4 閑話1(ベルドリッヒ・ミルナス)
『ウギャー オッギャー ウゥゥゥギャァー』
集落を離れてほどなくして、御子が泣き出したので、馬の脚を止めるよう指示する。
(魔法で灯りを灯しているものの、夜中のうっそうとした森の中で、怖い思いをさせているのでしょうか)
「申し訳ございません。教皇様。
御子様が空腹か、あるいはオムツが汚れてしまったのかもしれませぬ」
御子を抱えていた従者は、馬の脚を止めるとそっと馬を降りた。
「教皇庁を出るときに準備させたものがありますから、それを使用してください」
(私は、準備はしっかりしていますよ)
教皇の言葉に、聖騎士の一人がすかさず反応して、馬にくくりつけていた荷を抱えて従者のもとへ駆けつける。
荷をほどいた聖騎士と従者は言葉をなくした。
「「!!!!!!」」
聖騎士は意を決したかのように、一気に言葉を発した。
「教皇様、直接申し上げますことお許し願います。
生まれてまもない御子様の喉の渇きを癒すには聖水はすばらしいものでございますが、乳の手筈はいかようにかと・・・・
また、法衣の絹布は赤子のオムツに使用できる布ではございませぬ。肌触りの良い柔らかいこなれた布がよろしいかと…… いえ、すばらしい布ではございます」
「そ、そ、そうなのですか。」
(知りませんでした。確かに聖水は子の栄養にならぬか・・・・・・乳であったか。)
私としたことが・・・・・・迂闊だった。
どうする・・・・・・
教皇庁には乳母などおらぬし、手配するにも簡単に教皇庁の奥の院まで足を入れさせることは許されぬ。
新鮮な牛かヤギの乳を手配せねばならぬか。いや、牛の乳が赤ん坊に合うのか・・・・・・?
!!!!
「今から急いで母親のもとへ戻り、御子の乳母として1年ほど付き添ってくれぬか頼んでください。
あの夫婦を少しの間引き離すことにはなりますが・・・・・・」
1人の聖騎士が一礼すると、直ちに集落へと向けて馬を走らせていった。
(わたしはなんと残酷なのだろう。あの母親が断れぬと知りながら・・・・・・
罪深いですね)
「教皇様 連れてまいりました!」
「教皇様、ご慈悲を感謝いたします!」
聖騎士の早馬に乗せられたにもかかわらず、母親は泣きながら、そのままひざまずいた。
「子を産んだばかりというのに、あなたに負担をかけることばかりしてすみません。
さっそくですが、御子の世話をしてはいただけませんか?」
母親は深く一礼して、御子のところへかけていった。
「はぁ??? これはなんですか!! この布がオムツですって? これでおしっこを吸い取ることができるわけないでしょう! オムツだったら、うちのぼろ布のほうが100倍も上等ですよ!
聖水ですか…… そもそも赤ん坊が聖水瓶からそのまま飲めるとお思いですか??
いったい何を考えていらっしゃるんですか?」
(母親の絶叫が止まりません。なんにも言えません。はい・・・・・・
まぁ、母親を連れてくるという私の判断が正しかったということですね。よかったです)
母親に抱かれた安心感もあったのか、御子は眠りについた。
「この細道を抜けたところに、馬車を停めてあります。もう少しだけ辛抱ください。
馬車の1台は、御子と乳母の2人だけで使用するようします。
御子とあなたのために、ゆっくりと帰るようにします。つらければ遠慮はしないように。
必要なものがあれば、道中手配させますから従者に申し出てください。
体もまだ回復せぬうちに同行をお願いしてしまいました。反省しています」
「教皇様が反省だなんて。
母と名乗れなくても、1年でもこの子のそばにいることができるなんて、ありがたく思ってるんです」
予定の時間より大きく後れはしたが、馬車のあるところまで戻ってこれた。
みっしょん こんぷりーと!
御子のために準備した馬車の中をみると、ふたたび母親の絶叫が鳴り響いた。
「果物や木の実って・・・・・・御子様は、リスかサルですかぁ???? 」
『私の準備は完璧です。安心しなさい』
子どもに関しては、教皇様のお言葉を信じてお任せするのはやめよう!
と従者は心に強く思ったとか・・・・・・