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目指すべき先。

 そんなこんなで、いつものようにワイワイと騒いでいるところに、歩み寄ってくる命知らずな人影が二つばかりあった。


「いやはや流石です、プレヴァルゴ様。

 あれだけ走った後にそれだけ元気でおられるなど、どれだけの体力をお持ちなのやら!

 このギュンター、感嘆せずにはいられません!」


 人によっては嫌みに取れるような台詞を、全く嫌味なしに言ってのけるギュンター。

 実際彼にはまるで含むところがないのだから、これもある意味人徳というものだろうか。

 そしてそれをメルツェデスもまた、正確に受け止めていた。


「お褒めに預かり、恐縮です。ギュンターさんこそ、素晴らしい体力でしたわ」

「いやいや、それでもプレヴァルゴ様には届かないのですから、まだまだです!」


 答えながら、スポーツマン的爽やかな笑顔を見せるギュンター。

 その表情は、色々と裏を勘ぐらねばならない貴族社会に生きる人間からすれば、眩しいとすら言えるもの。

 実際、そういった世界に馴染み切れてなかったらしい男爵子爵令嬢達が、どこかほっとしたような視線を彼に向けていたりする。

 当の本人は、まったくその視線に気付いてはいないのだが。


「プレヴァルゴ様に追いつくためにも、また少しでもご教授いただきたいのですが、この後いかがですか?」

「ええ、構いません。殿下、しばしギュンターさんが警護から外れますが、大丈夫でしょうか?」


 申し出を快諾した後、念のためとギュンターの主であるジークフリートへと問いかける。

 もちろんそれを拒絶する理由もなく、また拒絶して狭量とも言えるような行動を取るわけにもいかないジークフリートは、頷くしかない。


「ああ、もちろん。この訓練場には、他の護衛も来てくれているしね」


 そう言いながらゆっくりと視線を巡らせば、直衛として付いていたギュンターが稽古に入るとあって、警護に就いていた騎士の一人が駆け寄ってくる。

 既に幾度もこうしてギュンターがメルツェデスと稽古しているせいか、この辺りの連携はスムーズなもの。

 ……若干、ギュンターへの羨むような視線があるのは、ある意味役得だからだろうか。

 残念ながらギュンター以外の騎士達は既に学園を卒業しているため、訓練に参加することができない。

 なので、この後ギュンターと代わってメルツェデスと稽古をすることもできず、見ていることしかできないわけだ。

 困ったことに、それだけ価値のある稽古だということを、当のメルツェデスが自覚していないのだが。


「皆様のお手を煩わせるのは申し訳ないですが、私としてもギュンターさんとの手合わせは得るものが多いですから……」


 謙遜混じりではあるものの、割と本音な声で言われて、文句を付けられる者はいない。

 実際の所、ギュンターの強さを白兵戦能力の一つの基準として位置づけているメルツェデスとしては、彼との手合わせを通して自身の能力を確認する意義は大きい。

 ……今のところ、まだまだメルツェデスが圧倒してはいるのだが。

 それでも、こうしてメルツェデスと手合わせするようになってからギュンターの腕前がメキメキ上がってきているのもまた事実である。

 そしてそれは、今後ジークフリートから断罪されるような状況にさえならなければ、心強いことであった。

 

「それでは、殿下のお許しもいただいたことですし、始めましょうか」

「ええ、ギュンターさんも息が整っているようですし、ね」


 ギュンターの呼びかけに、メルツェデスはこくりと頷いてみせる。

 それから互いに刃を潰した訓練用の剣を手にし、訓練場の中央付近、開けた場所へと進み出た。

 ちなみに、メルツェデスは片手でも両手でも使えるそこそこの長さのものだが、ギュンターは両手で扱う長大なものである。

 途端、何が始まるか理解した生徒達の視線が一気に集中した。

 女子生徒からは羨望の、男子生徒からは恐れと好奇の入り交じったそれが。


 自分達など逆立ちしても敵わない二人。

 特にメルツェデスは飛び抜けているが、そこにギュンターがどこまで対抗できるか。

 さながら、自分達の代表選手と仮託しているギュンターを応援するような気持ちすら持っていた。

 勝手に託されたギュンターとしては良い迷惑のはずだが、本人はまったくそんなことを気にしていない。

 それもまた、彼の人柄と言えばそうなのだろう。


「まずは一本、お願いいたします!」

「ええ、どうぞ」


 互いに剣を手にして向き合い適度な距離を取れば、迷うこと無く教えを請おうとギュンターが声を上げた。

 こうして、己のプライドなど気にもせず、武に対して真摯であることもまた、ギュンターの人柄なのだろう。

 だからこそメルツェデスもまた、余計な気遣いなどなく構えて迎え撃つ。


 まずは互いに両手で剣を正面に持ち正対する構え。

 カチン、と剣先が触れあった瞬間、ギュンターが剣を大きく振り上げた。

 いや、周囲で見ていた人間がそうと認識した瞬間にはもう、凄まじい勢いで打ち下ろしていた後。

 そんな強烈な一撃を、するり、一歩後ろに下がってかわすメルツェデス。

 

 普通の相手であればそこから攻め返すところだが、ギュンターの苛烈な一撃は、しかし、地面を打つこと無くメルツェデスの胴へと切っ先を向けた状態で止まっていた。

 振り下ろした瞬間に手の内を締め、脚でしっかりと衝撃を受け止める技術。

 それを完全に体得しているギュンターは、攻撃の直後であっても隙を見せない。

 更には、そこから一歩踏み出しての突きへと転じて見せた。

 流れるような連続攻撃を、しかしメルツェデスは見切っていたか、横へとステップを踏んで回避する。


「斬り下ろしから突きへの連携、お見事ですわね」

「あっさり見切られては、素直に受け取れませんが!」


 などと会話をしながら、回避されたと見てギュンターは手首を返し、脚を踏ん張りながら体軸を回し、横へと払う。

 これまた後ろへと下がりながらメルツェデスがかわせば、剣先を向けたままギュンターは腕を身体に巻き込むように引きつけ突きの動作へと入る。


 ……だが。

 突きを放つと見せかけて、そこで一瞬止まるフェイント。

 かわそうと、あるいは防ごうとしたところに合わせようと狙いつつ、一歩踏み込んで間合いを近づける。

 

 しかし、そんなギュンターの狙いを、メルツェデスは完全に読み切っていた。

 避けようともせずにピタリと切っ先をギュンターへと向け、彼女に合わせようとしたところに更なるカウンターを浴びせんとする気構え。

 読まれ、待ち受けられていると理解したギュンターは、だからこそ止まれない。

 腕を引いて突きを放たんとしている体勢は、防御に不向きなもの。

 ここで止まってしまえば、メルツェデスから鋭い一撃をもらうのは目に見えている。

 であれば。


「ぬぅんっ!!」


 気合いの声とともに、待ち受けているところへと突きを放つ。

 顔でもなく、胴でもなく。

 彼女が持つ剣へと。


 弾き飛ばせればよし、そうでなくても反撃は封じられる、と踏んで繰り出した一撃は。


「甘いっ!」


 鋭い一喝と共に一歩、いや、半歩踏み込んで間合いをずらしながら柄でギュンターの剣を弾き飛ばし、その勢いで振りかぶって。

 いや、振りかぶったと思った時にはピタリと切っ先が、ギュンターの額の直前で止められていた。


「……参りました」


 一瞬、息を呑み。それから、ふぅ……と大きく息を吐き出しつつ、負けを認めるギュンター。

 その表情には悔しさを滲ませながらも、声音は真摯で潔いもの。

 それ故に、メルツェデスは晴れ晴れとした笑みを見せる。


「一連の技の繋ぎ、よく練られておりました。勢いだけでなく、技術でもって剣を振るえるようになってきておられますね」

「ありがとうございます。しかしまだまだ、と痛感いたしました。今後も精進いたします」


 メルツェデスの講評を受けて、ギュンターははにかみながら謙遜する。

 実際の所、鋭さが増してきている実感はあれど、メルツェデスにはまだまだとても追いつけるような気がしない。

 むしろ、自身の技が磨かれる程に、彼女の凄さがわかってしまう始末。


 それでも彼はへこたれない。

 へこたれている暇などないと、わかっているから。


「今後とも、どうぞご指導ください、プレヴァルゴ様」

「ええ、こちらこそ喜んで」


 ギュンターが手を差し出せば、メルツェデスは快く握手に応じた。

 その手から伝わってくる力強さと、彼女が積み重ねた修練。

 手に剣ダコなどは出来ていない。

 しかし、ほっそりとした見た目に反して、手の皮自体は均等に一様に、しっかりとした厚みを持っている。

 

 理想的な手の内をしていれば、剣を振るう際の衝撃が分散されタコが出来ない、と師匠が言っていたことをギュンターは思い出した。

 どうやら、まさにそれを体現した存在が目の前にいるらしい。

 

 なんと自分は恵まれていることか。

 目の前にそびえ立つ大きな壁を前に、ギュンターはその目を輝かせていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 相変わらずメルさんは強くてカッコ良いです! しかしやはりツッコミたい、メルさんは前に走っていながら後のクララさんをはっきり見えるの癖に、自分に熱情を抱いてい…
[良い点] 本来ならば最強最悪の極悪令嬢として大立ち回りの果てに惨死するはずだった少女が、今やゲームの主要キャラたちの希望に様々な形でなりつつある…! メル様は、こと自己評価に関してのみは超絶節穴化し…
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