明かされる親心。
と、意気揚々とメルツェデスが見得を切ったのだが。
彼らは、一分も保たずに制圧されてしまった。
そもそも、かつてのヘルミーナ誘拐事件で、荒事に慣れていた連中数十人を無傷で制圧した三人である。
腕っ節こそ強いが積極的には加害していなかった連中を叩きのめすなど、造作も無いこと。
「……これ、僕まで駆り出される必要ありました?」
と、男達をふん縛りながら思わずクリストファーがぼやくくらいに、あまりにも呆気なく片は付いてしまった。
ちなみに、打ち倒した数はクリストファーとハンナが二人、メルツェデスが三人である。
クリストファーが二人目を叩き伏せるその時にはメルツェデスがつまらなさそうに三人目を打ち伏せていたし、クリストファーにもそれを観察できるくらいの余裕もあった。
これまで幾度も姉に引きずられて修羅場を潜ってきた彼でもそう思ってしまうのだ、その張本人はさらに退屈だったことだろう。
「それはまぁ、拍子抜けはしたけれど……でもクリス、あなただってわたくしが夜に暴漢と斬った張ったするとなれば、心配でしょう?」
「それは心配しますよ、姉さんでなく相手の方を」
「まぁ酷い、こんなか細い姉に対してそんな言い様なんて」
「確かに見た目だけはか細いご令嬢ですけどね、姉上は! 肝の太さと腕っ節は父上並みですけど!」
恐らく誰も同意しないであろうメルツェデスの返答に、クリストファーは声を上げる。
誰も言わない、あるいは言えないことを、家族だからこそ彼は言う。
「あらクリス、そんなに褒めても、何も出なくってよ?」
「褒めてませんよ!? 今のを褒め言葉って思うのは姉さんくらいです!」
だが言われた本人にはまるで通じない、むしろ喜んでいる有様だ。
色々な意味で常識が通じない……これで社交の場だとか他人が絡むと常識に沿った対応もするというのに、ことこういった場ではやりたい放題。
そして、それを諫めるべき立場のハンナはノリノリでその後に付き従う。何なら煽る。
困ったことに、それで大体のことは丸く収まっている、収まるように算段を付けた上でやっているのだから質が悪い。
一番の問題は、なんだかんだ巻き込まれることそのものは楽しかったりする自分なのだろうが、などと思いつつ、最後の一人をギッチリ、色々な感情を込めてクリストファーは縛り上げた。
「さて、後はいつものように衛兵詰め所に連絡して、かしら」
これで片付いた、とばかりにどこか張りのない声でメルツェデスが言えば、意識のある男達は身をギクリと固める。
今回の不法侵入、強盗未遂だけでもそれなりの刑罰になる上に、叩けば埃の出る身。
仮に死罪を免れても、果たして生きて娑婆に戻って来られるものか。
そこに思い至り、ガクガクと身震いをしているところへ、一人の女性が倉庫の物陰から姿を現した。
「プレヴァルゴのお嬢様、お手を煩わせて申し訳ございません。
ここまでしていただけたのでしたら、衛兵への連絡はあたしの方でさせていただきます」
そう言って深々と頭を下げたのは、カーシャである。
そんな彼女の姿を見て、愕然としたのは元『夜狐』一味の男達。
しばらく呆然とその姿を見つめていたが、はっと我に返った一人が思わず声を上げた。
「カーシャてめぇ! 俺等を売りやがったな!?」
声を張り上げ、ギロリと睨みを利かせる。
それだけで一般女性ならば身が竦むだろうに、カーシャは涼しい顔でチラリと男に視線を流す。
「マティスから聞いただろ、あたしは手を貸さないって。
そんで、今のあたしはこの店の店員。だったらどうするかなんて、ちょっと考えたらわかるだろうにさ。
ああ、おかげで店長達は避難させられたから、それだけは礼を言っとくよ」
つまり、臨時休業は彼らをおびき寄せるための罠でもあり、店長達の安全のための策でもあった。
それに引っかかってノコノコとやってきた彼らに揶揄するような言葉をかけたカーシャだが、その表情は複雑ではあれど、少なくとも嘲りや侮蔑は浮かんでいなかった。
ただ。
どこか寂しさや空しさが滲んでくるのを隠しきれてはいない。
そして。
「う、うるせぇ! 今がどうだか知らねぇが、昔は仲間だったろうが! その仲間を売るなんざ、とんでもねぇ!!」
彼女が抱える空しさが彼らには伝わらないとわかって、さらにそれは深まる。
もう、どうしようもないくらいに彼らとは何かが分かたれてしまったのだ、と改めて思い知り、溜息が一つ。
ゆるり、何かを振り切るようにカーシャは首を横に振った。
「まずあんたらが、あたしのことを仲間だと思ってたかい?
知らなかった時はまだしも、あたしが今も勤めてると知って、あんたらがこの店にしたことはなんだったか。
あれが、仲間が身を寄せている場所に対してすることだってんなら、あたしはあんたらの仲間になんてなりたくないね」
淡々としたカーシャの言葉に、思わず男達は口を噤む。
カーシャが勤めているとわかった後も嫌がらせをし、仕入れに横やりを入れ、と彼女が所属する店に迷惑をかけ続けた。
なんなら説得に応じなかったカーシャを殴ろうとまでしたのだ、それが仲間に対する行為かと言われれば、黙るしかない。
そんな彼らの態度に、浅はかさに、カーシャはもう一度溜息を零した。
「ま、そういうわけさ。仲間を捨てたってのはお互い様、五分五分で恨みっこ無し。
後はあんたらのやり方が拙かったのさ。親分から散々言われたじゃないか、下調べはしっかりしろって。
それを忘れて、退屈の姫さんが睨みを利かす王都で下手を打ったら、こうもなるってもんさ」
そこまで言われて、反論するかと思いきや、がくりと男達は項垂れる。
「はは……ここでも、親分か。親分の言うことが、こんなとこでも、か。
あん時もそうだった、親分が『あそこはやめておけ』って言ってたのに無理して仕掛けて、結局下手こいて……」
下を向き、力の抜けた声でぼそぼそと一人が呟く。
十年前、『夜狐』が解散する羽目になった件のことだろう。
その仕掛けは、間違いなく失敗だった。それも、彼ら手下の勇み足だった。
そのことが、今、ようやっと腑に落ちたらしい。
「親分の言いつけを守ってりゃぁ……守らなかったばっかりに、俺等は……」
今更悔いても、後の祭り。
それはわかっていても、口に出さずにはいられない。
あるいは懺悔にも似たそれを聞きながら、ふとメルツェデスはカーシャの方を見た。
「ねぇ、カーシャさん。あなたがこの店に勤め直した理由なのだけれど……彼らに言ったのとは別に、もう一つあるのではなくて?」
「……どうしてそう思われます?」
「これだけ色々と先を見通せた親分さんですもの、隠し金についても考えがあったに違いないでしょう。
そう考えると……あなたに託したのではないかしら。見張りと、見極めを」
メルツェデスの言葉に、カーシャは小さく笑うと一つ頷いて見せる。
「おっしゃる通りです。最後になっちまったお勤めへと向かう間際に、親分から言われていました。
万が一の際には店も引き払うが、その後に人が入れば、そこに勤めて見張って欲しい。
もし隠し金を掘り出しに来るのが居れば、理由を見極めて欲しい、と」
「なるほど……親分さん自身、失敗することも、ご自身の先が長くないこともわかっていたのでしょうね。
だから隠し金を敢えて置いていった。それに頼らず自立するように。
もしもどうしようもない時には使えるように見張りを立てて。
けれど万が一遊ぶ金欲しさに来た時には……ということだったのでしょう」
そこまで言って男達を見回せば、それぞれに顔が歪んでいた。
己の情けなさに涙を滲ませる者はまだましか。
ここまで言われてなお、身勝手な怒りと共に睨んでくる者もいるのだから。
「そして、残念なことにその用心が当たってしまった。
親の心、子知らず、とはよく言ったものですわねぇ、残念ながら」
そんな彼らへと向けるメルツェデスの目に、情けの色は欠片もない。
恐らくギーズは、最後まで彼らを案じていた。そして、もし不始末があれば、とまで備えていた。
「亡くなった後にまで親分さんの手を煩わせた。それも、子分に引導を渡すという形で。
……あの世で泣いていますわよ、親分さん。その涙の重さを、牢獄でしっかりと噛みしめなさい」
哀れむようなメルツェデスの言葉に、男達は胸を突かれたようにぐっと息を呑む。
やがて、その意味するところがようやっと頭に回ったのだろうか、彼らはがっくりと力無く項垂れ、床を見つめた。




