15、鉱石の髪
「お待たせしてすみません」
まずはウーターニャの患者さんを探そうと4名を見渡す。
…誰が患者だ?
みんな元気そうに見えるけど。
4名は誰から先に私に話し掛けるかを譲り合っているようで沈黙を守っている。
白髪混じりの黒髪をツーブロックに刈り上げ、上部の髪を旋毛の位置で結わえた30代くらいの髭の背の高い男だろうか?
落ち着いて構えているさまに似合わぬ二股に分かれた頭の上の小さなちょんまげについ目が行ってしまう。
またはレモンイエローの髪を目が隠れるほど長いマッシュヘアにした私と同世代くらいの…たぶん無性別の、この人だろうか。
顔立ちはわからないけれど他の3名と比べると随分としっかりした大荷物を背負い、バックパッカーのような出で立ちをしている。
その隣にいるにんまりと口の端だけ上げて微笑み、鋭い大きな瞳でこちらを見つめる褐色の健康的な肌を持つ子も恐らく私と同世代。
白目が見えぬ程大きな山吹色の虹彩に赤い瞳孔。
ゆったりとしたTシャツの裾を太いベルトを通した細身のパンツに入れ、太股にナイフホルダーを装着しただけのラフな格好。
小さな体格に不釣り合いな踵の高いピンヒールのショートブーツが気になるが、この子も無性別ではないだろうか。
肩甲骨辺りまで伸ばしたさらさらとした真っ直ぐな髪は日本刀を思わせる。
この子は私が下に降りるのを待っている間に敷地内を駆け回って物珍しげに探索する姿が見えていたので患者さんということはまずないだろう。
乳白色だが毛先のみ無色透明の短い髪を七三分けにし、前髪を立ち上げているメガネをかけた知的な20代半ばくらいの細身の男性が一番体が弱そうに見えるけれど…どうだろうか?
お腹の前で組んだ手は密かに祈っているようにも見えるし、お腹を温めているようにも思える。
うん、この人だな!
患者に目星をつけたところに突然乱暴な風が通り抜けたかと思うと、ウーターニャが目の前に舞い降りてきた。
白い翼を折り畳みながら彼女はレモンイエローの髪の人の元へと歩み寄る。
レモンイエローの髪の人が小刻みに震え出したかと思うとぷぱっと音がして口から血を流し始めたから全員で驚きの声を上げてしまう。
「もう!虚弱体質の癖にこんなところにまで私を追い掛けて来るだなんてどうかしてるわ!ナナツヤさんはもう20歳なんだから國を越えることはできなくなるかもしれないんでしょう?その人見知りは何とかして他の天使にも治療して貰えるようになってください!」
そう言ってウーターニャは治癒魔法をナナツヤに施して止血する。
さらに飛び散った血液も全て浄化魔法で消し去ってくれた。
ワルサーが私の洞察力の低さに笑いを堪えている気配を感じ、釣られて私も笑ってしまいそうになるが何とか我慢する。
「…あのウーターニャちゃん?この方大丈夫なの…?」
「え?あぁ、ごめんなさい。驚かせたわよね。この患者さんは自然硫黄の性質を持っているんだけど、硫黄を他人に浴びせて被害を出してしまうのは悪いからって自分の体内で毒性分を放出しているものだから慢性的にこの状態なの。服毒は病気じゃないから世界に満たされている『病魔退散魔法』の適応外だし解毒魔法の獲得を勧めているんだけどこの人、言うこと聞かないのよ」
自然硫黄の性質?
と疑問に思うとまたしてもワルサーの知識から答えが見つかる。
この世界の人々は産まれて間もなく親が選び抜いた鉱石を与えられる。
赤ん坊のまだ取れない臍の緒に触れさせた鉱石は赤ん坊の髪に同じ色を与え、稀にその鉱石の性質と同じ体質をも与える場合もある。
ワルサーの髪は真珠の色を宿しているし、ウーターニャの髪は薔薇輝石の色を宿している。
薔薇輝石か。
へぇ、お洒落な名前の石だなぁ。
この情報を知ってから改めてウーターニャを見ると気のせいか彼女の背後に大輪の薔薇の花が見えてくる。
ナナツヤの方は髪に自然硫黄の色を宿し、そして硫黄の毒性質までも体質として持ち合わせているわけか。
毒性体質だなんて、それは気の毒なことだけれど…ウーターニャの言う通り、解毒魔法を獲得した方がいいのではないの?
ぷりぷり怒りながらもウーターニャはあざと可愛いポーズを決めて魔法陣を展開し、自分の髪の毛を1本だけつまみ上げるとぷちりと引き抜いた。
僅かに痛そうに顔をしかめるけれど、その表情も可愛い。
引き抜かれた紅色の髪はウーターニャの掌の上でしゅるしゅると小さく縮んでいき、やがて小さな魔法石へと姿を変える。
「はい、解毒魔法石よ。70回分は含まれていると思うわ」
「ありがとうございます!こちらはお代です」
そう言ってナナツヤはウーターニャの手を取ると貰い受けた解毒魔法石と同じだけの魔力に少し色を付けた魔力をウーターニャに注ぎ入れる。
ウーターニャの髪がきらりと輝き魔力の吸収を終えるとナナツヤが恍惚とする。
「はぁ…幸せだ。あの…次もまたお願いします!」
「なんで私ばかりに治療させるのよ!お願いだから近くにいる天使を頼ってよ!今回は間に合ったから良かったけれど…こんなことをしてたらいつかあなた死ぬわよ!?」
あー…このナナツヤってもしかしてウーターニャのファンだったりするのかな。
だから解毒魔法を獲得せずに毎回ウーターニャの元を訪ねて治療してもらっている…とか…?
だとしたら怖い。
「あの」
ナナツヤとウーターニャの間に立ち開かり、睨みを利かせる。
ただそれだけのことしかしていないのだがナナツヤは怯えて震える。
私って生気を感じさせない悪人顔をしているからね。
初対面の人には大抵怖がられるものなんだよね。
「ひぃー!す、すみません!ちゃんと解毒魔法を獲得しますから許してください!」
そう言い残してナナツヤは急ぎ逃げて行く。
…私、何も言ってないんだけどな。
ワルサーに怯えて逃げたと信じたい。
『イサナの美しさに驚愕しただけですよ』
んなわけないわ。
さて、残ったのはあと3名か。
振り返ると鋭い鷹のような目を持つ子とぱちりと目が合う。
御用件はなんでしょうか?と私が尋ねるより早く
「よっ!子供の國で各國講習を受けてるときにワタ達一緒のクラスだったよね」
と話し掛けてきた。
でも勿論私はこの子のことは知らない。
知り合いなのはワルサーの方なのだろう。
しかしワルサーの記憶を探ってもこの子の情報は見当たらない。
「えっと…どちら様でしょうか?」
恐る恐る尋ねると
「マジか。覚えられてなかったかぁ」
と言われてしまう。
とはいえ愉快そうに笑っているので気分を害しているわけではなさそうだ。
「ごめんなさい。実はこの体の左半分は確かにワルサーではあるんだけれど、今あなたと会話をしているのは別人なの」
こんな下手くそな説明で理解して貰えるかわからないけれど端的に伝える言葉を思い付くことができない。
ウーターニャは私の言葉に眉を下げる。
「…じゃあさっき私を助けてくれたのイサナの方なのね…」
そんな悄気なくても。
軽く口を尖らせて俯く様子もあざとく可愛いが。
でもまぁそっか。
昨夜はワルサーがこの体に入っていたとか言っていたし、もしかしたら先ほどナナツヤに睨みを利かせたのもワルサーの方かもしれないって思っていたのか。
「ごめんね、私で」
「もう…イサナ…」
中身がどっちかわからないっていうのは周りの人は不便なものだね。
『確かに。イサナの浅い考えの行動や発言を俺のもだと思われてしまうのは不名誉です』
「あはは!ひどい!」
おっと、このタイミングでワルサー言葉に声を出して返事をするのは失敗だったかも。
まるで先程ウーターニャを庇ったのは実はワルサーだったのに疑うなんてひどいとでも言ったかのように聞こえたのではなかろうか。
どう受け取られたのかはわからないが、ウーターニャが頬を染める様子から彼女の気持ちが晴れたことは見てとれるのでとりあえずは良しとする。
『良くないです』
という不満の声の後に、ワルサーの深い溜め息が聞こえる。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
改めまして宜しくお願い致します。
完結までの流れは作ってあるので未完に終わることはないかと思っています。
初めての小説家になろう投稿なのでアドバイスを頂けると嬉しいです。