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4話 心配性な人たち

 クレープ屋を後にしたオレたちは、二人が待つ場所へ戻ることにした。しかしそんな中、さっきのやり取りをしたあとにも関わらず、オレたちの間には会話がない。

 けれどもそれによる不快感や気まずさはまったくなく、むしろ、自然体でいられることが心地良くさえ感じられるほどだった。


 そんな白斗と不意に目が合うと、あいつは「ふっ」と笑みを浮かべる。ああ。以前のような実に白斗らしい顔つきだ。

 だからオレも微かに浮かべた笑みを返す。暖かな風を感じながら視線を元に戻すと、そこへ――。


「あ、ユーヤ!」

「おかえりなさい」


 というオレたちを出迎える声。ベンチに座って帰りを待っていた綾音と倉田のものだ。

 二人はこっちの様子を伺うように、何か聞きたそうな視線を向けていた。


「よう、ちゃんと買ってきたぞ」

「予定の品よりも物量が多くなってしまったがな」

「え? あれ? 本当だ。白斗くんが持ってるクレープ前に買ったときと違うかも」


 倉田は白斗が持つクレープをまじまじと見つめ、頬に人差し指を添えながら首を傾げる。


「ねえユーヤ」


 続け様に俺の名前を呼ぶ綾音の顔は、やっぱり何か言いたげなものだった。


 綾音の言いたいことが『クレープの量』についてなのか、はたまた『あの店員との会話』についてなのかどうか。

 この状況ではどちらとも受け取れる発言で困る。まあその両方だと思った方が無難そうか。


「量が多いのはサービスだってよ。白斗の漢気に惚れたんだとさ」

「お、おい優也!」


 オレの言葉に白斗は焦ったような声を出した。


「別に言って減るもんじゃないだろ?」

「それはそうだが。あまり公言することでも……」

「なに? そのおとこぎって?」


 話に食い付いてきたのは綾音だ。


「な、なんでもないぞ鞍馬さん!」

「えー? その反応、なんでもなくなくなーい?」


 更に焦った声を出すもんだから、案の定綾音が怪訝な顔をし始める。しかし、その顔が間髪入れずオレの方へと向けられた。

 白斗を問い詰めてもすぐに答えが返ってこないと思ったんだろう。判断が早い。


「けどその前に、そっちから先に話しておくべきことがあるんじゃないのか?」

「先に? それこそ意味わかんないんだけど?」

「あの店員はどこの誰なんだ?」


 オレの問いを聞き、途端に開いていた綾音の口がつぐまれた。


「…………なんの……ことだっけなぁ〜?」


 そして視線を泳がしてとぼける。


「なんのことだー? お前も倉田も、あの店員の顔に見覚えがあるみたいだよなー?」

「うっ……」

「何!? そうなのか千歳っ?」

「ふぇ!? あ、えと……!」


 白斗の問いに倉田が動揺する。答えなんて聞かなくても分かる反応だ。


「オレたちがあの人と何を話したのか、気になるんだろ?」


 オレの言葉に悩むような顔をする二人はお互いに見つめ合い――。


「……わかった。私の口から言うね」


 と諦めのついた顔をする倉田が渋々といった様子で口を開いた。


「あの人の名前は鶴頭さん。鶴頭さんはうちで働いてくれてる人で、その……」


 うちで働いてる? でも、その鶴頭さんとやらはクレープ屋の店員だったよな。

 倉田の家ってクレープ屋で生計を立ててるのか?


「今回店員をしてたのは、白斗くんのことを探るためだったんだと思うの」

「へえー……ん?」

「千歳、それはどういうことなんだ?」


 オレも白斗も意味が分からず首を捻った。


 今回という部分もそうだけど、白斗を探るってどういうことなんだ?


「二人が買いに行ってる間に話聞いたんだけどさ。茅野くんとちーちゃんが付き合ってるの、どうやら親バレしちゃってたみたいなんだよねぇ」

「そ、そうなのか千歳っ?」


 白斗が思いもよらない内容に狼狽(うろた)え出す。


「うん。直接教えてはいないんだけど、綾ちゃんが言うには」

「茅野くんがまともにデートできてたの休日だけだったみたいじゃん? 放課後は部活があってさ。その度にちーちゃんがおめかしして出かけてたんなら、普通親なら気づくっしょ」

「む……指摘されてみると確かに……」


 目をつむり「不覚だ」と言いたげな顔をする白斗。


「つまりなんだ? あの人は倉田たちのデートを監視するために派遣された店員なのか?」

「んにゃ……派遣されて店員にっていうか、弱みに漬け込んで本職の人と入れ代わったというべきか……」

「は?」


 さらっと怖いこと言ってないかこいつ?

 弱味に漬け込んでとか、どうやってもプラスの要素として汲み取れない発言なんだが。


「と、とにかく! 白斗くんが私の交際相手として相応しいのかどうか、鶴頭さんは確認しに来たんだと思うの。私と白斗くん、よくこの公園で過ごすから」

「つまりなんだ? 詳しくは言えないけど、鶴頭さんとやらは倉田の親に命じられてクレープ屋の店員をしてたと?」


 再度確認するオレの言葉に対し、倉田は何度も頷く形で答えた。

 けど必死に頷くもんだから被っていた麦わら帽子が落ちそうになる始末だ。


 とりあえず聞いてみた結果分かったのは、倉田の両親が極度の親バカらしいこと。

 社員を娘の彼氏の探りに使うとか筋金入りだぞ。


「待ってくれ! ではなんだ? 俺がした先程のやり取り全ては、千歳のご両親に筒抜けになるとっ?」

「そうなるよな。まあ良いんじゃないか。漢気は見せれたんだし」

「いやダメだ……。少なくとも根本は女々しい男なのだと受け取られるのは必須……」


 白斗がガクッと肩を落とす。その拍子にクレープをこぼしそうになっているのをオレが指摘すると、白斗はハッとした顔ですぐさま元の位置に戻した。


「ったく、そのネガティブなのやめろっての」

「ならさ、今度はこっちの番っしょ。二人は鶴頭さんとどんな話したん?」


 綾音がそう口にすると、倉田は不安げな顔をする。

 自分たちのデートに介入する人のところへ彼氏がわざわざ行ったとなると、倉田としては気が気じゃないんだろう。


 あ、そうか。だから倉田はオレと白斗が行こうとしたときに引き留めたそうな顔を……。

 けど綾音は鶴頭さんとやらの目的を知らなかったから、倉田と引き合わせなければいいと思って、面識のないオレたちに買いに行くよう指示をして。


 なんともボタンを掛け違ってしまったような話に、オレは思わず苦笑いしたくなった。

 倉田が言い出せれば良かった事態なのかもしれないが、実際に会ったオレとしては悪くない結果だったと思ってる。


「ねえ、黙ってないで答えてよ。鶴頭さんはちーちゃんたちのことで何か言ってたの?」

「何かって言われると……」


 言葉を濁しながら白斗に視線を移す。

 オレから言うよりも白斗の口から言うべきことだろうし、そもそもこいつが本当に嫌なら、オレの口から言うべきことじゃない。


「そう、だな……。俺があの人と話したことは、先月の件に関係している話だ」

「関係してる話って、もしかして進藤くんたちも含まれてるの?」

「ああ。優也や鞍馬さんを傷つけてしまったあの件を俺はまだ引きずっていた。そのことを店員の方に指摘されてしまってな……」


 二人は白斗が語ったことでなんの話か分かったんだろう。途端に難しそうな顔をした。


「千歳を奪われず、優也の心も傷つけない。望んだはずのそれを俺は間違えた。だが、それでも正しい方法はなかったものかと、あれ以来考えていたんだ。鶴頭さんの前で、あの時の自分は弱々しく女々しく、酷く歪んだ嫉妬心に苛まれていたと、俺は愚痴をこぼしてしまった」

「白斗くん……」


 倉田の表情が曇る。


「ねえ白斗くん。あのとき電話で言ったよね? 進藤くんたちに謝らなきゃダメだよって」


 だけど、その顔はすぐに険しいものに変わった。今の倉田が、少しだけうちの姉ちゃんみたいに見えたのは内緒だ。


「ああ」

「それで白斗くんは謝ったんでしょ?」

「……もちろんだ」


 白斗がしかられた子供のように縮こまる。


「ん。ならよし! 二人に謝った。ちゃんと許してもらえた。それでいいんだよ! 白斗くんは昔のことがあったせいでナーバスになりやすいだけ」


 そう言って立ち上がり、白斗の側まで歩く倉田。あいつはそっと優しく、親が子供にするように、白斗の体を抱き寄せた。


「そんな白斗くんを私が支えるから、これ以上一人で悩みすぎちゃダメだよ」

「千歳……」

「大丈夫。パパやママにお兄ちゃん、鶴頭さんたちが認めなくても、白斗くんは私の最高の彼氏さんだからね。私が必ず認めてもらえるように話し合うから。だから、ありのままのあなたでいてください」

「……ああ。分かった」


 目をつむり愛おしそうに抱きしめ続ける倉田。

 対する白斗は、手に持つクレープを器用に片手にまとめると、倉田の頭をそっとなで始める。


 白斗は昔、中学時代のクラスメイトたちを亡くすバスジャック事件に巻き込まれた。

 唯一の生き残りだった白斗。しかもその事件が、痴情のもつれで起きたものだったこともあり、白斗は恋愛に対する偏見を抱いていた。

 そのせいもあり、初恋である倉田との関係を人一倍気にし、臆病になってしまうようだ。


 まあオレの恋愛観も捻くれているから、人のことをとやかく言えたりはしないけどな……。


「あたしら蚊帳の外だねぇ〜」

「でもまあ、丸く収まったんなら良いだろ」


 雰囲気に耐えきれずベンチまで移動してきた俺に、綾音が小声で話しかけてくる。


「しかしどうなるんだろうね……。茅野くん、倉田家にちゃんと認めてもらえるといいんだけど」


 二人のことを憂鬱そうに見つめる綾音。まあ、事の端末を知らない綾音がそう思うのも仕方ない。


「大丈夫だからそんな心配そうな顔するなよ」

「え? なんで?」

「あー、ほら。最初の話に戻るけど、クレープのトッピング豪華だなって話な」

「うん。確かに豪華だよね」

「それが漢気だ」


 オレの言葉に「は?」とほうけた顔をする綾音。少し間を置いて「え? 何? そういうこと!?」と驚いた顔で言った。


「あいつはきちんと話した。自分の言葉で、千歳は誰にも譲れないほど大切な存在だ。って、啖呵(たんか)を切ってさ」


 オレとの約束を違わないともな。と付け加える。


「なーんだ。心配して損した。でもいいなー。すぐ側に友達いても構わず抱き合うちーちゃんたち♡」

「はあ? オレはしないぞ。見てるだけでも小っ恥ずかしいっての」


 いくら恋人とはいえ、オレにはあんな大胆なのは無理でございます。

 どれだけ綾音との付き合い長くなっても、あいつらみたいなバカップル地味たことは絶対したりしないからな。……フラグじゃないぞ?

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