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旅の調律師

この世界には調律師(リーティア)という職業がある。世界の中心にある学校で特別な教育を受けた女性達が、そこで修得した魔法の力を使って世界から不幸を取り除こうというのが、調律師……彼女達の仕事である。


 ある調律師の女は、世界の最果てを目指す旅の道中で、異教の街に立ち寄った。

 その街では、彼女の得意とする魔法を無効化する結界が張られていた。その代わり、街の入り口に門兵はおらず、異邦人だからといって特別に通行税を取られる様子もなく、開け放たれた大きな鉄の門を素通りして、彼女は街の中に入ることができた。陽が落ちて間もないとはいえ、このような体験をするのは彼女の旅の中でも初めてのことだった。

 外門をくぐると、着色前の粘土をこねてつくったかのような灰色の街並みが彼女を出迎えた。屋根も壁も道も、道ゆく人々の服でさえその全てがモノトーン調。

 この奇妙な街を人々は当たり前のような顔をして歩いていた。立ち止まって談笑する者などは一人もおらず、唯一、視界を確保するためだけに灯された飾り気のない街灯の明かりだけが、この街に外界から持ち込まれたたった一つの共通点のように感じられた。

 普通は歓迎して出迎えられることの多い彼女は、ふうと息を吐いた。

 この街でできることが私にあるのだろうか。

 得意の魔法は結界で使えない(これはとんでもないことだ)、この街のことは何も分からない(というか迷った末ここに辿り着いた)、街の人々も一見困った様子がない(主観的には大有り)というのが現状だ。そしてなによりも気になるこの「魔法を消す魔法」……。そんなもの神話ですら聞いたことがない。

 魔法はこの世界の基本原則である。それを無視して、誰が、一体なんのためにこんな大規模な魔法阻害魔法(ディスペル)を作ったのか。なんとしても探る必要がある。

 彼女は調律師としての責務を超えて純粋にそう思った。

 しかし、行動するには日も遅く、宿を探して彼女は街を歩いた。

 結果、宿は見つからなかった。それどころか食事をする場所すらなかった。

 目についたものといえば、歩いている途中にいくつか見かけた数人からなる奇妙な人だかりである。柵やらポストやら街路樹やらに、特に話すでもなく集まってじっとしているのだ。

 彼女は一番近くの街灯に近づき、そこに集まっていた3人の人々に声をかけてみた。

「すみません。少しお伺いしたいのですが」

 すると、一番手前にいた、決して高価そうではないものの良く手入れされた品のあるコートを来た初老の男が振り向いた。ゆっくりと笑顔をつくり「どうかしましたか?」と言った。

 この街に来て、初めて見た笑顔だった。それも、暖かい笑顔。この街の雰囲気からは想像もしなかった。女はその笑顔を受けて、人はこのような表情ができる生物なのだ、ということを久しぶりに思い出したような感覚に襲われた。

 僅かばかりの動揺を感じながらも、彼女は自分の役割を思い出し、少し威厳を込めながら言った。

「私は旅の調律師をしています。名はライリ。宿を探しているのですが、なかなか見つけられず、困っているのです」

 すると男はさも当然と言う顔でこくりと頷いた。

「それはお困りでしょう。なにせこの街に宿はありませんから」

 それを聞いてライリは驚きを表現した。

「そうだったのですね。結構歩いたのですが、どうりで見つからないわけです」

 肩をすくめて見せ、改めて問い直す。

「では、私のような旅人は、この街にやってきてどうすることが多いのでしょうか?」

 すると男は微笑み、

「ご心配には及びません。この街では旅人は財産。歓迎は喜びなのです。旅人の接待は、時々の縁に従って、街の者で分かち合うことになっております。それゆえ……」

「す、すみません。もう少しだけわかりやすく……」

「ああ、失礼しました。つまり……」

 ごほんと男は咳払いをして言った。

「私の家に泊まられるとよろしいということです。無論強制はしませんが」

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