俺を一撃で倒す為にあれだけの魔力を費やしやがって。」