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私が贈る準イベリス  作者: 夜月 真
10/16

9月17日

9月17日

 

 夜も随分と涼しくなり、過ごしやすい気候が続いていた。カフェにはまだ私しかきていない。マスターと二人きりだった。

「ねぇマスター? どうしてみんなに名前を付けたの?」

 私はずっと気になっていたことをついに問いかけた。マスターは私の見えるところでコーヒーを入れてくれている。マグカップの底にポチャポチャと滴る音が心地良い。

「貴女方には両親が付けてくださった立派なお名前があります。しかし、名前を産みの親が付けてくれるのは人間だけなのです。他の動物には、個々の匂いや音がありますからね」

 頬杖をつき、ポットのお湯で円を描くように注ぐ姿を眺めたままもう一つ、訊いた。

「じゃあ、プチとか、モカとかってどうしてそういった名前にしたの?」

 マスターは何も話さなかった。ふとした沈黙に、雨音が強くなる。

 さりげなく私の席へ置かれた頼りない湯気を躍らせるコーヒーが、代わりに答えてくれたようだった。


「そっか、マスターはコーヒーが好きだもんね」

 濁った色の表面には、私の顔を映していた。ありがとう、そう言ってカップを口にした。

「今日、彼来ると思う?」

 私は窓の外、街灯に反射する雨脚の光を見て期待を問う。私の傍で、マスターも佇んだまま外を見つめていた。

「どうでしょうね。しかし彼もきっとここに訪れる時は、同じようなことを考えていると思われますよ」

「ふふっ、そうだといいんだけどね」

 零れた笑顔を拾うように、またコーヒーを飲み込んだ。

 雨音に目を向けて、ふと頭に浮かんだことを口にする。


「魂って、どんな色だと思います? やっぱり白? 人によって違ったりするのかな。そもそも魂なんてなかったり?」

 マスターは気づかぬうちにまた一つ、コーヒーを注いでいた。私の愚問へ答える前に、隣の席へと腰掛ける。椅子の軋む音が耳に触れた。

「魂ですか……。また小難しい話をしますね、貴女は」

 顎に短い指を添えて考え込む姿を横目で眺める。マグカップの中身が冷め始め、飲みやすくなってきていた。大きな猫の悩む姿というものは、なんだか芸術家のように思えた。

「……そうですね、やはり私にもわかりません。しかし魂は存在すると思います。また、星にも色はありますので、必ず魂にも色はあると思いますよ。私たちも、宇宙の一つに過ぎませんから」

 不可解な質問にも、マスターの答えには妙に納得してしまう。

「そっか。流石だなぁやっぱり」

 話に句点が着くと、また静かになった。


「……マスターは恋とかしたことないの?」

 彼について考えていると、ふと気になった。

「……私、ですか……」

 マスターの左耳が大きく震えた。

「…………愛しい方ならいますよ」

「え!? どんな人!?」

「人ではありませんが、とても優しい方でした」

「でしたって……?」

 どんよりとする重たい空気が、私の疑問に答えてくれたようだった。言葉要らずだ。

 何も言わず立ち上がる隣で、私は何もできなかった。謝ろうとしても、口が固い。すると厨房のどこからか取り出された写真立てには、ペルシャ猫のような品のある姿が描かれていた。

 ボンネットの帽子を被り、それに似合った服を身にし、膝に手を添えて椅子に座っている。そしてその後ろには誰かが立っている。柔らかそうな毛並みを纏った手が、背もたれに添えられているのを見てマスターだとわかった。


「彼女は私の記憶を消したまま、私の前で呼吸を止めました」

 酷く辛い一言だった。

「病とは、運命とは、受け入れ難いものです」

 マスターはそれ以上には何も言わず、出窓に足を運んで空を眺めていた。人の過去に踏み込もうとしてはいけないのだと、ひとつ大きなものを学んだようだった。

「記憶を……消したまま……」

 ぽつりと呟いた。私の声に反応したように身体を軽く捩じって振り返り、その恐ろしいほどに美しい瞳と視線が合致した。

「はい、貴女と私は、どこか似たような状況にいるのです。だから私は、貴女の為に彼を呼んだのです」

「呼んだって……?」

 一拍置いて、マスターはまた外に身体を向けなおした。


「彼を見つけるのは容易ではありませんでした。あまりアクションを起こさない人でしたから」

 私にはマスターの言っていることが不可解だった。その中で、私の為に色々と手を回してくれているのだけはとても伝わった。

「貴女には心から応援しておりますよ」

 マスターはスタスタと厨房に歩いて戻り、私の横を過ぎると一言呟いた。

「さて、そろそろ朝食のお時間です」

 古びた音が扉から聞こえると、ウィンとダッチが店の中へと足を踏み入れた。

「どうした? 辛気臭いような顔して」

 隣へ座るウィンはいつもニコニコとしていた。たまに悪戯をするから警戒心が解き切れない。

「ううん、何でもないよ」

 私達がマスターから提供された水を飲み干すと、出窓の奥で彼の姿を映し出した。小さく手を振ると、扉から入ってそっと微笑んでくれた。

 隣へと足を休める彼に私は、一言伝えて席を外した。


「ごめんね、丁度私帰ろうとしてたところなの。あとで連絡するね」

 マスターの話が気がかりで、みんなとはあまり話さずにお店を後にした。出口へ向かう体の背中が視線を感じていた。

 …………帰宅して数時間、時計の針がその日二度目の7の数字を指していた。勉強も一区切りつき、お風呂もご飯も済ませていた。

【そろそろ家出るねー】

 洗濯機を回転させた後に送ったメッセージにはすぐに既読の文字を着けられた。

【こっちも家出たよー!】

 夜景が見たい、そう言う私のわがままに彼は文句の一つも言わずにただ一言、じゃあ行こうよと言ってくれたのだ。

 有名な夜景じゃなくてもいい。ただ他よりも少し高いところから世界を見てみたかった。人気のなさそうな場所から、人の住む街を見たいと思ったのだ。

 橋へと向かい、彼と合流してからバスへと乗り込んだ。二人で座れそうな席がないほどには込んでいる。吊革に腕をぶら下げるように指を絡ませ、彼と目的地について調べる。


「見て、写真だとこんな感じみたいだよ」

 二人だけのヒソヒソ話が始まった。

 ネットに掲載された写真には、画質の悪い夜景、そして自然豊かな草木で満たされた公園の景色がヒットした。

 その中でも、ある記事が私達の注意を引いた。

「酒飲み……おじさん?」

 文字をタップしてリンクを開く。そこに書かれていた記事は、私達が向かう先に現れる不審者の情報だった。

「いつも酒を飲んでいて、人に絡むことがある……。一度警察沙汰にもなったが、厳重注意で今も酒を飲み続けている……。だって」

 記事を読み、彼を見るとプッと吹き出していた。

「今でも酒を飲み続けている……。ホラー映画みたいな終わり方だね」

 そう言われて私も揺れるバスの中で笑いを堪える。


「まあとにかく気を付けよう」

「そうね、もし会っちゃったらどうする?」

 彼は深く考え込んだ末、私の耳元で囁くように答えた。

「その時は……翠さんを生贄にして……逃げるかな」

「……最低」

 苦笑いの私に対して、彼は肩で笑っているようだった。

「冗談だって、まあその時考えるかな」

 バスが駅のロータリーに到着し、改札を抜けて電車を待つ。朝方に聞いたマスターの話を彼に伝えたかった。けれどそれを話してしまっては、何かが枯れてしまうような、そんな取り返しのつかないことになるような気がした。

「どうして急に夜景なんか?」

 電車の到着を知らせるアナウンスと同時に彼は口を開いた。

「うーん。なんか、他人の人生? とか、そんなのを感じられるかなって」

 私の言葉を聞いて彼は頭の上に、はてなマークを浮かべているようだった。


「まあ、着いたらまた話すね」

 開いた扉から私は電車へ乗り込んだ。二駅先はさほど遠くなく、あっという間だった。改札を抜けたバス停でも特に困ることなく、思ったように物事が進んでいるのが逆に不気味だ。

 夜景の見える小さな丘は、バスに乗車して5分ほどで到着してしまう。バスが停止し、足を伸ばしてアスファルトに靴底を付ける。

「ここからどっちだろう」

 スマホで道を調べる私の横には彼の顔があった。お風呂上がりのような香りが嗅覚を刺激した。

「あ、少し歩くみたい。公園の中を歩くと多分近道そうだよ」

 明かりのともらない草木の道を歩んで私達は足を運ぶ。夏色に彩っていた木々に生える若葉はもう秋色に年老い始めていることに改めて気づかされた。

「もう夏も終わりだね」

 隣を歩く彼の腕は長く見えた。

「そうだね。次の夏には、何をしようか」

「それは私とってこと?」


「……そう」

 前を見続ける彼は真っ直ぐと街灯を探すように歩いているように見えた。

「ふふっ、嬉しいよ。ありがとう」

 私も彼を見るのをやめ、道なりに目を向けた。

 遊具のある公園を抜け、車道が現れた。画面の案内のままに私達は足を動かし続ける。少し歩いたところで、もうすぐ着くみたい、そう言って片手のスマホを鞄にしまった。

 頭に詰めた残りの道順で進んでいくと、屋根付きのテーブルと背もたれのないベンチがそこにあった。雨が降ろうと、ここでなら困ることはなさそうだ。

 私達は言わずともその先に目的のものがあるのだと理解できた。

 屋根のある休憩所を過ぎると、いくつかのベンチと、それに座らずに隣で立ち尽くす一本の木がどこか寂しそうに見えた。

 その木へ歩み寄ってみると、うわぁと小さく声を漏らしてしまった。

 近くには大きな車道が車を走らせ、その奥には家々が地面を埋め尽くす。遠くに焦点を合わせるとマンションやビルが光でその存在を主張している。川を跨いだ高架橋はヘッドライトの明かりをちらつかせる。その輝き全てが、他人の人生を物語っているようだった。


「こんなところがあったんだね……」

 街灯の弱い光を浴びる彼は右から左へと辺りを見渡す。

「なんだか、星空のカーペットみたいだね」

 彼の表現はどこか納得できた。目線の先にはどんよりとした雲が雷をちらつかせている。きっとあの雲の真下は大雨なのだろう。

「今日さ、満月なの知ってた?」

「そうなんだ。あ、あっちにあったよ。下ばっかり見てたから気づかなかった」

 私は何も返さずに目の前のベンチにお尻を乗せた。彼もそのまま横に座る。

「ねえ、あのお月様、兎いるとおもう?」

 私の質問に、彼は失笑していた。顎に手を添え、そうだなあ、と考えた後に答えてくれた。

「翠さんがかぐや姫だったら、教えてくれるんだろうけどなぁ」

 大通りをバイクが高い音を響かせながら走り去っていった。そのうるさい音が聞こえなくなってから私はまた口を開く。


「私がかぐや姫だったら、もう会えなくなっちゃうよ?」

 目が合った。赤くなる耳が愛おしい。いつまでミドリさんと呼ぶのだろうか。またあの頃みたいな呼び方をしてほしいな、そう思ってしまった。

「そしたら僕が迎えに行くよ」

 その意外な一言が、酷く嬉しかった。どうしても心が喜んでしまう。

「会えなくなっちゃったなら、会いに行く。僕は、そうする」

「……そう」

 心臓がバクバクと大きく揺れる。動揺を隠すのがやっとだった。私が本当に彼の前からいなくなってしまったら、消えてしまったら、会いに来てくれるだろうか。僅かな期待と、そうなってほしいという願望が膨らんだ。

 雷がまた光った。あの辺りは何県になるのだろうか。


「雲ってさ」

 濁った雲の中を走り抜ける稲妻を見た彼が言う。

「真下から見たらどんな形をしているのかとか、わからないけど、少し離れたところから見ると入道雲だったりするから、すごいと思う」

「というと?」

 私は首を傾げた。

「遠くから形だけ見たら綺麗でも、近くに寄ると豪雨だったり……。だから良い部分だけ見るんじゃなくて、もっと近くで、何をしている雲なのか、明確に観察してみると違った存在になるからおもしろい」

 その感性に惹かれるものがあった。私が今まで会った人達の中には、彼のような人はいなかったからだ。やっぱり彼は、特別な存在なのだと感じた。

 私自身も、自分の考えを彼に聴いてもらいたいと思った。

「私もさ、車の通るライトの光とか、家から漏れる夜ご飯の匂いとか、数えられないほどの家を眺めると、自分の存在ってちっぽけだなって思う」

 うん、それだけ彼は言う。

「だから、人の人生を感じられるの。こんなにも人で溢れていて、その一つ一つに、物語があって、素敵なの」

 彼は落ち着いた口調で言葉を返してくれる。


「そっか。その考え自体が素敵だよ。僕の人生なんて、ありがちだし。あの月みたいな人生が良かったな」

「月みたいな人生?」

 私の問いかけに、彼ははにかんだ表情でまた一つ、言う。

「あの月になれば、きっと誰か、僕の事を探してくれるんだろうなって……」

 貴方の存在は、私にとって月明りだよ、そんな臭い台詞を言いかけて、喉の奥にしまった。

 しばらく私達は、秋の虫が静かに口ずさむ丘の上でその音色を耳にし、夏の余りもののような風に流れる匂いを鼻から飲み込んだ。輝く夜景は毎秒ごとに変化していた。

「そろそろ行こうか。たぶん、もういい時間だと思う」

 私達は膝を伸ばして立ち上がり、来た道をそのまま辿るようにして戻った。

 薄明りの街灯を抜け、月光だけを頼りに足元へ注意を向けて歩き続ける。

 どこからか足音が聞こえる。これは、私達とは違うものだとすぐにわかる。足の裏を砂に擦り付けるような気配に、会話が止まり、息をのむ。緊張が背筋をスッと撫で下ろしたようだった。

 近づく人の気配に意識を向けると、コポッ、と液体が瓶の中で暴れる音が聞こえた。暗闇から現れた、私よりも若干背丈の高い中年の男性は、何かを片手に狭い道を独占するように歩いてくる。


「もし何かあったら、さっきの屋根のあるベンチまで走って逃げて」

 私の耳元で彼が囁いた。

「え?」

 その一言の直後、瓶の割れる音が辺りにガラスと共に散った。

「……おめぇ……何……見てんだよ」

 お酒で喉の焼けた声で私達を睨んでいた。突然の出来事に、私は硬直して立ち尽くす。こちらに向かってくる足取りが恐怖心を煽っていた。

 私の腕を強く引っ張り、後ろに下げて彼は一言だけ放った。

「走って」

 私は足に結ばれた鎖が解けるように動き出すことができた。彼の言われた通り、ただあのベンチに向かって走り続けた。

 後ろの方で男がガラガラとした声で雄叫びのように叫んでいるのが耳に触れる。

 乱れる呼吸が走る速度を落とさせる。疲労の残る筋肉は左右の足を絡ませ、そのまま私を地面に転倒させた。焦げ茶色のロングスカートに穴が開き、擦れた場所から血が滲み出る。痛みよりも、頭の中は彼の事でいっぱいだった。


 伝えられた場所までもう少しというところで私はスマホを取り出し、電話を掛けた。早く、少しでも早く助けを呼ばなければという一心だった。

「はい、事故ですか? 事件ですか?」

 足を引きずりながら私は最低限の情報を電話の向こう側に一方的に伝えきる。

 屋根のあるベンチの場所が見えた。ゆっくりと痛みを堪えながら、歩くよりも遅い速度でようやくたどり着く。スカートにはじんわりと赤色が染みていた。

 ただ黙ってその場にいることが正解だとは思えなかった。不安から自分が今何をするべきなのか考えるも、何も浮かばない。

 瞑れそうな思いが私をひたすら焦らせた。5分ほどだろうか。苦しみが時間と共に積もっていくのがわかる。両手の指を絡ませて、ひたすらに彼の無事を祈っていた。

 考えに考えていると、左肩に何かが触れた。反射で見上げると、左頬を赤くした彼が立っている。


「大丈夫? 声かけたのに、反応なかったけど……。」

 腫れかけた顔を見て状況が少し理解できた。

「警察の人が来てくれて、人を待たせているからって言って後を任せたんだ」

 言葉を探すも、見当たらない。

「……え! どうしたの!? 血出てるよ!」

 彼は私の脚を見て、自分の鞄から何かを取り出そうとした。その姿を前に、ようやく立ち上がることができた。

「……翠さん?」

 私は気が付くと、彼の胸に両手の拳を押し当てて、その上から額を被せていた。涙が胸から下瞼へ込み上り、零れた。鼻をすする音だけを私は聞かせた。

「大丈夫?」

 驚いたような彼は、少しだけ後退り、体重を掛ける私を支えてくれていた。


「とりあえず足洗おう。歩ける?」

 肩に手を添えて彼は私を優しく離した。

 そして彼の肩に掴まり、近くの水道で汚れを洗い流した。膝をついてタオルで拭き取ってくれる彼に、花火大会の日を思い出す。

 私は自分の鞄からもタオルを取り出し、水で濡らして彼の頬をそっと隠すように添えた。

「……っ!」

「ごめん、痛かった?」

 苦しそうな彼の表情に、反射的にタオルを離してしまう。

「ううん、ありがとう。人に殴られるのって、結構痛いんだね」

 不安にさせないようにと気遣いで笑う彼に反して私は心配が増した。

「……もうあんなことしないで」

 私はぼやける視界の中から、一滴の雫を零してしまった。

「……ありがとう。とにかく翠さんがこのケガだけで済んで良かったよ」

 それ以上には何も言わずに、彼は絆創膏で私の膝を隠した。

「あ、いたいた。君たち、少し話聞かせてもらっても大丈夫?」

 私達に声を掛けたのは、手帳を片手に持った若めの警察官だった。


「あ、はい。大丈夫ですけど……、僕だけでいいですか?」

 涙目のまま警察官と顔を向け合うと、全てを察してくれたようだった。

「うん、大丈夫だよ。じゃあ君だけこっちに来てもらえる?」

「はい、わかりました。翠さん、ちょっとベンチで待ってて」

 私は言われるがままに、再び夜景の眺められるベンチへと腰かけた。気が付くと雷をちらつかせていた雲は居なくなり、何も変わっていなかったのは街並みを静かに照らす月の光だけだった。

 脈が波打つ度に痛む絆創膏の下が、私に現実を知らせているようだ。

 彼の話に警察はただ手帳にペン先を走らせ、私はただもう一度、待つことしかできなかった。

「ごめんね、お待たせ」

 私はもう、疲労からか、笑うことができなかった。

「警察の人に話したら、駅まで送ってくれるって」

 私を見つめる瞳に、何も考えられなかった。頭がぼうとする。

 彼の腫れた方とは逆の頬に手を伸ばした。私は彼が大好きだ。この事実だけは紛れもない本物だった。


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