流星群を見逃した夜に
「流れ星が見えている間に願い事を3回唱えれば必ず叶う」
街の子供たちはみな貧しくて、いつもお腹をすかしていました。将来、お金持ちになっておいしいものをたくさん食べることが夢でした。
今夜は待ちに待った流星群の日です。街で有名な占星術師が予言しました。その占星術師は占いだけでなく、日食や月食、彗星や新星の出現を予言したことがあり、すべて的中していました。
今回のような大規模な流星群が見られるのは30年に一度と言います。
学校が終わった後、日が暮れてからみんなで広場に集まろうと約束しました。流れ星は現れてすぐに消えてしまいます。みんなで願い事を早口で唱える練習をしました。
トーマの家は父が出て行ってから、稼ぎがなくなり苦しい生活を送っていました。学校が終わった後もトーマは印刷工場で働かなければなりせん。その日の労働は特にきつく、トーマは家に帰るとぐったりして眠ってしまいました。
目を覚ました時はすでに日が暮れていました。急いで広場に向かいましたが、誰もいません。いつもの冬の星空が広がっているだけでした。流星群は終わってしまったのだ、と思いました。がっかりして帰ろうとしたとき、黒いシルエットに気付きました。広場の石段に老人が腰を下ろしていました。トーマは老人に尋ねました。
「いつからここにいるのですか?」
「夕方からずっとじゃよ。」
「流星群を見ましたか?」
「ああ、とてもきれいじゃったよ。」
トーマはますます悲しくなりました。もしかしたら占星術師の予想が外れて流星群が現れなかったという可能性も頭の片隅にありました。そしたら少しは気が楽になると思いました。
トーマは流れ星に願い事をする機会を逃した口惜しさのため涙を流しました。トーマの願いはお金持ちになることではありません。1年以上病気で寝込んでいる母が元気になることでした。
老人は立ち上げり、うなだれて涙を流すトーマに近寄りました。
「そなたは出遅れたのじゃな。大人も子供もそろいもそろってみな空を見ながら早口で願い事をしておったわい。滑稽じゃったわ。」
老人はトーマの肩に手を置いて、続けました。
「そなたに良いものを見せてやろう。わしについてこい。ただし、そこで見たものや、わしから聞いたことは他人に話してはいかんぞ。」
老人は広場を離れ、路地裏を抜け、森の方へ向かいました。森の小道は真っ暗で、老人が手に持つランプの光だけが揺れていました。しばらくすすむと岩場にぶつかりました。目を凝らすと石段があります。二人は慎重に石段を上っていきました。ずいぶんと高く上った感覚がありました。登りきったところには庭付きの小さな家がありました。振り向くと眼下に森が広がっていました。
老人に続いてその家に入りました。近くで見るとその家はレンガ造りであることがわかりました。老人はランプをテーブルに置きました。部屋の中には見たこともない道具がたくさん置かれていました。
「そなたは流れ星を見たことがあるか?」
トーマは子供の頃に一度だけ見た流れ星を思い出しました。
「一度だけあります。」
老人はテーブルの上に置かれていた石をつかみました。大人が片手でやっとつかめるような大きなごつごつした石です。
「これが流れ星の正体じゃよ。」
トーマは何のことかわかりませんでした。
「それはただの石ですよ。流れ星は光っていてきれいです。」
「たしかに空を飛んでいる間はな。地面におちればこの通りただの石だ。」
トーマが唖然としていると、老人は続けました。
「流れ星はすぐに消えてしまう。数年前、わしは地面まで落ちてきた流れ星を見つけたのじゃよ。めずらしいことじゃった。その場所には大きな窪みができていて真ん中にこの石があった。その石は燃えていたがやがて火が消えてしまった。それを見て、わしは仮説を立てた。夜空には無数の石が漂っておる。地に近づくと火がつく。それが流れ星じゃ。流れ星の大半は地面に到達する前に燃え尽きてしまう。たまたまこの流れ星は地面まで到達したのじゃ。」
「じゃあ、止まっている星はどうして光っているのですか?」
「わしの観測ではそれらの星ははるか彼方にあるのじゃ。それはずっと燃え続けている。遠くにある星は決して落ちてこない。何十年もそこにとどまっている。いずれにしてもそれは石が燃えているのだよ。」
トーマは混乱していた。星に大小はあっても、遠いとか近いとかあるものか。それに星はゆっくりとだが毎晩動いているではないか。とどまってなどいない。
トーマはもっと話を聞きたいと思いましたが、夜も更けたので帰ることにしました。老人が森の入り口まで送ってくれました。老人が別れ際に言いました。
「真実は幻想よりも美しい。わしはそう思う。この星空さえもしのぐのじゃ。」
「それから、いくら願ったところで、お母さんは良くはならぬぞ。この薬を毎晩一粒ずつ飲ませるのじゃ。」
老人はトーマに小さな袋を渡しました。
占星術師が異端裁判にかけられたことを知ったのはその3日後のことです。十字架に張り付けられていたのはあの老人でした。その日の夜、満天の星空のもと、星が一つ流れるのを見ました。もちろんトーマは願い事などしませんでした。
次の日、トーマが老人の家に行くと、テーブルの上にメモが置いてありました。
「少年よ、ここは今日からそなたのモノだ。」
それから20年のときが流れました。
老人の残した道具や書物を引き取ったトーマは、占星術師として生計を立てながら、ひそかに星々の探求を続けています。彼の探求を引き継いだ弟子のそのまた弟子が地動説を唱えるのはその100年後のことです。