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青空と雲

 俊がベンチの隣に座ると、白衣を着た人は、不思議そうに、若干何かいいたげな様子でつらっと俊を見た。そして、貧乏ゆすりをし始めて、少し経つと、俊に怒りを殺したような声で話しかけた。

 「あのさ、君。なんでマスクをしていないんだい。もしかしたら、家にマスクがないの?」

 この時期は、マスクが一部の人たちに買い占められていて、スーパーマーケットにはほとんどマスクがなかった。通信販売業者や個人の販売者も、マスクの需要があるのに目を付けて、通常の10倍もの価格で販売するようになっていたが、それでも人々は、パニック買いを起こしていた。だから、普通の家庭にマスクがないことも、よくニュースに取り上げられていた。

 俊は首を振りながら、「あ、そうではないですよ。この地域は、コロナ…」っと言いかけると、また何か突き刺さるような視線を感じ、そちらの方を見た。そうすると、まだおじいさんとその息子さんらしい男性が、車から食料品を下ろしているところだった。

 俊は、少し変な気分がした。何か、見張られている感じがした。俊が、マスクをしていないのは、単純にコロナウイルスがどこに存在するのか、ということをIDカードを通じて、教えてくれるからマスクをしていなくても良かったからだった。ただ、本当の事を言ってはいけないような気がした。

 すこし、間が空いたので、白衣の男性は不思議そうに俊を見て、言った。

 「どうしたの、大丈夫かな」

 「あ、すいません。この地域は、コロナウイルスが発生してて危ないからおじいさんが、マスクを持たせてくれたんですけど、少しマスクを外した時に風で飛んでしまったんです。」

 「そうだったんだね。それは、大変だったね」

 白衣の男性は、そう言いながらポケットからビニール袋に入れてマスクを取り出して俊に手渡した。

 「これ、病院の患者さん用のマスクだから、とりあえず使って」

 俊は、「ありがとうございます」と言って、ビニール袋からマスクを取り出すと、耳に引っ掛けてマスクをつけた。少し口元がごわごわすると思ったが、また「ありがとうございます」と白衣の男性にお礼を言った。

 「いや、今の時期は、マスクをしないと外出してはいけないことになってるから、注意してね」

 「はい。教えてくれてありがとうございます」とまたお礼を言いながら、白衣の男性の胸の名札をちらっとみた。そこには、21世紀病院 江頭優作 と書かれていた。

 俊は、その名札を見ると、あらたまって江頭に名札を指さしながら話しかけた。

 「あ、その名札見たんですが、お医者さんの方だったんですね」

 「あ、はい。私は江頭といいます。近くにある21世紀という病院で、最近勤務することになったんです。でも、今の病院は、コロナウイルスの感染者の対応で、中は関係者しか入れないぐらいなんだ…」

 話が止まったので、俊は、江頭の横顔を見ると、少し目の下にくまができていて、疲れているようにも見えた。江頭は、大きく息を吸うと、「ホント、地獄だよ…」っとぽつりと言ってから、俊に話しかけた。

 「君、トリアージって聞いたことある」

 「ええ、言葉ぐらいは…」

 「休みの日に、評論家が、このトリアージの事について話していたことがあるんだ。トリアージがあるから救える命を多く救えることができるって。だから、とても素晴らしい考え方だって、言ってた」

 俊は、トリアージという言葉がよくわからなかったので、2020年の歴史データから、瞬時にインプットしていった。すると、頭の中で、患者の重症度に基づいて、治療の優先度を決定して選別を行うこと、っという情報が流れた。

 「そうなんですか、でも救える命があるというのは、いいんじゃないですか」

 そう言うと、江頭は少し強い口調で反論した。

 「現場は、そんな簡単に割り切れないんだよ。少なくとも僕はね。周りは、割り切れというけど、人の命を選別するなんてできないよ。今、病院では、おおくの感染者であふれてる。今の病院の医者では足りないぐらいにね。僕は、患者を見ながら、その人の手首にマーキングしていく仕事なんだ。黒は×、赤は△、黄は〇ってね。つまり、赤はもうだめだから、先に黄を治療しろという意味なんだ。いわば命の選択をするような仕事が、病院では行われてる。そんなことしてたら、なんか精神的にしんどくなってきて。病院を少し抜け出してきたんだよ」

 俊は、江頭がそんなことを言うのを黙って聞いていた。

 江頭は、そしてベンチから立つと、空を見上げながら言った。

 「今日は、天気がいいね。この青空で、遊んでた日が懐かしいよ。」

 「ええ、気持ちがいい空ですね」

 雲が青空を飾るように、流れていくのが見えた。どこの世界にも、雲が流れていく。その光景がつながりを感じさせた。そして、暫く江頭は、その空を見つめていた。俊は、その後ろ姿を見つめていた。

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