死んではいけない男。
「ところでギュンターさん。あなた、両手剣にこだわりなどおありですか?」
握手していた手を離したメルツェデスが唐突に問いかければ、ギュンターは不思議そうに首を傾げた。
「はい? いえ、これといったこだわりはありませんが。騎士団の訓練に参加させていただく際には、槍も盾も使っておりますし」
「なるほど、その辺りも流石ですわね」
返答に、メルツェデスは納得したように頷いて見せる。
騎士とは即ち、戦場においては馬に騎乗して戦う者達のことである。
馬上にあって水平方向もしくは下方に攻撃する者とも言え、その場合両手剣は身体の正面、馬の後頭部付近に武器が来てしまうため、どちらかと言えば使いにくい。
なので、必然的に騎乗した時には片手槍や長めの片手剣など片手武器を使うことが多くなる。
騎兵の戦術として有名なランスチャージ、集団で槍を構えての突撃も、盾と片手槍によるものだ。
……あの長大な槍を持つだけでなく、馬という数百kgある動物の突撃による衝撃を片手で受け止めると考えたら、とんでもない戦い方ではあるのだが。
ともあれ、騎士であれば様々な片手武器に精通しなければならない。
そして、ギュンターはきちんとそれも見越してその稽古もしている、というわけだ。
「しかし、でしたら……盾と片手剣を普段からお使いになってはどうです?」
「盾、ですか? 馬上では使っておりますが、徒歩では考えたことがありませんでしたね……」
ふむ、と思案げなギュンターへと、メルツェデスは言葉を重ねる。
「ええ、わたくしも使っているので両手剣が悪いとは言わないのですが……ギュンターさんの役目を考えると、一考の余地はあるのではないかと」
メルツェデスがこう提案したのには理由があった。
ゲーム『エタエレ』においてギュンターが装備できる武器は、両手槍、片手槍、両手剣、片手剣の四種類。
そして、片手槍と片手剣の場合には盾を装備することができる。
それぞれにメリットデメリットはあるのだが、一番攻撃力が高いのが両手槍、防御力が高いのがメルツェデスの提案した片手剣+盾の組み合わせだ。
ギュンター自身に強いこだわりがあれば別だが、そうでなければ出来る限り防御力を高めておいて欲しいとメルツェデスは考えている。
何故なら、魔王崇拝者側に転生者がいるとすれば、ジークフリートの身辺はゲーム以上に危険になるはず。
であればその近くでジークフリートを守るギュンターには、攻撃力よりも防御力を重視して欲しいというのが正直なところ。
「なるほど、殿下の御身を守るということを考えれば、確かに有効でしょうね。
見栄えがどうのと言う者もいるでしょうが、元々大した見た目でなし、殿下の御身には代えられません」
「いや、そんなことはないと思うぞ? むしろお前はもう少し自分にこだわっていいくらいだ、ギュンター」
納得したのか幾度も頷くギュンターへと、横合いからジークフリートが声をかけた。
実際の所、ギュンターはサブ攻略対象となるだけあって、見た目も決して悪くはない。
長身で肩幅ガッシリ、マッチョキャラという程ではないにしてもしっかりと付いた筋肉、焦げ茶色の短めな髪、若干目は細いが裏表のない爽やかな笑顔を見せる整った顔立ち、とそのタイプが好きな人にはたまらない外見をしている。
逆に言えば、乙女ゲームユーザーや貴族令嬢の大多数からモテる外見かと言われれば、あれだが。
それでも少なくとも、大した見た目でない、と言われれば否定する人が多いだろう。
「お言葉ですが殿下、私にとっては殿下をお守りすることこそ第一。これが私のこだわりなのです」
「しかしだな……いや、言うまい。お前がそこまで言ってくれるのならば、ありがたく受け取ろう」
謙遜のような言葉を言いかけて、ジークフリートは一度言葉を飲み込む。
自分がそんな大した存在ではない、などと言ってしまうのは、そんな自分に忠誠を向けてくれる彼の心意気を軽んずるような行為。
また、ジークフリート自身が咎めたギュンターの発言とどう違うのだと言われれば、返す事も場も無い。
であれば、ギュンターの忠誠に恥じない自分になることが、彼のすべきことなのだろう。
「では、そんなギュンターさんに守られるだけでない殿下になっていただくために、一手ご教授差し上げましょう」
「え」
「それはいいですな。早速盾と片手剣を調達して来ようと思っていたところでしたので、プレヴァルゴ様を手持ち無沙汰にさせてしまうところでしたし」
「え」
決意を固めていたところに聞こえたメルツェデスの申し出に、思わず間の抜けた声が出てしまった。
さらにギュンターの追い打ちを受けて、もう一つ。
思わぬ展開に二人を交互に見やるジークフリートの姿は珍しく年齢相応のもので、それを見た令嬢達の一部では普段とのギャップに頬を染める者達も出る。
だが、肝心の二人は全くそんなことを気にした様子も無く、ジークフリートへと付ける稽古の算段、ギュンターが戻ってきてからの段取りなどを、にこやかかつテキパキと決めていく。
「では、それでいきましょうか」
「はい、プレヴァルゴ様。殿下も問題ないですよね?」
「あ、え、うん?」
若干現実逃避を仕掛けていたところに話をいきなり振られ、思わずジークフリートは曖昧な返事をしてしまった。
それも、肯定したとも取れる言葉で。
「では殿下のご了承もいただけたことですし、早速始めましょう」
「いやちょっと待ってくれ? ま、まだ心の準備が……」
「はっはっは、面白いことをおっしゃますな、殿下。訓練の時間である以上、常に訓練に入るお心構えでいていただかねば!」
「それはそうなんだが、最近なんだか扱いが雑じゃないかギュンター!?」
「そんなことはありません、気のせいというものですよ」
はっはっはと快活に笑いながら、ギュンターは訓練用の武具が置いてある倉庫へと向かって歩き出した。
目的もわかっている、然程遠くない場所へ向かっているだけ、ジークフリートには護衛の騎士も付いている。
まさかこの状況で、ギュンターの後をついていくわけにもいかない。
となれば。
「さ、それではジークフリート殿下、稽古をいたしましょう」
「……は、はは、そうだな、よろしく頼むよ……」
メルツェデスから声を掛けられたジークフリートは、若干虚ろな目で頷いてみせる。
これが入学式直後であれば喜んで稽古を受けたことだろが、幾度かの稽古で毎回ボコボコにされたジークフリートは、どうしても若干腰が引けてしまう。
それというのも、クリストファーが『殿下はボコボコにされるくらいきつめの稽古をご所望です』『責任感のある方ですから、厳しくされた方がお喜びになります』などと事ある毎に吹き込んでいるせいである。
そのためメルツェデスも、ジークフリートに怪我をさせないギリギリの加減で、容赦なく稽古を付けてきた。
結果としてジークフリートもまた腕が上がってはいるのだが、ギュンターほどの体育会系思考ではないため、反応が微妙になってしまうのだ。
また、稽古の内容もそれには影響しているところがある。
「殿下はとにかく御身を守ることを第一にお考えいただかねばなりませんから……」
「いつも通り、私は防御主体にということだな」
ゲームではともかく、現実であればジークフリートはまず自分を守らなければいけない。
万が一彼の身に危険が及べば色々な意味で大問題、護衛に付いている人間全員が社会的あるいは物理的にクビになる可能性まである。
更には魔王崇拝者から狙われていると言われているのだ、まずは自身を守り、そこから反撃できるだけの腕を身に着けなければならない。
ということで、これから彼は、メルツェデスの猛攻に晒されるのだ。
被虐趣味のない彼の反応が多少微妙になってしまうのも仕方が無い。
「こうなれば、やってやるさ、全力で!」
己の運命を半ば悟っていながらも、彼は目に鋭い光を宿し、しっかりとした足取りと手つきで剣を両手に構えた。
ゲームではヘタレ王子と呼ばれ、今も時折気弱な面が顔を覗かせることもあるが、やらねばならないとなれば覚悟を決めた顔になる。
その顔は、本来いくつかのイベントの後にトラウマを乗り越えた後に生まれるはずのもの。
彼もまた、いや、彼こそゲームのシナリオから逸脱しつつある存在なのだろう。
ただ残念なことに。
剣の腕だけで言えば、メルツェデスがそれ以上に逸脱していたりするのだが。
「う、うぉぉぉ!! なっ?」
容赦なく、嵐のように繰り出されるメルツェデスの斬撃を必死に受け、払い、凌いでいたジークフリートの目の前から、メルツェデスが消えた。
次の瞬間、彼から見て左側から殺気を感じ、反射的に剣を振り払えばガキンと響く金属音。
回り込んでいたメルツェデスからの一撃を、感覚だけで弾き返したのだ。
「あら、今のを弾くとは、お見事です」
「いや、今の、わざと、殺気、出しただろう? でなければ、わからず、斬られて、いた」
「まあまあ、そこまでおわかりになるとは……本当に成長なさいましたね」
ゼェハァと息を荒げながら言うジークフリートに、メルツェデスは嬉しそうに目を細める。
彼女の腕であれば、殺気もなしに斬りかかることは十分可能である。
だが、彼女はわざと殺気を放ちながら斬りかかった。
ジークフリートが殺気を感じて動けるレベルにあるかどうか、を確認するためのものであり、彼は見事に反応してみせた。
後は、きちんと理解して防御できるようにもっと精度を上げていかなければならないところだろう。
「では、もう一段階上の稽古をいたしましょうか」
「え。ちょ、ちょっとまて!?」
にっこりと笑ったメルツェデスが、消えた。
いや、目にも留まらぬ動きで、また彼の側面へ、いや、なんなら背後にまで回り込んでいく。
慌てて反応しようとするが、当然そこまで動かれては剣も追いつかない。
この辺りが、メルツェデスの逸脱した部分であり、彼女の真骨頂であろう。
足を止めて剣を打ち合う腕だけでなく、常に移動し相手に対して有利な位置を取る歩法。
これを、多対一の多い『退屈しのぎ』の中で身に着けてしまっていた。
当然そんな動きに普通の人間はついていけず、まだ反応だけはできているジークフリートなど十分優秀である。
……まあ、防御まではできないので、結局ボコボコにはされてしまうのだが。
「……おや、しばらくの間で随分と男ぶりが上がりましたな、殿下!」
「はは……土の味を噛み分けた渋い男にはなったよ、おかげさまで」
地面にへたり込んだジークフリートを見て、倉庫から盾と片手剣を持ってきたギュンターが、実に嬉しそうに笑う。
彼もまた、ジークフリートがどれだけのことをできたのか、その様子を見ただけでわかり、それが嬉しかったのだ。
うんうん、と幾度も頷いたギュンターは、いそいそと盾を左腕に装備し、片手剣を手にする。
「ではプレヴァルゴ様、私も渋い男にしていただかなくてはなりませんな!」
「あらあら、これ以上渋くなられては、令嬢方が大変ですわねぇ。
ですが、お望みとあれば一手ご教授いたしましょう」
意気揚々と向かってくるギュンターへと、メルツェデスはまた剣を構えた。




