不埒な乱入者。
「わ、このスコーンとっても美味しいです! このクリームをつけるとまた……あっ、このジャムもいいですっ」
「ちょっとクララ、慌てないの。まだ最初の食べ物が来ただけじゃない」
「す、すみませんエレーナ様……でも、ほんとに美味しくて……もうこれだけでも連れてきていただいた甲斐がありました」
そう言いながら、はしたなくないギリギリの勢いで食べるクララ。
窘めながらも、エレーナとてそんなクララを微笑ましげに見ている。
仲の良いことだ、とどこか感慨深げにそれを見やりながら、メルツェデスもまたスコーンに手を伸ばしたのだが。
「……あら?」
「ん? メル、どうかした?」
小さく呟いたのをフランツィスカが拾ったが、メルツェデスは小さく首を振って返した。
「ううん、何でもないわ。結構美味しいと思わない?」
「そうねぇ、こう言ったら何だけれど、平民の人も来るお店としてはかなり頑張ってるんじゃないかしら」
「フランツィスカ様もそう仰るなら、やっぱりここって美味しいんですね!」
「ええ、もちろん。正直見くびっていたわね、なんだか申し訳ないわ」
フランツィスカが同意すれば、クララが嬉しげに会話へと入ってきた。
普段の、身分をわきまえて控えめな彼女を考えると、この反応はかなり珍しい。
それだけ憧れのお店に来られたことが嬉しいのだな、とフランツィスカは微笑ましげに思っていたのだが、その横でメルツェデスは顔に出ないようにしながら思案していた。
前述のようにメルツェデスは何度かこの店に来たことがあり、その味も覚えていた。
その記憶からすれば、今日のこの味は、以前より少しばかり落ちている気がしてならない。
料理そのものは以前と同じく丁寧な仕事がされていると思うのだが、それでも、もっと美味しかった記憶がある。
チラリとハンナを伺えば、彼女も同じ事を思ったのか、小さく頷いて返された。
これだけ下級貴族や舌の肥えている商人に愛用されているのだ、そう簡単に味を落とすような粗忽な真似をするわけがない。
だが、ハンナもとなれば、味が落ちているのも間違いない。
となれば何か理由があるはずだが、例えば材料の質を落とさねばならない程儲けが減っているようにも見えないとなれば、さてどうしたのか。
と、首を捻っていたところで、メルツェデスの耳が、店内で何やら騒がしくなってきたのを捉えた。
「あら、どうしたのかしら」
「私が見て参りましょう、皆様はこちらでお待ちを」
そう言いながらハンナが立ち上がるが、一瞬だけ考えてメルツェデスは首を横に振る。
「いえ、わたくしが見てきましょう。ハンナはここでみんなの警護をお願い」
「はい、かしこまりました。……しかしお嬢様、まさか面白そうだから、とかそんな理由ではないですよね?」
「……流石に、今この場を退屈だとかは思っていなくてよ?」
「これは失礼をいたしました。荒事の気配を感じて、腹ごなしの運動をなさりたいのかと思っておりました」
「むしろ失礼を重ねに来てますわね、ハンナ。あなたの方が向いてると信じているからよ?」
軽口を叩きながらも油断なく店内への入り口へと目を向け、中へと注意を払うメルツェデス。
実際の所、こういった開けた場所であれば投げナイフを得意とするハンナの方が、対応できる範囲が広い分、警護には向いている。
室内での揉めごと、特に交渉が通じそうな相手であれば、伯爵令嬢でありブランドル一家にも顔が利くメルツェデスの方が有利でもあろう。
ただもう一つ、先程感じた違和感と繋がっているような直感があり、それを自分の目で確かめたい、という気持ちもあったのだが。
ともあれ、そこまで言われて、ハンナが返せる言葉はただ一つ。
「かしこまりました、お嬢様。どうぞお気を付けて」
「ええ、行ってくるわ。クララさんもごめんなさいね、折角のご褒美だというのに」
「あ、いえ、私のことはお気になさらず……どうかお気をつけください」
深々と頭を下げるハンナに応じた後に今日の主役であるクララを気遣えば、彼女もまた頭を下げてきた。
まだまだ硬いなと思いながらも、そんな律儀さが好ましいとも思う。
それから、親友二人へと顔を向けて。
「じゃあ、行ってくるわ」
「はいはい、さっさと行ってさっさと片付けてらっしゃいな」
と軽く言えば、エレーナがぱたぱたと手を振って、それこそ軽く返してくる。
「お店の物を壊したり、やり過ぎたりしないように気をつけてね」
「もうちょっと、わたくしのことを心配してくれてもいいんじゃないかしら?」
「そういう台詞は、もうちょっとか弱い振る舞いをしてから言うべきだと思うわ?」
ついで告げられるフランツィスカのずれた、いや、意図的にずらした心配に思わずツッコミを入れてしまうが、ごもっともな返しに、反論もできない。
今までの自分の振る舞いを考えれば、そしてそのことをよく知る二人からすれば、この対応も至極当然というものだろう。
そう結論づけると、ひらり、二人に手を振って見せ。
「それもそうね。じゃあ、さっと行ってさっと帰ってくるわ」
「ええ、いってらっしゃい」
そんな声を背中に受けながら、メルツェデスは店内へと向かった。
扉を潜って店内に入れば、やはり空気はざわついている。
そして、客の視線や意識は、大体入り口の方へと向かっていた。
なるほど、と入り口へ足を向ければ、何やらこの店の客層とは違うよろしくない筋の風体をした数人の男と店員が揉めている様子。
半ば予想通りだったその光景に、思わず出てきたのは身体に馴染んだ高笑い。
「オ~~~ッホッホッホ!
この穏やかな昼下がりのティータイムに、何やら場違いなネズミがひぃ、ふぅ、みぃ。
いえ、ネズミというにはいささかこう、愛嬌がありませんけれども」
突然飛んできた高笑いと罵倒に、男達の動きが止まる。
ネズミという言葉が自分達に向けられたものだとわかったか、ギロリと大の男でも怯みそうな視線を向けられるが、受けた彼女は涼しい顔。
そこで何かおかしいと勘付く程度の頭があれば良かったが、残念ながら三人が三人とも逆上してしまうお粗末さ。
ずい、と一人が脅すように肩を怒らせメルツェデスへと近づくが、やはり彼女は揺るがない。
「おうおう、なんだぁ姉ちゃん。今俺等を馬鹿にしたような気がするが、聞き間違いだよなぁ?」
それが気に食わなかったか低くドスの効いた声で脅しをかけるが、返ってきたのは、はん、と軽く鼻で笑う声。
ギラリと男の睨みが鋭くなるが、それでも彼女はまるで意に介さない。
「あらあら、ご自分の悪口だけは聞き逃さないお耳をしてらっしゃるのねぇ。
あなた方に向けられる視線や言葉には気がついてらっしゃらないのに。
それとも、自分が馬鹿にされることだけは見過ごせない、器の小さな人なのかしら」
くすりと笑うその顔に、男達の顔が赤くなる。
自分で気付いていなかった部分をサクリと突かれ、こみ上げてくるのは羞恥と怒り。
それを飲み込める器量があればまだ良かったが、残念ながら彼らにそんなものは期待できないようだ。
「うるせぇ! そこまで言うなら、覚悟は出来てるんだろうな!?」
そう言いながら更に詰め寄る男の左右に、残る二人も並び出る。
三人がかりで押し切ろうとすること自体は、普通は間違いではない。
ないのだが、今この時ばかりは相手が悪かった。
「残念ながら、覚悟を決めるのはあなた方でしてよ?
恐れ多くも『天下御免』をいただいたこの向こう傷。プレヴァルゴの退屈令嬢を敵に回して、ただで済むとはお思いにならないでくださいまし!」
そう言いながら、さらりとかき上げた前髪から垣間見える、深紅の三日月。
その向こう傷と口上に、居合わせた客達がわっと沸き立つのだが……それを見せられた男達の反応は、やや鈍かった。
「な、なんだ? 『天下御免』って、こんな小娘が……?」
「まて、今プレヴァルゴって言ったぞ! あのプレヴァルゴの関係者だ!」
戸惑っていた男達だが、その言葉が切っ掛けとなったか、周囲を伺うことにようやく気が回ったらしい。
そして、どうやらこの店の客は、彼女がプレヴァルゴであることをまるで疑っていないことに気付く。
ということは。
「……どうもマジくせぇな……くっそ、出直すぞ!」
流石にその筋のものだからか、プレヴァルゴ家を敵に回すことの恐ろしさはよく知っていたらしい男達は恥も外聞もなく、メルツェデスから逃げるように店の外へと逃げていく。
その後ろ姿を若干拍子抜けしたような顔で見ていたメルツェデスは、しかしすぐに気を取り直していつもの表情を取り繕った。
「困りましたわねぇ、プレヴァルゴの名だけで尻尾を巻いて逃げられるとは。
これではおちおち名乗ることもできませんわね! オ~~~ッホッホッホ!」
場を締めようと高笑いを見せれば、再びどっと沸く店内。
だがその声を聞きながら、どうにも腑に落ちないものをメルツェデスは感じていた。




