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2話 もう一組のカップル

「はいよお待ちー! 二つ目のデラックスフルーツクレープでございやす!」

「あ、ありがとうございます」


 オレはサングラスにスキンヘッドの(いか)つい店員の人から、恐々としながらクレープを受け取る。

 だけどそんな顔に似合わず、白い長袖の服にジーパンと爽やかな服装。更には花柄のエプロンというアンバランスな見た目が困惑さを引き立ててくる。


 渡されたクレープに関しては、生地に包まれたパイナップルやメロンやらのカットが詰め込まれてるのに加え、クリームの上にはマスカットやイチゴなどが乗せられていた。

 フルーツの種類も多いが量も多い。まさに値段に相応しいクレープだった。


「まいどありー! 彼女さんと一緒にまた来てくだせい!」

「わ、分かりました」


 オレは店員に軽く会釈(えしゃく)をしてその場を離れる。向かう先は綾音の元だ。


「……んで鶴頭(つるがしら)さんが……?」

「待たせたな綾音。さすがに二つ分となると完成まで時間が……どうした?」

「えっ? あ、いや、なんでもない!」


 離れたところで待っていた綾音が、オレが話しかけると慌てたように返事をした。


「どうしたんだよ? さっきから――」

「だからなんでもないって言ってんじゃん! クレープ早く!」

「お、おう」


 クレープの一つを差し出すと、情緒不安定な綾音にぶん取られた。


 こいつ買う前はあんなに機嫌が良かったのに、店員を見た途端、急に顔をしかめたんだよなぁ。

 いやまあ、確かに極道っぽい顔立ちだったけど、見た目で判断しちゃダメだろ。……ってオレも人のことは言えないか。

 

「とりあえず、そこのベンチにでも座って食べるか」

「もっと向こう。公園の端がいい」

「遠くね!? まあ綾音がどうしてもって言うなら異論はないけど」

「んじゃあ行くよユーヤ」


 買う前同様、綾音は腕を絡めてくる。けど、隣で連れ添ってなんてものじゃなく、ぐいぐいとオレを引っ張る形でだ。

 加えて綾音は巨乳なので、今現在、腕は柔らかな感触に包まれていた。けどそれに反応すると、今度は憤怒されそうなので我慢を強いられてる俺がいる。


 クレープ屋に行く前は「おい綾音。む、胸が当たって……」、「にゃはは♪ 当ててるんだしー♪」なんて甘い会話してたんだけどなぁ。

 とにかく理由は分からないが、綾音はどうにもここから早く離れたいらしい。


 オレは綾音に連れられながらチラッとクレープ屋の方を見る。

 すると目が合った店員が、右手を顔の高さまで上げて親指を立てるサムズアップをしてきた。


 どういう意味なんだ? という疑問が解決しないまま、オレはクレープ屋が視界に入らない場所まで移動することになった。


「何があったか知らないが、食べたら機嫌直してくれよ」


 端まで移動したオレと綾音は、木漏れ日が差し込む片隅で、木製のベンチに隣り合う形で座った。


「別に機嫌悪くないし」

「じゃあなんだ? あの店員と知り合いなのか?」

「ぶっ!? げほげほっ!!」


 オレの問いに吹き出し、むせ始める綾音。クレープを口に含んでいなくてなによりだ。

 けど、その反応は正解だと言ってるようなもの。あの場面で顔を合わせるのを想定してない相手だと。


「で、誰なんだよ?」

「えーとぉ……」


 綾音はクレープを手に持ったまま、言いにくいそうな顔をする。


 そんなに口にしにくい相手なのか? って、なんか足音が近づいてきてる気が……?


「実はあの人――」

「うわ!? 綾ちゃん!?」


 オレの疑問が解けるより先に、綾音が言い切るよりも早く誰かの声が割って入ってきた。

 って、この声は――!?


「ち、ちーちゃん!?」

「こ、こんにちわ綾ちゃん! それに進藤くんも!」


 話しかけて来たのは一人の女子だ。落ち着かない様子で、オレたちから少し離れた位置で立ち止まっていた。

 急いで走ってきたのか、少し息が上がってるみたいだ。


 肩くらいの長さで切り揃えられた黒い髪。優しげに見える目の形。着ている服は白のワンピースに麦わら帽子と、清楚で可愛らしいものだ。

 それらが合わさったことで、純朴で清純な彼女のイメージが見ただけで得られることが出来る。


 その女子はクラスメイトである倉田(くらた)千歳(ちとせ)

 綾音の幼馴染であり、オレの……オレの二度目の失恋相手だった。


「どうしてちーちゃんまで……!?」


 ちーちゃん()()? なんか意味深な発言だなぁ。さっきの疑問に倉田も関わってるのか?

 ちなみに『ちーちゃん』とは、綾音が倉田を呼ぶときのニックネームだ。


「倉田はどうしてこんなところに?」

「え? あ、私!? わ、私は白斗(はくと)くんとデート中でねっ!」

「なんだよ。二人もか」

「へ!? と言いますと、進藤くんたちもっ?」

「ああ」


 どうやら倉田もデート中らしい。まあ、その彼氏ともオレたちは知り合いなんだがな。

 とはいえ、件の彼氏の姿が見当たらない。どこにいるのかと思っていると。


「勝手に走らないでくれ千歳。あそこでクレープを頼むのではなか――っ!?」


 小柄な倉田の後方から、今度は長身の男子が走ってきた。

 しかし、オレたちもいることに気付いた瞬間、その足が止まる。


「よお」

「っ優也に、鞍馬さんもいたか。……久し振りだな」


 あいつが――オレの友人である茅野(かやの)白斗が、躊躇(ためら)いながら返事をする。


「ああ。休みに入ってからは初顔合わせだな」


 白斗とは友人でありクラスメイトでもあるんだが、少し前に揉めて以来、オレたちの間には距離が出来てしまっていた。

 オレとしてはもう気にしてないんだが、加害者にあたる白斗にとっては、まだ親しくすることに戸惑ってしまっているようだ。


「ねえ、ちーちゃん。クレープ屋って、もしかしてすぐそこの?」

「うっ……う、うん」

「だよねー……」


 白斗にどう話を振ろうかと考えていたら、女子二人が小声で話し始めていた。


「どうしたんだよお前ら?」

「えっ? な、なんでもないよっ!」

「べっつにー。あ、ユーヤ! そのクレープ持っててあげるから、茅野くんと二人でちーちゃんの分のクレープ買ってきてあげて!」

「はあ!? なんでだよ!?」


 どうしてそこでオレに白羽の矢が立った!?


「なんでもかんでも! 茅野くんもそれでいいっ?」

「あ、ああ。俺は構わんが……」

「え……あ、うぅ……」


 ということで、何か言いたげな顔をしつつ黙る倉田をよそに、オレと白斗がさっきのクレープ屋へ行くことが決定した。

 しかし白斗も彼女のための頼まれ事となると、理不尽なことでもオレ同様断れないらしい。




「すまないな。綾音の奴がよく分からないこと言い出して」

「別に構わんさ。元より買うつもりだったものだ」


 歩き出したオレたちは会話を始める。だが、それも今の一往復だけ。

 そこからの会話は続かず、情けない話、オレ自身どんなことを話すべきか悩んでいた。


 白斗との間に起きた揉め事。それは、オレが倉田のことを好きになったのが始まりだった。


 二週間ほど前。倉田からふとした事で笑顔を向けられたオレは、それに一目惚れし、ラブレターを出す形での告白を実行に移した。

 けどその手紙は本人が見るよりも前に、白斗によって綾音の下駄箱に差し替えられていたんだ。


 動機は簡単なもので、当時の時点で倉田と付き合っていた白斗が、『優也が入れ間違えたのが原因という流れで、鞍馬さんとの勘違いの末での交際を誘発させようとしていた』なんてものだった。


 倉田との交際を周囲に隠していた白斗。その倉田を友人であるオレに取られるのを、あいつは危惧した。

 なのでオレと綾音が付き合った後に、自分たちも触発されて付き合い始めたという形で、白斗は話を丸く収めたかったらしい。


 けど、結局は無理な計画による綻びが生じて、オレとの友情は壊れかけてしまったんだ。


 まあ最初の失恋については、白斗と知り合った当初にあいつには話していた。なので、あいつはオレに二度目の失恋で傷心させないようとした上で、倉田を奪われないというシナリオにしたかったらしいんだ。だが、世の中早々上手くはいかない訳で……。


 結果、白斗の思惑があったとはいえ、オレのことを本気で好きになってくれた綾音と、オレは真剣に向き合って付き合い始めることが出来たんだ。

 それについては白斗には本当に感謝してる。


 一般的には、白斗がやったことは決して許される行為だとは言えない。それでもオレは、全部が丸く収まったと納得して白斗を許すことにしたんだ。


 けどまあ、その白斗がこれじゃあな……。


 オレは隣を歩く白斗を見る。難しい顔で歩く先を見る横顔には、どうにも緊張が見て取れてしまう。

 気にしてないとは何度も言ってるんだが、どうにもこいつと寄りを戻すには、何かしらのきっかけが必要なようだ。


 やっぱりオレがなんとかするしかなさそうだな。とクレープ屋に着いた後、オレは白斗と話し合う決意を固めるのだった。

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