17、禁術諮問機関
「へーえ、あのじーさんにも友人がいたんだなぁ。随分とまぁ歳が離れた友人に出会えたものだな。若いヤツと話が合うだなんて羨ましいねぇ」
ちょんまげ男はピララーラと先代城主との関係に甚く感動しているようだ。
何故かこの人だけが号泣している。
「6代目も良いことしたなぁ。お前さんがアイツにメモを見せてやってくれたことを5代目は喜んでると思うぜ」
「あなたと先代の城主はお知り合いなのですか?」
「あぁ、名乗ってなかったな。俺は禁術諮問機関のメンバーのユングーってんだ。宜しくな」
ユングーは腰を屈めて私に目線を合わせて挨拶をする。
まだ涙が残る細い目の眦を下げ、笑顔を作る。
「え!禁術諮問機関!?」
ユングーの名乗りに反応したのはマリルドだった。
「禁術諮問機関ってシロハさんが属する機関ですよね?え、じゃあ、シロハさんと知り合いなんですか?」
猛禽類のようなクールな瞳のせいか感情を読み取りにくいが、マリルドは随分と興奮しているようだ。
「おう、なんだなんだ。君もシロハの野郎のファンの1人か?あんな完璧野郎になんか惹かれたって不毛だぜ?憧れるなら俺にしとけよ」
「いや、いいし。シロハさんとあんたは全然違うでしょ。その顔であんな超絶カッコいい人と同列に並ぼうとするとか意味わからんし」
「ははは!腹の立つこと言うなぁ。俺も高位魔法師の1人だっつーの」
「あー、鏡っていう便利な道具の存在を知らないんですね」
「だはははは!」
え、物凄く打ち解けてるみたいだけどこの2人って初対面なんだよね?
茶化しては皮肉を返しての応酬が続いている。
この応酬を楽しそうにしているのはユングーのみのようだけれど。
「俺の方の用件だけどヘプタグラム城、まぁ『魔法大天守』っつった方が箔があるとは思うんだが、先代に引き続いて6代目の新城主にも禁術諮問機関のメンバーに入ってもらえないかどうか打診に来たんだよ」
『断る』
はや!
ワルサーさん、結論出すの早くない?
ウーターニャはワルサーがこの機関に勧誘されたことが誇らしいらしく、目を輝かせている。
「禁術諮問機関っつーのは世界の理に抵触する魔法を調べて記録していくための機関なんだが、まぁこの1000年以上活動した形跡はない形だけの機関だな」
『だったら勧誘する意味すらないだろう。帰れ』
おおおお、ちょっとそういう伝言しにくい言葉を選ぶのはやめてくんないかなぁ。
「まぁ、100日以内に魔王を倒して各國の『天守』を引き継いだ者はメンバーにカウントされちまうものだから拒否できないんだけどな。…6代目、嫌がってんだろ?」
嬉しそうにワルサーの反応を言い当てるユングー。
人をからかうことを趣味とするこの男は遊戯の國の『娯楽天守』の城主。
彼はスリのようにしてこっそりと人の持ち物を引き抜く悪戯を得意とするのだが、これは世界の理が赦さない【禁忌】の1つである【窃盗】に抵触する間際の行為。
けれども主な目的が悪戯であるためなのか、どうやら彼の行為は容認されるようで、彼は今日まで消失することなく生存し続けている。
彼の存在は世界の理が禁忌と定める魔法、【禁術】を出し抜き、魔法の発展を遂げるための対策に役立つかもしれないと見込まれている。
ここへは禁術諮問機関の案内に来たように振る舞っているが、当初は魔法大天守を引き継ぐことを狙ってこの國を訪れていた。
まさか初日に魔王が倒されてしまうだなんて彼でさえも思いもよらなかったのだ。
…ワルサーが読み取ったユングーの情報が私の頭の中にも流れ込んでくる。
ユングーが此処を訪れた目的はあくまでも魔王討伐であり、折角だから軽くからかってやろうとしているだけで本気でワルサーを禁術諮問機関に引きずり込むつもりはないようだ。
「あのぅ、ワルサーはあなたの思惑を読み取ってしまっていますよ?」
「げ!」
『俺に隠し事が出来ると思うな』
「ワルサーに隠し事はできないらしいですよ?」
あっちゃー、と頭をがしがし掻いてはいるもののユングーの表情は愉快そうだ。
「思考解読魔法ってやつか。仕方がねーなぁ。やっぱり初日の魔王を倒したヤツは別格なんだな。とりあえずこれは君に渡すから6代目の髪も7本魔法石にしてくれよ。これは禁術諮問機関のメンバーの髪が含まれた魔法石な。これを使えば俺達と通話ができる。困ったことがあったら俺らに相談するといい。まぁ、禁術諮問機関のメンバーといえども初日の魔王の反撃魔法なんてものを解く魔法を獲得しているヤツがいるとは思えねーからそれ以外の相談で頼むぜ」
『必要ない。イサナ、その石ころは即座に捨ててしまって下さい』
「えー!ワタもそれ欲しい!シロハさんと話ができるってことでしょう?」
『その図々しいヤツにくれてやってもいいですよ』
「この魔法石が欲しけりゃどっかの天守の魔王を発生から100日以内に倒すこったな。そうしたらお前さんも晴れてシロハと同じ禁術諮問機関のメンバーになれるさ」
「なるほどな」
…マリルドが上手く丸め込まれている。
天守の魔王を倒すためにはまずは現在の城主が死亡する必要があるってことだ。
天守の城主は高位魔法師揃いということもあり、そう滅多に天守で魔王が発生することはない。
このヘプタグラム城に魔王が発生したのだって153年ぶりのことなのだ。
けれどもそんなことには思い至らないのか、マリルドは魔王討伐にやる気を見せている。
「ユングーさんって本当に意地悪がお好きなんですね」
思わず皮肉半分、呆れ半分で言うものの、いいように丸め込まれているマリルドの様子が可愛くてユングーと一緒になって私も笑ってしまう。
「ははは!しょうもない大人の代表だからな、俺は」
そう笑いつつユングーは私の左手を取り、小指の爪の中に魔法石を封じ込めてくれた。
もちろん左半分の体がワルサーのものだということを覚えていた上で左手の爪を選んだのだろう。
『勝手にそんなもの入れやがって』
「ワルサーの髪は渡せないですけれど、私の髪で良ければお渡ししましょうか?」
『なんてことを言い出すのですか』
「何かあったときに頼れるような人との出会いは貴重だもん」
「お、右のお嬢さんは話がわかるな。魔法陣を出して髪を引き抜けば勝手に魔法石に変わんぜ。何の魔法も封じなくていいからな」
「んー?」
ウーターニャの仕草を思い出し、真似しようかと一瞬考えたが恥ずかしいのでやめる。
瞳を閉じて魔法陣の出現を強く願うと目の前に魔法陣が現れてくれた。
「もう魔法陣まで出せるようになったのね。普通はもう少し徐々に魔法に慣らしていくものなのに。また今夜気絶しても知らないわよ」
「え、嘘」
「髪は7本な」
「あ、はーい」
間違ってもワルサーの髪は手にしないように髪を7回引き抜くと、その全てが次々と私の髪色と同じ魔法石へと変わっていった。
「ありがとな。ほいじゃ、俺の仕事はこれで終わりだ。今度はヘプタグラム城の中に入れてくれよ?」
『2度と来るな』
「2度と来るな、だそうですよ」
最後くらいはワルサーの言葉を伝えてやろうと思い、そのまま伝えるとユングーはやっぱり愉快そうにだははと笑って手をひらひらを降って去っていった。
「……」
「……」
で、当然のように私たちと一緒にユングーを見送っているマリルドだが、この子の用件は一体何なのだろうか?
私と同じことを考えていたのだろう。
ウーターニャと私は目を見合せ、そして同時に吹き出した。