刃で切り開く希望を信じよ!女性士官達が臨んだ対テロ作戦
女性だけで構成された国際防衛組織である人類防衛機構の極東支部近畿ブロック堺県第2支局に、私こと大沢実花が正式配属されてから始めて参加した軍事作戦。
それは、かつて国内外を無差別テロで震撼させた非合法団体「天弓武装戦線」の残存勢力の摘発作戦でした。
我々人類防衛機構を始めとする公安組織との戦闘や、理念の解釈の相違に伴う組織内部で吹き荒れた粛清の嵐により、天弓武装戦線の構成員の多くは凄惨な末路を辿ったのです。
元化12年10月現在、天弓武装戦線の本隊は事実上の休眠状態にあると言えるでしょう。
ところが我々の摘発や組織内の粛清を免れた急進派の残党が、この南近畿地方堺県に潜伏している事が判明したのです。
ただ潜伏しているだけならまだしも、彼らは青少年に違法薬物をばら撒いて中毒患者に仕立て上げ、薬物と引き換えに服従させるという悪辣極まりない手段で構成員確保を進めていたのでした。
オマケに件の違法薬物には、人間をゴリラのような獰猛な獣人に変えてしまう獣化作用も含まれていたのですから、捨て置く事は出来ませんね。
この危険なテロ組織の摘発作戦を遂行するに当たり、公安警察や当該地域を管轄する堺県警が動員されたのは言わずもがなですが、作戦の中核を担うは何と言っても人類防衛機構の誇る女性士官達で御座います。
白兵戦に秀でた若手将校である特命遊撃士にしても、その援護を担当する下士官の特命機動隊にしても、既に幾多の死線を潜り抜けた歴戦の勇士ばかり。
その中で目立った戦歴が無い者と言えば、養成コースでの訓練課程を修了したばかりの新米特命遊撃士である私だけで御座います。
射撃訓練や模擬戦はキチンとこなし、巡回パトロールや当直勤務の経験はあるものの、実戦は此度が初めて。
配属先である人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局を出た時から、微かな震えが止まらないのでした。
「緊張しているのかね、大沢実花少尉?」
「はっ!?」
敵の拠点へと直走る武装特捜車の後部座席に掛けていた私は、そのアルトソプラノの爽やかな御声を耳にした瞬間、まるで心臓をギュッと鷲掴みにされたかの如く硬直してしまったのです。
何しろ車内の上座に腰掛けられた方こそ、此度の対テロ作戦で私の所属する部隊の指揮官でいらっしゃる加森千姫子中佐なのですから。
特命遊撃士としての階級もそうなのですが、今年の春に堺市立御幸通中学校へ進学したばかりの私と堺県立大学一回生である加森千姫子中佐とでは、年齢の差も大きく開いているのでした。
「腰の軍刀に添えた手も、そのワインレッドのツインテールも、微かだが小刻みに揺れているじゃないか?初陣で武者震いとは頼もしいな。」
されど加森千姫子中佐に、憤りの感情を感じ取る事は出来なかったのです。
アルトソプラノの御声は普段と変わらずに爽やかで、紺色のヘアバンドで束ねられたボブカットの銀髪が眩しいボーイッシュな美貌にも、貴公子然とした微笑が浮かんでいたのですから。
「も…申し訳ありません、加森千姫子中佐…」
「そう恐縮する事はないよ、大沢実花少尉。むしろ私は、貴官の事を頼もしいとさえ思ったんだ。」
意外な一言に面食らう私とは対照的に、加森中佐の笑みは更に深まるのでした。
「た…頼もしい?」
「そうとも、大沢実花少尉。戦闘を前にして緊張するのは、それだけ貴官が慎重で謙虚な証だよ。敵を舐めてかかるより余っ程良い。油断と慢心で驕った味方は敵より厄介だからね。慢心ではなく、自信を持ち給え。」
私の身震いを咎めずに美徳として認められた上で、至って自然に激励へと繋げられる。
そんな加森中佐の器量の大きさと高い指導能力には、私も驚かされましたよ。
「人類防衛機構で鍛えた力と技、そして同じ正義を誓った戦友達との絆。それらを信じて戦えたからこそ、私達は悪の野望に勝利出来たんだよ。勿論、此度の作戦も例外ではない。貴官にも出来るね、大沢実花少尉!」
「はっ!承知しました、加森千姫子中佐!」
答礼の声にも、自ずと気合いが入ります。
−この凛々しくも頼もしい美貌の上官の背中から、沢山の事柄を学ばせて頂こう。そうすれば、私の初陣は実り多い物となるに違いない。
美少年にも似た加森千姫子中佐の颯爽とした魅力に惹き付けられていくのを自覚しながら、私はそう確信したのでした。
そして私の確信が正しかった事は、その後の実戦で証明されたのです。
敵のアジトである町工場へ突入された加森千姫子中佐の御手並みは、それは素晴らしい物でした。
「ラムネ菓子を製造する駄菓子業者を隠れ蓑に、獣人化ドラッグをばら撒くとはね。過激派風情にしては、良い目の付け所だよ!」
個人兵装であるバスタードソードを携えられた加森千姫子中佐には少しの迷いも隙もなく、涼やかな眼差しで危険分子の一挙手一投足を注意深く見据えていらっしゃったのです。
アジトに踏み込まれて動揺する作業服姿の男達とは、まるで対照的な落ち着きようで御座います。
「高純度の獣人化ドラッグは、別ロットで製造している当たり付きのラムネ菓子に混入したって寸法か…子供達に夢を与える駄菓子で薬漬けとは悪い冗談だよ、彩虹ラムネさん…いいや、天弓武装戦線のテロリスト共!」
一時は廃業も囁かれていた彩虹ラムネが持ち直した背景には、天弓武装戦線構成員の雇用と薬物入りラムネ菓子の密売があったのですね。
社員の中に天弓武装戦線の協力者がいたからこそ、ここまで大胆な真似が出来たのでしょう。
「おのれ、公安の犬共め!こうなれば、貴様等諸共に…うっ!?」
作業服から何かを取り出そうとした構成員は次の瞬間、驚愕の呻き声を上げて硬直したのです。
「残念だったね、刺し違えられなくて。」
何時の間に抜刀されたのか、加森千姫子中佐の右手にはバスタードソードが握られていたのでした。
「起爆前に信管を破壊すれば、爆弾など物の数ではないのだよ。」
そして貴公子を思わせる凛々しい美貌に得意気な笑みが浮かんだ次の瞬間、真っ二つに両断された小型爆弾の残骸が転がり落ちたのです。
「お、おのれっ!」
挑発を真に受けた憤怒の激しさからか、自爆を阻止された非合法活動家の顔は真っ赤に染まっていたのでした。
いいえ、顔色ばかりではありません。
筋肉はムクムクと肥大化して作業服を内側から引裂き、あらわになった素肌はゴリラを思わせる黒い剛毛で覆われたのでした。
「獣化現象?!彼奴等は予め、薬物を服用していたのでありますか?」
「当たらずとも遠からずだよ、天王寺ハルカ三曹。コイツラは度重なる違法薬物の摂取で、体質が変化していたんだ。ドラッグ入りラムネ菓子の製造ラインに残る僅かな粉塵でも、変身出来てしまう程にね!」
上擦った驚愕の声を上げる下士官の少女とは対照的に、加森千姫子中佐の微笑は普段と変わらぬ余裕に満ちた物で御座いました。
さすがは戦い慣れた佐官階級の特命遊撃士。
テロリストが変身したゴリラ獣人の群れなど、驚くに値しないのですね。
「とはいえ敵が獣人への変身を遂げた以上、逮捕拘束なんて悠長な事は言ってられない。戦場では一瞬の油断が命取りだ…」
不意に言葉を切られた加森千姫子中佐の両眼が鋭く光った次の瞬間、一陣の風がサッと吹き抜けたのでした。
何か硬い物を断つ音と、真紅の血煙を伴って。
「ウガッ…?」
ゴリラ獣人の一頭がザックリと袈裟がけに斬られて絶命したのは、その後の事だったのです。
「ほら、こんな風にね!」
太刀捌きが巧みなのは勿論、加森千姫子中佐は身のこなしも鮮やか極まる物なのでした。
遊撃服の白い生地にも黒いセーラーカラーにも、悍しい獣人の返り血の飛んだ跡は見受けられなかったのです。
「総員、敵対勢力を掃討せよ!命を落とすのは我々ではない、不埒なる非合法活動家共の変異した獣人共だ!」
「はっ!承知しました、加森千姫子中佐!」
貴公子を思わせる凛々しい美貌の少女士官の号令の許、私達は敵対勢力の掃討を開始したのでした。
風圧を感じた私がサッと身を引けば、力任せに振り下ろされた敵の剛腕が虚しく空を切り、ラムネ菓子を製造する機械が鈍い金属音を上げて砕け散ったのです。
その馬鹿力たるや、正しくケダモノ同然。
「ゴアアッ!」
獲物を逃した猿人が口惜しさから牙を剥き出しにして絶叫し、第二撃とばかりに猛然と殺到したのでした。
「むっ!」
直ちに体勢を整えた私は、自分目掛けて飛来する金属片を視界の隅に認めると、反射的に軍刀の鞘を構えたのでした。
そうして軽快な金属音が手元で響いた次の瞬間には、当座の敵である猿人の顔からは夥しい鮮血が噴出したのです。
「流石は特殊合金製の鞘…金属片など物ともせずに跳ね返すのですね…」
愛刀の鞘を惚れ惚れと一瞥する私の数歩先では、跳ね返された金属片で顔の肉を抉られた猿人が見苦しくのたうち回っていたのでした。
既に戦意を喪失しているのは一目瞭然。
私は敵に止めを刺すべく、愛刀を振り被ったのです。
「覚悟っ!」
そうして迸らせた白刃が首級を断った瞬間、醜悪な猿人は遂に事切れたのです。
「良い太刀筋だよ、大沢実花少尉!そのまま慢心する事なく、事に当たれ!」
「はっ!承知しました、加森千姫子中佐!」
貴公子を思わせる美貌の上官に応じながら、私は戦友達と力を合わせて掃討戦を続けたのでした。
やがて全ての猿人を物言わぬ骸と変えた頃には、町工場の床は血溜まりと化していたのです…
ライフル弾で頭部を粉砕され、軍刀で首や四肢を断たれ、無惨な姿で横たわるゴリラ獣人達の死体の山。
あの壮絶な戦闘の末、天弓武装戦線の残党グループは一人残らず地獄へ落ちたのでした。
「ふぅ…終わった…」
戦闘後の心地良い余韻に浸るのもそこそこに、私は溜息を漏らしつつ軍刀に付着した血糊を拭ったのです。
懐紙が血糊で汚れていくのと反比例して、愛刀の刀身はみるみる往時の輝きを取り戻していきます。
しかし、愛刀を振り下ろして敵を両断する時の手応えと衝撃は、私の両手にハッキリと残っていたのでした。
「御苦労だったね、大沢実花少尉。初陣とは思えぬ迷い無き太刀筋、見事だったよ。無駄な動きを排した一片の隙も無い足捌きも、素晴らしいの一言だ。」
快活な笑顔で労って下さる加森千姫子中佐の御姿は、血臭立ち込める戦場には不釣り合いなまでに美しく、また颯爽とした物で御座いました。
「随分と手元を気にしているようだけど、敵を斬った余韻が気になるのかね?」
そして何より、部下や戦友達への御心配りを欠かさない慈愛に満ちた方でいらっしゃるのです。
「申し訳有りません、加森千姫子中佐。憎むべき敵と分かってはいるのですが、斬殺した時の感触が気になってしまい…」
「なぁに…恥じる事はないさ、大沢実花少尉。それは貴官が優しさという美徳を持っている証だよ。」
予期していた厳しい叱責の代わりに到来したのは、そっと髪を撫でられる感触と穏やかな囁き声だったのです。
「ただし、その優しさは敵ではなくて、守るべき地域住民に注いでやれ。此の世に仇為す悪を斬る事で、守るべき人々の笑顔や幸福が盤石になるんだ。私が養成コース時代に従事した教官殿は、『刃で切り開く希望を信じろ。』と仰っていたよ。」
「刃で切り開く、希望を信じろ…」
私は加森千姫子中佐の御言葉を復唱しながら、先程まで感じていた斬殺時の余韻が綺麗に消えていた事に気付かされたのでした。
刃で切り開く希望。
これを信じられるようになった時、きっと私も加森千姫子中佐のように、後進に道を示せる防人乙女になれるのでしょうね。
たとえ今はまだ受け売りの言葉でしかなかったとしても、いつかは自分自身の言葉として…