第二話「異界人」H
エリスの表情が強ばるのは百も承知だが、抑えようとしていた笑いがどうしても止まらない。
だからドン、と音が鳴った。エリスの両腕が卓袱台を叩きつける。湯呑みに濯がれたお茶や食器などが微かに揺れていた。
「今、笑ったわね。」
「いや……。」
「絶対笑ったわ!? 私の何が面白いのよ?! 」
「違う、違う……。それが『氷川』なんだよ。」
海斗は笑いを出来るだけ堪えながら言うが、エリスの拳が上がるのを無意識に恐れ卓袱台から遠ざかっていた。
ようやくエリスの様子が多少落ち着くところを見ると再び卓袱台に近づいて、
「それが、氷川ってどういうことよ?」
「要するにそういう奴なんだよ。数学の授業でも『二乗しても0を越えない虚数』を『妄想に妄想を重ねても決して、現実を越えない中二病』と言う程だからな。」
「恐らくお前のことだろう、『猿の説明』に首を突っ込めなかったんだろ? 」
「ええ、あれだけ語られたら……突っ込むどころかドン引きですもの。」
「ああいう奴なんだ、怒る気持ちも解るが慣れるしかない。」
「……。」
エリスの沈黙が続いた。海斗は言いたいことを済ませてテレビのリモコンに手を伸ばすと、
「しかし、同じ学校で同じクラスだったとはね。」
「何か不満でも? 」
「不満も何も当然だ。飯と寝る場所を提供するだけで、俺はそれ以上の日常に関わるな、と言った筈だぞ。」
「それは仕方ないじゃないの。貴方が来る前から転校は決まってたし、それに私だって貴方と同じクラスだって思いもしなかったもの。」
「神様。いや『究極者』っていうのは本当に気まぐれだな。」
「確かに、まぁ今は居ないけどね。」
海斗は大きくため息を吐くと、隣の布団の中に潜り込もうとすると、
「おやすみなさい。 」
「おいおい、明日からは自分の布団を用意するって言ったじゃねぇか!? 」
「ごめんなさいね。教材買ってたら残りが50円しか無かったのよ。」
エリスは布団に潜り込んだまま、上目使いをして海斗を見て。
下からタオルケット、毛布、掛け布団を三重だ。昨日使ったタオルケットもエリスの物になっていた。
「おい、タオルケット一枚で寝ろと?」
「あら、何なら一緒に寝る?」
「いや、もっと無理だ。」
「なら、お休みなさい。」
「だから返せって!!」
あれから数時間、寒い夜をタオルケット一枚で過ごした男子高校生が居た。
それが誰なのかは言うまでもない。