6話 ダブルデート
「マジでするのか?」
綾音からの思わぬ返事に驚いてしまい、オレは素の声で聞き返していた。
「なーにユーヤ? ユーヤはしたくないの? ダブルデート」
「え? いやまあ、別に嫌って訳じゃないが……。蒸し返す感じになるが、やっぱり白斗と倉田次第なところあるだろ?」
言いながら倉田たちを見る。
そもそも二人っきりでのデートだって今回でまだ三度目だ。あ、付き合う前のを入れると四度目か。
改めて考え直してみると、付き合いたての身でいきなりダブルデートとか、やっぱり二の足を踏んでしまう。軽く提案出来るほど容易な話じゃなかったなと反省するオレがいる。
そもそも綾音は、どうしてそんな羞恥心もなく提案出来るんだ? 内心では実は照れてたりするのか?
オレにはそれすらも分からん。もっともっと綾音のこと知れれば理解出来るんだろうか?
「あー、確かにそうだよね。ユーヤとしては二人次第って感じか。……で、ちーちゃんと茅野くん的にはどーなの!?」
オレの言葉を聞いたことで矛先が二人に移った。
目の輝き方から綾音がノリノリなのは言うまでもない。
「わ、私はぁ……」
恥ずかしすぎて目を合わせられないのか、倉田は綾音からスッと顔をそらす。その視線が向いた先には彼氏である白斗の姿が。
「む? 俺は……俺はまあ、千歳が嫌でなければやぶさかではないが……」
白斗は言いながら人差し指で鼻をかき始める。お前の羞恥心はよく分かるぞ白斗。
「だってさ、ちーちゃん。となれば! このあとの展開はちーちゃんにかかってると言っても過言じゃないっしょ!」
「こらこら。煽るな煽るな」
プレッシャーを与えるなと、オレは前のめりになる綾音の肩に手を置いて制した。
「だってさーあ。昔から仲がいい幼馴染とダブルデートができるなんて、すっごいドキドキしてくんじゃん! あたしの彼ピはこんなにいい人なんだよって自慢したいし、ちーちゃんが好きになった人のこともちゃんと知っておきたいしさ! ここで引くなんて、それこそなしっしょ!」
……あー、なんで綾音がダブルデートに固執するのか分かった気がする。
綾音は単に、お互いの恋人に関する話題を倉田と楽しく共有したいだけなのかもしれない。
中学時代に疎遠になっていたらしい綾音と倉田。オレはその辺りの事情を直接は知らないんだけど、以前白斗から聞かされたことがある。
白斗からの話では、倉田が中学生時代にイジメにあっていたということだ。
おそらくそれが原因で、二人で接する機会が減っていたんだろう。高校生になり、お互いに恋人が出来た今だからこそ、綾音はこういった機会を利用することで溝を埋めていきたいのかもしれない。
この四人で仲良く過ごせる時間を使って、倉田との楽しい思い出を新しく作ってみせると。
オレの勝手な妄想にすぎないが、綾音はそんな気持ちで今回のダブルデートの提案をしたのかもしれない。
そういうことなら、なおさらオレが断る理由はないな。
「それに二人のラブラブっぷりを見れば、ユーヤがちーちゃんの仕草に目を奪われることもなくなるだろうし。あと、あたしらがラブラブなとこを見せつけて、ちーちゃんにあたしの彼氏が羨ましいーって思わせたいんだよねっ♪」
…………前言撤回。やっぱりこいつの嫉妬心が強い件。
「優也お前、まだ千歳のことを……?」
「いや待てって! 確かに仕草とか可愛いなとか思ってたりしたけど、別に恋愛感情抱いてる訳じゃないかんな! オレは綾音一筋だっての!」
綾音の鋭い指摘のせいであらぬ疑いをかけられた。
頼むから白斗、そのジト目で見続けてくるのはやめてくれ。
「うぅ……。私の仕草ってそんなに可愛い……?」
「ほ、ほら! さっきの照れた顔とか顔の前で指突き合わせて口元隠す仕草とかっ! なあ! 男だったら理解出来るだろ白斗っ!? ああいうのに男は弱いよなっ?」
逆に女性からはぶりっ子と思われる仕草。そういうのに恋愛経験が少ない男はやられるんだ。
少なくともオレには効く。綾音がやってくれたのなら尊死するほどの自信がある。
「む……! それは、分からんでもない……」
「わかっちゃうの白斗くん!?」
「だろ!? 倉田にドキドキしてたってよりも、女の子がするその仕草にドキドキしてただけなんだっ!」
最初は白斗を。途中からは綾音を見ながら言う。
「じゃあなに? あたしもした方がいいってこと?」
「もちろん!」
すかさず答えると綾音に顔をそらされた。
なんでだよ!? ダブルデートは照れずに提案してくるくせに、オレがして欲しい仕草を口にしたら顔も合わせてくれなくなるのか!?
綾音の考えがますます分からなくなる。
こいつが初心だってことなのか? それともオレの提案を呑むのが癪とか?
……ありえる。綾音はオレを困らせるのが好きな節もあるからなぁ。
「……意味わかんない。あたしなんかがやってもかわいいわけないじゃん……」
不意に文句ありげな声が耳へ届いた。
……は、はあああ!? 可愛いに決まってるだろ!!
オレの顔も文句ありげになってるはずだ! この場では恥ずかしいから心の声は絶対発したりしないがな!!
「うーん……私は無自覚でやっちゃってるから良し悪しとかはわからないけど。綾ちゃんがするのなら、きっとかわいいはずだよ?」
ここで援護に入ってくれた倉田。これにはグッジョブと言わざるを得ない。
「ちーちゃん……。あたしは……あたしはユーヤと付き合うために色々がんばってはきたけど、今はそういうの進んでまでする気はないっていうか。それに……」
そこまで言って綾音は言葉を詰まらせた。無言でチラリとオレに視線を寄越す。
どうしたんだ? 確かにオレを陥落させた以上、わざわざあざとい仕草で誘惑する必要はなくなったけど。
そもそもさっきやってた、膝枕や頭を撫でるのだって相当恋人らしいイチャつき方だと思うぞ。なら恥ずかしいって理由でもないはず……。
視線を合わせながら考え、ふと浮かんだ。……犬飼麻美の顔が浮かんでしまった。
オレを最初に振った悪女が犬飼という奴だ。その犬飼をマネてギャル風のコーディネートを目指した綾音としては、あいつがやっていた『あざといぶりっ子』な仕草までは取り入れたくないんだろう。
きっと綾音の中で重なってしまうんだ。ギャルになった今の自分と犬飼の姿が……。
「…………まあなんだ。お前はお前だろ綾音」
「……ユーヤ」
白斗のネガティブな思考とは別のベクトルでの問題だな。
とにかく犬飼の面影だけはこの場で払拭してやらないといけない。それが彼氏であるオレの役目だ。
「まず言うが、お前は可愛い! オレが陥落させられちまうくらい滅茶苦茶可愛い!」
「あわわ……! 進藤くん大胆!?」
倉田が顔を赤くして口元を両手で隠す。
「そんなお前の一挙手一投足に惹かれたから、こっちは好きになっちまったんだよ!」
「……まあ、そう言ってもらえるのはうれしいけどさ」
「お前だからいいんだ。オレはお前の仕草が見たいんだよ。他の奴なんかと比べないでくれ。どんな形でギャルの姿になったんだろうと、鞍馬綾音は鞍馬綾音だ。違うか?」
綾音が何かに気づいたように目を見開く。きっとオレが言わんとする意図を汲み取ってくれたんだろう。
「頼む綾音。もう、自分なんかはって卑下にしないでくれ」
「ああ、優也の言う通りだ。千歳には千歳の良さが。鞍馬さんには鞍馬さんの良さがある。だからと言って、他人の良さを吸収してはいけないという道理はない」
オレは白斗の言葉に頷く。
結局のところ、性格や育った環境なんかで無意識にやる仕草は変わってくるよなって話だ。
元隠キャな綾音が犬飼のようなあざとさを否定したい気持ちは分かる。けれどもそれを理由に、自分には合わないだなんて早計な否定を綾音にはして欲しくない。
可能性を自らの手で簡単に摘み取って欲しくはないんだ。
……なんてカッコつけてはいるけど、本音はオレが小動物系な仕草の綾音を見たいってだけなんだけどなっ!
「茅野くんまで……。まったく、悩んじゃってたあたしがバカみたいだなぁ」
綾音は気恥ずかしそうにもみあげを指で巻きつける。
「むぅ? 綾ちゃんにとってそんなに深刻な悩みだったの?」
「んー? ちーちゃんみたいな純朴な小動物系とは違うものでね。それで? ダブルデートはするの? ちーちゃんっ?」
「ふぇ?」
綾音の顔が元の表情に戻る。と同時に、話のターゲットが倉田一人へと絞られた。
「ちーちゃんがダブルデートを承諾してくれるのなら、あたしもかわいー仕草に挑戦してみよっかなーって、思っちゃうんだけどねー♪」
「ええっ!? そういう方向に持ってくの!?」
ニヤニヤと小悪魔的な笑みを浮かべる綾音と、対照的にあたふたする倉田。
相変わらず小賢しく頭が回るというか、さすがは元秀才。
いや、ギャル化した今も秀才には変わらないか。
「ちぃー、ちゃあぁぁんっ?」
「うぅ……! もうっ! わかった! やろう! 四人でおでかけしちゃおうっ!」
そんな半ばヤケになった倉田が同意したことで、このままダブルデートをすることが決まったのだった。