7話 恋人らしいことの定義
クレープを平らげ、四人揃って公園をあとにするオレたち。
学校の中でしか揃わなかったオレたちが、こうして休日にダブルデートをするとは。世の中、何が起こるか分からないもんだ。
そんなオレたちは、オレと白斗とが隣り合う形で。少し後ろをついてくる形で綾音と倉田が並木道を歩いている。
公園を出てからしばらく経った頃。雲一つない快晴の空を視界に納めながら、横を歩く白斗に話しかけた。
「休みも今日までかぁ。明日から学校とか憂鬱だよな」
「そうか? クラスのみんなとも会えるのだから、そこまで憂鬱じゃないだろ」
「やめときなって茅野くん。友達たくさんいる茅野くんと違って、ユーヤは隠キャ眼鏡くんなんだからさー」
会話に割り込んでくるや否や、いきなりオレをディスってくる綾音。
「おい。眼鏡は事実だが隠キャな訳じゃーー」
「友達いないのは否定できるんー?」
くっ! 確かに高校入ってからできた友人なんて数えるほどしかいないのが悔しい。
これでも中学ではそこそこ友達いたんだぞ。うちの高校にも何人か入学した奴いるし。
「もー! 進藤くんをからかうのはやめてあげようよ。そのうち綾ちゃん嫌われちゃうよ?」
はあー、倉田は本当に天使だ。マジ天使。こういう部分は綾音にも見習って欲しいもんだ。
「もっと言ってやってくれよ倉田。こいつに言い聞かせられるのは幼馴染の倉田だけだ」
「そ、そんなに期待されても困るよっ」
「ならあたしは茅野くんを味方につけちゃうし。へっへーん」
「何っ? 頼られるのは満更ではないが、千歳の敵に回る気がないのだけは覚えておいて欲しい」
「惚気かっ!? あたし今、さりげなく惚気られた!?」
そんな身にもならない話になるのも、オレたちらしいっちゃらしい流れだ。
公園の周囲、というよりこの地区に大きな施設とかはないので、遊ぶのなら電車で街に出るのが通例になる。綾音と最初にデートしたのもそうだった。
となると行き先は自ずと決まってくる訳で。
「駅にとーちゃくー!」
雑談を続けながら歩いていると、目的地である最寄りの駅に辿り着く。声を上げた綾音はというと、高めのテンションで両手を広げている。
休日なのもあり駅の周りを歩く人の姿は多い。眺めてる間にも何人か中へ入っていく姿があった。
「向かうのは市駅ということでいいのだったな?」
「ああ。そこが妥当だろ」
「じゃあ、ちゃちゃっと切符買っちゃうし」
「あ。私と白斗くんはSuicaがあってね」
「あー、ちーちゃんたちは買わなくてもよさげな感じ?」
「うん」
先輩カップルにあたるあいつらは、デートについてはオレたちより何枚も上手な状態らしい。
前に見かけたときも市駅の近くだったし、デートで役立つ道具をきちんと用意してる訳か。
綾音と出かけるとき用に、電子マネーで支払えるものを待っておくのはありだな。近場だけだとデート先のレパートリーが少なくてしょうがないし、交通機関を利用しやすくするのはいいことだ。
これまでは基本的に、買い物するなら姉ちゃんの車で移動することが必然的だったからなぁ。彼女ができた今、姉ちゃんが運転手として同伴とかは正直勘弁願いたい。
今言った通り、オレには三つ上の姉がいる。母さんが死んで以来、弟に対して過保護になったダメ男製造機みたいな姉だ。
オレが欲しいものがあると口にすれば、有無を言わさず車を出すほどなので、遠出の買い物となると姉ちゃんと一緒なのが常となっていた。……一応言っておくがシスコンじゃないぞ。
そんな過保護な姉だもんで、まだ綾音という恋人がいることを話していない。
大丈夫だとは思うけど「大事な弟を奪った女なんか絶対に認めないからっ!」とか、姑も顔真っ青なことを言い出しかねない。
さすがに半分冗談で語ってはいるが、裏を返せばもう半分は割と本気で思っているということだ。
それくらいうちの姉ちゃんはぶっ飛んだ存在なのである。
「ユーヤー! ボーッとしてないで早く買いなってばー!」
「おっと、すまん!」
考え事にふけりすぎて出遅れたらしい。
すでに切符を手に持つ綾音に急かされる形で、オレも販売機まで移動した。
必要な金額を入れ、目当ての駅のボタンを押して切符を手に入れる。
「おおー! ちゃんと買えてえらい!」
「オレは小学生の低学年かVtuberですか?」
「もー、綾ちゃん進藤くんへのあたりだけは強いんだからー」
「まあ前からこんなもんだしな」
今更と言えばその通りな訳で。
確かに白斗たちと一緒に過ごし出してからは、付き合う前みたいな態度で接してきている綾音。
別に照れてるとかじゃなく、二人っきりでもない限り恋人としてのじゃれ合いをする気がないんだろう。むしろ四人でワイワイ騒ぐ方が綾音にとっての自然体なのかもしれない。
こういう場合はなんて言うんだ? ツンデレとかヤンデレみたいな名称で。
うーん……人前だと友達みたいに茶化しあって、二人のときは甘々な恋人ムーブもする。トモデレとか? そういう名称は実在するんだろうか?
「しかしそれだと、優也との仲の良さを見せたいと言っていた割には。とツッコミを入れたくなってしまうな」
切符も手に入れたことで改札をくぐるオレたち。一番最初にくぐった白斗が振り向き、笑みを浮かべてそう口にした。
「そういえば言ってたね。綾ちゃんはどんな風に進藤くんと仲がいいのかなー? まだ見せてくれないのかなー?」
さっきの仕返しとばかりに二番目に通過した倉田が聞いてきた。澄ましたようで、それでいて意地悪そうな表情で。
答えるのはオレに続き、最後に切符を改札に通した綾音。
「見せるもなにも、駅入って今までのタイミングでイチャつけるようなイベントあった? あったのなら教えてほしいし。もれなく参考にしちゃるけんね」
と素の顔で聞き返していた。しかしなんで最後方言?
「えっ? え、えっとぉ」
「……ふむ、確かに。あえて例を挙げるとすれば、手を繋いだまま切符を買ったり改札を潜るとか、か?」
あとはなんだ? 入口のところにあった売店で恋人っぽく買い物するとか? うーん、駅ならではの恋人っぽさはないな。
そもそも人が少なかった公園ならまだしも、四方八方に人がいるこの状況でイチャつく度胸はオレにはない。と言わせてもらおう。
何気なく周りを見てみると、オレたちのあとに続けて改札をくぐる人が一人。そのまま問題なく横を通り過ぎる。
邪魔になるほどの場所はとってないが、一応後続とぶつからないように気をつけておかないとな。
「手を繋いで移動かー。ユーヤが気軽にさせてくれるとは思えないんだよねー。てかさ、ここだと二人以外にも人がいるわけじゃん? なおさら無理ンゴっしょ」
綾音は、致し方ないと言いたげな苦笑いの表情を浮かべてお手上げしていた。
さすがは綾音。よく分かってらっしゃる。
綾音には悪いが白斗たちの前で手を繋ぐなんてお断りだ。誰も見てないときに、こっそりやるくらいなら出来なくもないがな。
「あ、綾ちゃん後ろから人が!」
「え? あっ……」
振り返る綾音だったが、相手はイヤホンをし、スマホをいじりながら歩いていたこともあり気づいていない様子。
オレはとっさに綾音の身体を引き寄せ、抱き抱える形で衝突を回避させた。
「大丈夫か?」
「あ……う、うん」
一連の状況を知ってか知らずか、歩きスマホの男は何事もなく通り過ぎて階段を登り始めた。
「ったく、危ない奴だな。歩きスマホに加えてイヤホンで周りの音も聞こえてないとか、ツーアウトってとこか?」
人の多いところでくらい自重しろってんだ。
「あ、あんがとユーヤ」
「いや、お前が無事ならよかった。ケガとかないよな?」
オレは抱きしめた綾音を少しだけ離し、身体に問題がないかの確認をする。
軽く見た感じでは大丈夫そうなので、頬を赤らめる綾音の頭に手を置き、優しく撫でてやった。
「うん。ケガもなくてなによりだ。せっかくのデートで嫌な思い出とか残したくないもんな」
「だよねぇ。えへへっ♪ やっぱユーヤのそういう何気ない紳士なとこ、超好きピって感じだし♡ マジやばたん♡」
「ばーか。当たり前のことしただけだっての」
デートで道路の車道側を歩くレベルと一緒だ。彼女を危ない目に合わせないために当たり前の行動をとっただけ。
別に特別なことをしたとか思ったりもしてこない。
「はあぁぁ……。ごく自然に見せつけられちゃった……」
「なるほど。これは豪語するだけのことはある。空いた口が塞がらないとはこのことか」
ふと聞こえた白斗と倉田の声。
白斗は目を閉じ、考え込むようにあごに手を当てている。倉田も口元に手を置いてはいるが、今の出来事に驚きを隠せないのか、沸騰しそうなほどの赤面をしていた。
「あ!? いや、その! これはだな!」
やっちまった! あんだけ内心ではやらない風を装っておいて速攻でフラグ回収するとか! 二人から何か言われても文句言えないぞオレ!
「いやいい。皆まで言うな優也。そこまで自然体でやられては茶化す言葉も浮かんでこない」
「白斗くんも似たことしてくれたときあったけど、お互いに照れて、すごい気まずい空気になった覚えあるもん。それに対して進藤くんたちはこれですよ。負けました、降参です」
なんか勝ったらしい。
もしかしてオレたち、すでに下手なカップルが裸足で逃げ出すほどのことを、平然とやってのけるレベルのカップルと化してるのか?