せっかく清楚さんと付き合えたのに暴言も下ネタも言ってくれないんですけど。え?本物の清楚?そんな人いるわけないじゃないですか
清楚がゲシュタルト崩壊したらごめんなさい。
僕は清楚な女の子が大好きだ。
付き合いたい。
だから清楚な男子になるように頑張った。
だって清楚な女の子にもてるには自分が清楚じゃなきゃ。
清楚な女の子がワイルドな男に汚される展開は嫌いではないけれど、それはエロ漫画の中だけで十分だ。
僕は清楚な女の子を堕としたいわけじゃなくて付き合いたいからね。
ネットで清楚男子の条件について調べ、試行錯誤を繰り返してひたすら自分を磨き上げた。
そしてその結果……
「白糸さん、僕と付き合って下さい」
「はい」
なんとうちの高校一の清楚と名高い白糸さんと付き合えることになったんだ。
「吉長君、これからよろしくね」
長い黒髪を風に揺らしながら柔らかな笑顔で微笑みかけてくれるのが最高だ。
ほんのりと頬を染めているのもイイ!
でもまだスタートラインに立ったばかり。
ここから白糸さんの好感度をたっぷり稼がないと。
彼女に本当の姿を見せてもらえるようになるために。
それゆえ、ひたすら白糸さんに優しくした。
ジェントルなマンに徹した。
女子の分かりにくいサインを的確に読み取って、パーフェクトコミュニケーションを繰り返した。
そうして一年が経過し、僕らはもう高校三年生。
学校一の清楚カップルとして有名になり、白糸さんのご両親にも挨拶して『君になら娘を任せられる』とのお言葉を頂いた。
進学先や将来の夢を語る機会も増え、誰もがこのまま二人一緒の道を歩むのだろうと思っているだろう。
だがおかしい。
これほどまでに仲を深めたというのに、白糸さんは清楚でありながら清楚の欠片すら見せようとはしない。
まだ信頼されていないのか。
それとも頑なに清楚であり続けていたから退けなくなっているのか。
だとするとこれは由々しき問題だ。
すでに僕らはこのまま結ばれて一生を共に過ごす雰囲気になっている。
つまりほとんどの時間を僕と一緒に生きることになり、清楚であって清楚では無い状況が一生続く。
清楚という本性を隠し続けるストレスにより白糸さんの心は壊れてしまうかもしれない。
ここは彼氏である僕が一肌脱がないと。
白糸さんが清楚を表に出せるようにフォローしてあげるんだ。
清楚チャレンジ その1
「白糸さん、たまにはこういうところで食べてみない?」
「牛丼屋さんですか?」
「うん、どうかな」
「はい、良いですよ」
デートの時のご飯はいつもおしゃれなカフェ。
高校生にとっては金額面で辛いところだけれど、お互いバイトしてデート代を稼いでいるからなんとかなっている。
でも今日は趣向を凝らすという名目で、清楚な女の人なら絶対に訪れないであろう牛丼チェーン店に誘ってみた(偏見)。
「私、こういうお店初めてです」
店内に入りカウンター席に並んで座ると、彼女はそんなことを言いながらメニューを選んでいる。
それが演技であることなんか分かっているんだよ。
白糸さんは間違いなく牛丼屋に来たことがあるはずだ。
むしろ常連でもおかしくは無い。
何故なら清楚だからだ。
さぁ、遠慮なく『大盛りねぎだくギョク』を頼むが良い。
それとも『アタマ大盛ネギ抜きつゆだくだく』に紅ショウガ大量ぶっかけの濃厚メニューの方がお好みかな。
本当はラーメン屋にしようかと思ったけれど、いきなり『ヤサイマシニンニクアブラオオメ』をカミングアウトするのはハードルが高いだろうと思い牛丼屋を選んだのだ。
さぁ、君の清楚を僕に見せてくれ!
「良く分からないから、普通のを頼んでみるね」
なん……だと……
まさかこの期に及んで隠し通す気なのか。
ここは君のホームだろう。
遠慮する必要なんてないんだよ。
こうなったら更なるきっかけを作ってあげるしかないか。
「注文お願いします。牛丼並のつゆだくでお願いします」
どうだ、つゆだくのコールを入れたぞ。
これで『あ、吉長君ってコール知ってる人なんだ。それなら私も少しだけ言おうかな』って思うだろう。
そのまま心の壁を取り払い、本来の君を見せてくれ!
「牛丼の小を下さい」
なん……だと……
そんな馬鹿な。
白糸さんは小食だから小を頼むのは分かる。
けれども、ノーコールだなんてありえない。
君は清楚なんだろう!?
「つゆだくってなぁに?」
しかも知らないフリをするだと!?
どうしても僕には清楚な姿を見せてくれないのか。
いや待てよ。
もしかしたら白糸さんにとってはノーコールが普通なのかもしれない。
余計なものは追加しないそのままの姿が一番美味しいのであって、コールなど邪道であると強いこだわりがある清楚だったのか。
もしかしたらつゆだくを頼んでしまった僕の事を内心で軽蔑している可能性すらある。
だって面倒臭いのが清楚だから。
くっ……これは失敗したか。
「美味しいね」
純粋に牛丼を楽しんでいるかのような笑顔も、つゆだくを頼んでしまった愚かな僕を煽っているのかもしれない。
なんということだ、これまで積み上げて来た信頼をこんなことで失ってしまうとは。
「吉長君どうしたの。元気ないね」
「あ、ううん。思ったよりもつゆの量が多くてびっくりしちゃってさ。つゆだくにしなければ良かったかな」
「ありゃりゃ。それじゃあ私が少しつゆを貰おうか?」
「いやいや、それには及ばないよ。気を使ってくれてありがとう」
自分のミスを素直に認めて反省したことで、少しでも信頼が取り戻せただろうか。
ごめんよ白糸さん。
今度からノーコールで…………ねぎだくだけは許してくれないかな。
清楚チャレンジ その2
「白糸さん、このゲームやってみない?」
「私良く分からないよ?」
「僕も分からないけど、やったことないから気になってさ」
「分かった。それじゃあ一緒にやろ」
今度はゲームセンターで清楚な姿を拝ませてもらおうか。
高校生のデートとしてゲーセンは定番だ。
僕らも何度も来たことがあり、普段はプリやクレーンゲームを中心に、時々太鼓を叩いたりレースゲームで勝負したりガンシューティングで協力するなどして楽しんでいる。
今回選んだものはガンシューティングに近いように見えて大きく違うゲーム。
FPSだ。
いきつけのゲーセンにネットワーク対戦型のFPS筐体が新しく導入されていたのを見つけ、これだと思ったのだ。
だって清楚といえばFPSだろう。
思うように動かない仲間達やうざい行動をする敵に暴言を吐く姿が目に浮かぶようだ。
きっと白糸さんも家ではゲーミングチェアに座ってゲーミングPCでFPSをプレイしているに違いない。
白糸さんの家に行った時に自室に案内されなかったのは、これらを見られたくなかったからだと僕は確信している。
もしかしたら配信している可能性もあるな。
「それじゃあ始めるよ」
「うう、緊張して来た」
「あはは、気楽にやろうよ。相手も初心者みたいだからさ」
ゲストで始めると相手もゲストかNPCになる仕組みらしい。
初心者を装った上級者がゲストでやっている可能性も無くは無いが、サービス開始したばかりのゲーム機らしいので上級者はランク上げに忙しくてそれどころではないだろう。
つまり初心者の僕らでも即ゲームオーバーにはならずにそれなりに楽しめるはずだ。
いや、そもそも清楚でFPS慣れしているはずの白糸さんがいるから勝利する可能性すらある。
ゲームというのは恐ろしいものだ。
隠したい本性があったとしても、つい熱中してしまいそれが表に出てしまうのだ。
白糸さんもきっと『何やってんだカス!死ね!』とか『はい雑魚乙~』などと邪悪な笑みを浮かべて吐いてくれると信じている。
「きゃあ、あれ、これどうしたら良いの?」
信じている。
「ああ、当たっちゃった。ごめ~ん」
信じている。
「うわ、どうしようどうしよう。ああっ」
信じて……いる……
「ああ、負けちゃった」
なんということだ。
白糸さんは非の打ち所がない初心者ムーブを装っていた。
ゲーム中でも清楚な姿でありながら全く清楚で無い姿は健在だった。
もしかして慣れているゲームだからこそ熱中することなく余裕をもってプレイ出来て、清楚さを隠しきれたのだろうか。
となると根本的に考え方を変えなければダメだ。
このまま清楚らしい場所に連れて行っても白糸さんは行き慣れているがゆえに余裕があり、清楚さを隠し通すだろう。
もっと自然に清楚ムーブが出てしまうような策を練るぞ。
清楚チャレンジ その3
今日は図書館で受験に向けた勉強会だ。
もちろんそれは表向きの内容であり、本当は白糸さんの清楚な姿を見るためのイベントである。
「吉長君、これ難しすぎるよ」
「やっぱり? でも頑張ってみよう」
普通に勉強するのではなく、滅茶苦茶難しい問題集を一緒に解こうと提案した。
狙いは頭を沢山使って疲れさせること。
考えすぎて疲れ果ててフラフラの状態であれば素が出やすくなるだろうと考えた。
作戦は狙い通り。
白糸さんは真面目だから真摯に問題に取り組み、脳をフル回転させていた。
僕も頑張らざるを得なかったから大変だけれど、その後に待っているご褒美のためなら脳がバターになったって構わないさ。
「疲れたぁ」
自分から弱音を吐くことがほとんど無い白糸さんがこう漏らしたという事は、限界に近いということだろう。
今が最大のチャンスだ。
「魔剤でもキメる?」
清楚ならば魔剤を常飲しているはず。
それに疲れて脳に糖分が足りていない今ならば、普段通りに『キメるキメるぅ!』って頭の悪い清楚っぽい返しをしてくれるだろう。
「え? ま……なんて言ったの?」
嘘だそんなこと!
この状況でしらを切れるなんてありえない。
まさか魔剤をキメてないというのか。
そんな馬鹿な、清楚なのに!
いや、違う。
魔剤系清楚でなかっただけなのかもしれない。
M〇Xコーヒーが正解だったか!?
それともド〇ペか!?
清楚ならば魔剤をキメるのが当然だと思い込んでいた僕のミスだ。
他にも清楚らしい狂った飲み物があった。
くそぅ、成人していればスト〇ロ一択で間違えなかったのに。
「あれ、僕何言ってたんだろ。あはは、僕も疲れてるみたい。甘い飲み物買って来るね」
「私も行く。一緒に行こ」
この場はなんとか誤魔化すことが出来たけれど、結局白糸さんの清楚な姿を拝見出来なかった。
一体どうすれば良いのだろうか。
「吉長君、最近何か困っている事でもあるの?」
「え?」
ある日のデート中、公園のベンチで休憩していたら白糸さんが心配そうに僕を見つめて来た。
「考え込んでいることが多い気がしたの」
なんてこった。
清楚について悩み過ぎて、白糸さんを心配させてしまうなんて。
「私じゃ力になれないかもしれないけれど、相談してほしいな」
「力になれないなんて、そんなことない!」
むしろ白糸さんでなければ解決できない話だ。
でもどうしよう。
あなたの清楚な姿を見せて下さいなんて言えないし、かといってもう心配かけてしまっているからだんまりは出来ないし。
仕方ない、最終手段だ。
白糸さんを傷つけないように程よくぼかして僕の想いを伝えよう。
「実は将来の事が心配なんだ」
「将来って大学のこと?」
「大学のことでもあるし、その先の事でもあるかな」
「?」
僕自身も清楚で売り出しているから、下手なことは言えない。
うぐぐ、難しい。
「その、僕達って大学に行ったら一緒に住もうって話をしてたよね」
「え……あ……うん」
同棲の話題が出ると顔が真っ赤になる白糸さんマジ清楚。
でも清楚じゃない。
「でもそれが上手くいくかどうかが心配で」
「どうして?」
「少し言いにくいんだけど、恥ずかしい姿を見せることになるかもしれないから」
牛丼やゲームや魔剤なんかは他の食べ物や娯楽で代替出来るかも知れない。
でもふとした時に出てしまう『暴言』や『下ネタ』なんかは完璧に抑えられないだろう。
仮に抑え切れたとしても、常にそれを意識し続けて生きるのは大変だ。
「恥ずかしい姿って……あの……その……」
白糸さんは僕の言葉の意味を理解してくれたのかな。
同棲の話を切り出した時よりも更に顔が真っ赤になっている。
下ネタを連呼する姿を僕に見られた時の状況を想像したのかもしれない。
「だから今のうちに慣れてみない?」
「それって!?」
ああ、そうか。
羞恥で湯気が出てしまう程に恥ずかしいと思っていたから、これまで隠していたのか。
それなら猶更、今のうちに解放しておかないとこの先ストレスが溜まりまくって危険なことになってしまう。
切り出して良かった。
「もちろん少しずつ順を追ってやれば良いと思うんだ」
「あ…………う、うん、そうだよね。順番は大事よね、だいじだいじ」
最初から全ての清楚を曝け出すのはハードルが高すぎるだろう。
野球を見て『死ねゴミカスゥ!』って叫んでネットの実況掲示板に書き込んだり、Vtuberの百合営業を見て『はぁシコリウム補充したわぁ』って悦に浸る姿を見せられる勇気があるならとっくに見せているだろう。
最初は下ネタぐらいが清楚入門には丁度良いんじゃないかな。
「実は……その……私もこのままじゃダメだって思ってたの。吉長君もきっと望んでるだろうなって分かってたんだけど、どうしても恥ずかしくて」
僕が清楚好きであることがバレていたなんて。
優しい白糸さんのことだ、僕の前で清楚を見せなかったことに罪悪感を抱いていただろう。
ごめんね、白糸さん。
もっと早くに聞いていれば、白糸さんを悩ませ無かったのに。
ああ、僕はなんて愚か者だったんだ。
「でも……やっぱり進まなきゃ。ううん、わ、私も進みたい!」
白糸さんはそう言うと、火傷したのではと思えるくらいに真っ赤になった顔を僕の方に向けた。
瞳は揺れ、プルンとした瑞々しい唇は小さく震え、あまりの可愛らしさに思わず抱き締めそうになってしまった。
そんなことをしたら良い雰囲気になってしまい下ネタを言いにくくなってしまうだろう。
だから僕は白糸さんの清楚に耐え、清楚が出てくるのを待つことにした。
ようやく彼女の清楚な姿を見られるんだ。
彼女が決心してくれたんだ。
待ち望んだ清楚を見られるんだ。
こんなところで流れをぶち壊すわけには行かない。
「…………」
白糸さんはそのまま僕の方をずっと見つめている。
僕もその視線をしっかりと受け止めてあげる。
中々言葉が出ないのはまだ勇気が出ないからだろうか。
下ネタって突然言い出すものじゃないからなぁ。
話の流れで言うことの方が多いだろうし、何を言って良いか分からないだけなのかもしれない。
ここは僕がきっかけになる話をしなければならないだろうか。
でもそれはそれで狙った感があって難しいな。
「…………」
僕がそう悩んでいたら、白糸さんは小さくごくりと何かを飲み込んだ。
決心がついたということだろうか。
僕がフォロー出来なかったことが少し情けないけれど、今はそんなことより彼女の勇気を受け止めることの方が重要だ。
存分に楽しませてもらおう。
さぁ下ネタかもんかもーん!
……
…………
………………
あれ、なんでそこで目を閉じるんですか。
なんでそこでわずかに顔を僕の方に突き出すんですか。
下ネタじゃなかったのか?
だとするとこの形で清楚がやることって一体なんだ。
僕の清楚フォルダにはこんなシチュエーションは入ってないぞ!?
こんな風にキスを催促しているとしか思えないパティーンなんて知らない。
そもそも僕らは清楚らしくプラトニックな恋人関係であってキスどころか手を繋ぐことしかしていないのに。
そっちの関係の進展も清楚カミングアウトの次に望んではいたけれど。
待てよ、そっちの関係……?
『恥ずかしい姿を見せることになるかもしれないから』
『だから今のうちに慣れてみない?』
『もちろん少しずつ順を追ってやれば良いと思うんだ』
『私も進みたい!』
あーそういうことね。パーフェクトにアンダスタンドした。
ミーがフールだっただけね。
ソーリーソーリー清楚ーリー
ほんと、マジごめんなさい。
ちょっと気持ち切り替えますね。
「私、これからもっと積極的になるね」
嬉しいよ。
そりゃあ嬉しいよ。
でもさ、大変珍しい事かも知れないけれど、僕としてはそちらよりも清楚な姿を見せてくれる方が重要なわけですよ。
結局この日も、そしてこれからも白糸さんは清楚でありながらも清楚では無かった。
まさか白糸さんはファッション清楚ではなくて真の清楚なのか。
いやいや、そんな馬鹿な。
この世の中に清楚な女性なんているわけないじゃないですか!
清楚って何でしたっけ?