16、私が私になる
ワルサーの級友だったという子が名乗ってくれた。
マリルドという名だそうだ。
無性別だろうという私の推理は的中していたようで一人称に「ワタ」を使っていた。
なかなかやるじゃん、私。
完全にポンコツというわけではなさそうなことが判明し、己の洞察力に安堵しつつ、用件を尋ねようとするとぱちんと指を鳴らす音が聴こえてきた。
「?」
ワルサーが何らかの魔法を使ったのだろうと思うのだが周辺を見渡してみても特に何も起こった様子はない。
不思議に思っていると皆の視線が私に集まっていることに気付く。
「なんでこのタイミングで髪色を変えた?」
とマリルドが言ってくれたお陰で魔法が使われたのは私に対してだったことがわかる。
「髪?」
「すごい、左側もイサナの姿になってるよ!」
ん?
そう言われても鏡もないし確認のしようが…。
あ、そっか。
確認する方法を思い付いて自分の胸を鷲掴みにしてみたのだが、AAカップのおっぱいは革と銀でできた胸当てに完全にガードされており悲しいかな感触が全くない。
服の襟ぐりを引っ張って隙間から覗き込んで確認しようとすると
「髪を目の前に持ち上げれば済む話でしょう!?」
とウーターニャからの指導が入る。
顔を真っ赤にし、凄い剣幕で言うものだからどうしたのかと驚いていると
『またウーターニャが邪魔をした。もう少しで見せて貰えそうだったのに』
というワルサーによるクレームが入ってようやく自分が何をしでかそうとしていたのかを理解する。
「あ…危なかったぁ。左目の映像はワルサーに見られているんだった!ウーターニャちゃんありがとう。私の貧乳をワルサーに見せてしまうところだったわ」
「ぶは!だはははは!なんかわかんねーけどヘプタグラム城の6代目城主にはエロハプニングが起きてそうでいいなぁ」
私達のやり取りに笑いを我慢できなくなったのか、小さなちょんまげの男の人が少し離れた所から愉快そうに私に向けて話し掛けてきた。
エロハプニングというにはAAカップは素材が貧相ではなかろうか…?
私がウーターニャくらいのおっぱいの持ち主だったのならばそう言ってもいいかと思うけれども。
『イサナが操作している方の体はイサナに見えるように錯視魔法を施しました。俺がそちらの体に入った際には俺に見えるようもしましたので今後は誤解を防げると思いますよ』
なにその「してあげましたよ」感は。
誤解されたくなかったのはワルサーだけでしょうよ。
私の行動ってそんなに一緒にされてしまうことが嫌なまでに下品なものなのかなぁ?
『下品とまではいかないですが、上品とは程遠いですよね』
なるほどな!
「えーっと、なんかワルサーが私がこの体を動かしているときには私に見えるようにしてくれたらしいよ。ワルサーがこの体を動かしているときにはワルサーの姿に変わるそうだよ。…本当に変わるのか見てみたいよね。ワルサー、交替してくれる?」
『嫌ですよ。そっちには俺を訪ねてきた奴らばかりがいるじゃないですか。面倒です』
「面倒って…。でも私じゃどう対応していいのかわからないよ?」
『だから全員追い返してしまえばいいんですよ』
「おーっと。また全員追い返すとか言ってら。…私の目と耳を通して話は全てワルサーに伝わりますので申し訳ないのですが御3方ともこのまま私が代理で対応してもいいですか?」
「俺は構わねーよ」
「ワタも別に」
「あ…僕は先代が最期に遺していたメモの内容を見せて貰えればと思って伺っただけなので…」
当たり前のように城内に入ろうとするちょんまげ男とマリルドとは違い、遠慮がちに訪問の理由を教えてくれたのはオシャ七三眼鏡の人だった。
「メモ?」
「はい。僕はヘプタグラム城の前城主の5代目に懇意にして頂いていたピララーラと申します。5代目にはよくこの城に招いて頂いておりました」
「へぇー、先代のお友達ですか」
「…魔法の発展について互いに議論百出をし、時間を忘れて談論風発したものです。実は…4日前にも僕はこの城に招いて頂いておりまして…5代目の消失は僕と雑談している最中に始まったのです…」
「……」
「僕の発言のせいで5代目が亡くなられたのではないかと思うのですが…情けないことに…その時の会話の内容を全く覚えていないのです。あの御方の最期の御言葉を失念するとは不敬にも程があります。5代目のためにも何としても思い出したいのです。5代目は消失開始直前に何かに思い当たったかのようにメモを取っておられましたので、可能であればその最期のメモを見せて頂けないものかとお願いに上がりました」
んー、この方は頭がすごくいいんだろうなぁ。
私なんかを相手にしても言葉がとても丁寧だ。
四文字熟語とかさっぱり意味がわからないけれど。
とりあえずピララーラが5代目を亡くしてすごく思い詰めているのだということは理解できた。
でも故人の最期のメモって勝手に見せてしまっていいものではないよね?
『ピララーラの思考読解と記憶解析及び彼の本質を確認しました。嘘は吐いていないようですね。メモの内容も彼自身が発した言葉を5代目が記しただけのものですし、彼には秘匿する必要はないかと思われます。悪意を持たない人間のようですし、変に最期のメモに執着されても面倒なので俺は見せても構いませんよ』
それはつまり少しでも早く追い返したいってこと?
『勿論』
本当に徹底してワルサーは他人を寄せ付けたくないんだね。
わかったよ。
最期のメモって何処にあるんだろう?
魔王がいた部屋かな?
『家付き虫に持ってくるように命じるといいですよ。見た目が変わっていてもその体の左半分の本質は俺のままなのでイサナの命令には喜んで応じます』
へぇー、そうなの?
『俺の親指の爪を弾くと家付き虫を召喚できますよ』
「てるの助くん?」
『そうです、てるの助をです』
左手を軽く握り、コイントスをするかのようにして人差し指の腹で親指を弾く。
すると親指の爪の中から本当にてるの助くんが姿を現してくれた。
新しい主人からの初めての呼び出しに嬉しそうに体を揺らしている。
「5代目が遺した最期のメモを持ってきてもらってもいい?」
私の言葉にピララーラがぱっと顔を上げ、瞳を潤ませる。
私が命じ終えるやいなや、てるの助くんは高速で体を回転させたかと思うと私の目の前に1枚のメモが出現した。
これが最期のメモか…。
うん、成る程ね。
読めん!
漢字2文字が記されていることはわかるのだが達筆過ぎて私には解読できない。
「えーと、この紙がそのメモみたいですけれど…読めますか?」
とりあえずメモを差し出すとピララーラは恐る恐る手を伸ばし、小さなメモを丁重に両手で受け取った。
目を通してしまうことに勇気が必要だったようで暫くの間は瞳を閉じ、深呼吸を1つとると漢字2文字を読むには過ぎる程の時間をかけてじっくりと読み込んでいた。
「…ありがとうございます。お陰様で納得できました」
涙を堪えていたのだろう、メモを私に返す時には小さく鼻を啜っていた。
深く深く頭を下げてからピララーラは城を去っていった。
死と同時に魔王が出現し、お祭り騒ぎになってしまうこの世界。
故人の願いが成就した場合の消失はおめでたいことだからなのだろう。
でもだからといって遺された人が故人を偲ばないわけではないのだな、とピララーラの背中から滲み出る哀悼を感じてそう思った。