5話 独占欲高い系女子
「あ、そーだ。ユーヤほら」
「ん?」
気恥ずかしくなって顔をそらしていたオレだが、声に釣られて綾音の方を見る。すると、綾音がクレープをこっちへ突き出していた。
「ああ、サンキュー」
「いやいや、あたしの方こそ買いに行かせちゃってごめんだし」
オレは気にしてない旨を伝えてからクレープを受け取った。
そうして、受け取ることで改めて感じる重さ。しかしよくもまあ、時間が経ってもこんな立派な物が型崩れせず保ててるもんだな、と感心してしまう。
「なあ倉田」
「え? あ! いやその! こ、これはね……!」
急に声をかけられたことに動揺したらしく、倉田は慌てた様子で白斗から体を離した。
「あー、すまん。別に抱き合ってるの咎めるとかじゃなくてな。この店のクレープの出来すごくね? って思ってさ。鶴頭さんって何者なんだ?」
臨時の店員とやらの鶴頭さんが作ったクレープ。明らかに店で出せるレベルだ。いや実際出されたものなんだけどさ。
ともかく、本職じゃないのにここまでの腕前を持ってるのが気になってしまった訳だ。
「あ、そのこと? えっとね、鶴頭さん昔はパティシエ目指してたみたいで、洋菓子なら色々作れるって前に聞いたよ」
「え? そなの? あたし初耳なんだけど」
「うん。うちで勤める前は料理の専門校にも通ってたみたいだよ」
へえ? 幼馴染の綾音でも知らないのか。
「なるほど。それであの人が店員を。俺たちのことを監視するなら、隠れての方が効率がいいと思っていたのだが、それで合点がいった」
「確かにそうだよな。買いに来るかどうかも分からないクレープ屋として待ち受けるよりも、その方が正解だと思っ……なあ、もしかしてなんだが。デートの度にクレープ屋寄ってないよな?」
そんな理由でクレープ屋として張り込まれてた、なんて突拍子のない考えに至ってしまうオレ。
しかしオレの言葉に、白斗からクレープを受け取ったばかりの倉田の肩がビクッと反応した。
「……マジで?」
「……うぅ……い、いいじゃんかあー! 私ここのクレープ好きなんだもんっ!」
「っ!?」
赤面した涙目の倉田が大きな声で抗議してくる。
うっ、それはずるい! と思わず声が出そうになるほど可愛い反応だった。
綾音という彼女がいる身にも関わらず、オレは自分の顔が熱くなるのを感じてしまう。
「ユーヤ……?」
しかし、隣に座っている綾音が発したと思われる声のトーンが……非常に重い。加えてしっとりとした高い湿度を感じる。
冷や汗が背中を伝う中で綾音の様子を伺うと、ハイライトがないように見える目が、オレのことをジッと見つめていた。
「っ!? ……な、なんだっ?」
「なんで顔赤いの? 熱あるなら帰る? 家まで送るよ?」
矢継ぎ早にかけられる言葉。
もしかして怒ってらっしゃる? 怒ってらっしゃいますか綾音さん!?
「だ、大丈夫だ! 健康そのものだし、綾音とのデートをここで終わらせるなんてもったいない!」
オレは慌てて、身振り手振りの動作を交えて綾音に弁解する。
「……ホントに?」
「お、おう!」
「…………そっかぁ、えへへっ♪」
ゆっくりと元に戻る空気。綾音の顔からも影が消えて笑みが浮かぶ。
綾音ってこんなにヤンデレの素質があったのか?
いやまあ、二度も他の子を好きになったのを知っていても、オレのことを一途に想っていたほどだし。付き合ったことで独占欲が強くなった可能性も……。
脳内で呻きながらも、ふと視線を白斗たちの方へ向けると、二人は呆気に取られた顔をしていた。
さっきまで赤面していた倉田すらも、今の綾音の態度は思いがけないものだったらしく、顔から熱が抜けてしまっているほどだ。
「ん? どったのみんな?」
「え? う、ううん! なんでもないよ!」
「あ、ああ。なんでもない」
二人の返事もぎこちないものだ。オレだって今すごく戸惑ってる。
この嫉妬深いのが、あのナナシだとはな……。
ナナシというのは、中学生時代にオレが呼んでいた綾音のニックネームだ。正確には綾音本人がナナシと名乗っていた、が正しいか。
当時中学三年だった綾音は、父親の不倫で家庭が崩壊したあとだったらしく、他人との間に壁を作っていた。深く関わるつもりのないオレに対し、本名を名乗らずにナナシと名乗っていたのもそのためだ。
そんなオレも母さんの癌が発覚した頃で、家庭内で不協和音が起きていた時だった。
中学最後の冬。お互いの境遇や独特の距離感での関わり方、加えて当時のオレがまだ捻くれてなかったのもあり、二ヶ月ほどこいつと一緒に放課後を過ごしていた時期があったんだ。
しかし、ある日ふとしたことで風邪を引いてしまったオレ。それで二日ほど会わない日があったんだが、前日にオレの気遣いを無下にしてしまった綾音は「自分に嫌気が差したから、彼は会いに来なくなったのかもしれない」と、本気で後悔していたらしい。
んで、ただの風邪で会えなかったんだと知った綾音は、自分にとっての進藤優也が『心の拠り所』になっていたのを悟り、同時にこの先も側に居続けたいと思い始めたんだとさ。
まあつまり、オレに恋をしたのを自覚するきっかけがその出来事だったとのことだ。
以降一年と少し。綾音のその想いは、ギャルになってまで自分の積極性を変えたのをきっかけに、オレが惚れ込んだことで見事に成就された。
とまあ以上が、綾音のオレに対する執着心が相当大きいと自負する理由という訳だ。
「ねえユーヤ。このあとどーすんの?」
そんな件の綾音が今後の予定を聞いてくる。
「ん? そうだなぁ。とりあえずはここでクレープ食ってくのは確定で……あー、お前らはどうするよ?」
オレが考え事をしてる間にベンチへ座り終えていた白斗たち。二人に尋ねるそのすがら、立ちっぱなしだったオレ自身も綾音の隣へと腰かけた。
尋ねる前は「あむあむ。……むー、美味しいのが本当に悔しいなぁ」と独り言を呟いていた倉田だったんだが。
「うーん、なるべく早いうちに公園は出たいかも。鶴頭さんがここまで見に来ないとも限らないし」
とかしこまった、神妙な顔つきで返事をする。
「それは言える。好意的と思われているかは自分では判断出来ないが、俺も見られているかもと考えると、むず痒くてあまり落ち着けない」
続けて、白斗も難しい顔をしながら同意する言葉を口にした。
まあ二人の気持ちは察するに余りあるので、下手に口出しする気にもなれない。
なんだったら、ふと思いついた「ここで会ったのも何かの縁だし、今から四人でダブルデートでもしてみるか?」という何気ない提案すら引っ込んだ。
「んじゃあ、この場で解散になりそーだね。ちーちゃんたちとのダブルデートもありかなーって思ってたんだけどなー」
なんてオレが考えてた矢先、そう口を挟んだのは綾音だった。
ここにきて綾音と意見が被るとは意外だ。さっきの反応を見るに「ユーヤがまたちーちゃんに見惚れるかもしれないからダブルデートは反対!」とでも言ってきそうに思ってたんだが……。
「……けどよ、ダブルデートって言っても何するんだ?」
オレは綾音の真意を探りたくなって尋ねてみた。
「ん? とりま服見たりとか。タピオカ飲みいくのもありじゃん?」
「デザートなら今食ってるだろ……。というかタピオカってまだ流行ってるのか?」
「それマ? あたしやミャーコの中じゃ変わらず推してんだけど」
なるほど。お前らのマイブームなのな。
ちなみにミャーコとは、同じクラスにいる赤髪ギャルこと園田宮子のことらしい。
「ダブルデート……。そっか。あたしたちも綾ちゃんたちもそういう関係だから、一緒に遊ぶのならダブルデートって扱いになるよね」
残りわずかになったクレープを手に持つ倉田がそう呟いた。
「千歳はしたいのか? その……ダブルデートというやつを」
「え? あ、えっと……!」
ダブルデートという言葉に照れがあるのか、白斗は気恥ずかしそうに頬を赤く染めている。
聞かれた倉田も恥ずかしそうに目をつむり、まるで言葉ごと飲み込むように、残ってたクレープで口をふさいでしまった。
あー、これはあれだな。流れ的にダブルデートになりそうでならない展開だ。
照れとか第三者の介入。もしくは「実はこのあとには予定が……」みたいな感じで、また今度って流れになって解散する気配がビンビンするぜ。
そのまま二人が口にする次の言葉が気になって見つめていると、倉田は食べ終えて手元に残っていたクレープの包み紙を、そっとワンピースの太もも部分に置く。
それから顔の前で両手の指先を突き合わせる仕草をし。
「……そのぉ、綾ちゃんたちは……したいの……? ダブルデートを……?」
羞恥心で赤く染まる顔で流し目を向けてきた。
その仕草と表情にオレはまたドキッとしてしまうものの、なんとか顔に出さないよう努力する。
いや努力とか……綾音に操を立ててる身のくせに情けない男だなオレよ。
心頭滅却すればなんとやら精神で、他の女子には目もくれないようにしないと。などと自分の不甲斐なさを嘆――。
「もっちろん! あたしとユーヤがラブラブなとこ、早く二人に見せたかったし!」
「……へ? 綾音っ!?」
そんなオレの内心を差し置いて、当の綾音は満面の笑顔であっけらかんと言ってのけやがった。