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舞姫

作者: 滝沢洋一

「さて、いつまでそうしているつもりだ?」


「申し訳ありませぬ・・・どうか、もう少しだけ・・・」






寒々しい夜空だった。


凛とした気配に漂うのは陰気な気配だった。


大木の下に淀んだ気配を放つ者がその原因だった。


「それではない、それではできない・・・どうしたら・・・」


幾つもの櫛を作り、己が手で壊し、また作るを繰り返していた。


その陰惨な有様は食物を求めて地獄を彷徨う餓鬼のように酷いものだった。


「・・・・こんなところでいつまでも何をしている?」


呆れたような、困ったような顔をして、一心不乱に何かを作っている者に対して若者が声を掛けた。


「見てわからぬか、あの人に合う櫛を作っている」


「・・・・」


こみ上げてきた何かを抑えつけるかのように、消し去るかのように息をのんだ。


「・・・・それは誰に対する者なのだ?」


「舞姫だ」


即答だった。


まるで何をおかしなことを言うのだろうか?とばかりに迷うことのない言葉だった。


「そうか、ならばその者に聞いたらどうだ?」


「なにを・・・・」


続く言葉を飲み込んで、そこにいる人を食い入るように凝視した。


「舞姫・・・なぜ、ここに・・・」


「この方が、是非にと・・・」


大粒の涙を流しそうになるのをこらえながら、女が答えた。


「・・・・それではこの者には似合わないな、少々手を貸そう」


「何をする!」


そっと、慈しむかのように、何かをこらえれるかのように、優しく簪を手に取った。


その動きは乱雑に見えて、見る者が見れば細心の注意を払って取ったのが一目瞭然だった。


「やれやれ・・・随分と酷い有様だ、これでは整わないに決まっている」


呟くと、静かに簪を手に取って見定めた。


「随分とまあ人の業念がこびり付いているものだ、これではなぁ・・・」


呆れたように言うと、簪を優しくなでながら、


「かけまくも畏き伊邪那美の大神、筑紫のひむかのあはぎ河原にして禊祓し時にあれまする、祓へどの大神たち。


諸々の禍罪穢れあれどもはらひたまへ清めためへと申すことの良しを、天津神国津神八百万神たち共に聞し召せと、恐み恐み申す」


祝詞を唱えた。


「な、なぜ・・・・」


「人の強欲、悪念がこの簪には纏わりついていたからな」


笑うと、そっとその簪を差しだした。


「さあ、お前の手でつけてやると良いさ。


心を寄せたその人にな」


笑って促した。


「ずっと、ずっと、待たせてしまいました・・・いま、つけさせて頂きます」


「・・・はい、お待ちしておりました・・・あなたから、手ずからつけて頂くのを・・・」


お互いに泣きそうになるのを懸命にこらえながら、そっと結い上げた髪に簪を付けた。


「これで、これでもう、悔いなく舞うことができます・・・ありがとう」


「・・・職人冥利につきます」


お互いに大粒の涙を流しながら、言葉を変わした。


「さて、では舞いを披露してもらうとするか。


良いだろうか?」


「はい!」


輝くような笑顔を見せると、静かに舞いを舞い始めた。


「さて、いつまでそうしているつもりだ?」


「申し訳ありませぬ・・・どうか、もう少しだけ・・・」


泣きそうになりながら懸命に顔を隠している簪職人と、一心不乱に舞いを披露する者。


お互いを思いやる恋人たちの願いを、一切の感情を隠して若者が見ていた。


(昔を思い出させられるな・・・。


もし、あの時にこの者達のように行動を起こしていれば・・・)


「いや、せんなきこと。


そのようなことをしてもあの二人が喜ぶことはあるまい・・・」


「お侍様?」


「なんだ、どうした?」


「何かございましたか・・・なにやら物思いにふけておられたようですが・・・」


「気にするな、過ぎ去った時のことだ」


寂しそうに笑うと、天を仰いだ。


(思いが漏れていたか・・・情けないことだ)


優美な舞を舞う娘をみながら、そっと胸元にある簪に触れていた。

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