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試験のスパイス。

「ほんと、エレンってば真面目なくせに素直じゃないわよねぇ」

「直球過ぎるくせにどこか抜いてるメルには言われたくないわ!?」


 呆れたようにしみじみ言うメルツェデスへと、エレーナが食ってかかる。

 こんなやり取りにまだ不慣れなクララは驚きのあまり目を瞠り、慣れているフランツィスカはまた始まった、とくすくす笑っていた、のだが。

 ふと何かに気がついたような顔を一瞬だけ見せたと思えば、また表情を取り繕った。


「まあまあ、あまり騒ぐと他の人に迷惑よ?

 それでエレン、クララさんのお勉強はどんな具合なのかしら」

「正直に言って、かなり順調ね。とても素直に聞いてくれるし、飲み込みも早いし。

 それでいて愚直なだけでなく柔軟性もあって……この短期間でかなりの問題に対応できるようになってるわ」

「そ、そんなエレーナ様、褒めすぎです……」


 二人を宥めた後にフランツィスカが問いかければ、エレーナは笑みを見せながらもどこか呆れたような口調で答える。

 と、褒められたことに気付いたクララは、頬を僅かに染めながら小さな声で抗議をするが、残念ながら撤回はされないようだ。

 むしろ、そんなクララを照れさせようとでもするかのようにエレーナの口は止まらない。


「あら、ほんとのことよ? まず、授業で習ったことを随分しっかりと覚えてる。きっと復習をしっかりしてるんでしょうね。

 おまけに単なる丸暗記じゃなくって、自分なりにかみ砕いたりして、理解もしている。先生方への質問も結構してるんじゃない?」

「あう、そ、そうですけれども……っていうか、なんでそこまでわかるんですか!?」


 エレーナの解説に、図星だったクララは思わず声を上げ、慌てて両手で口を押さえる。

 それから、そ~っと目線だけを横に動かして周囲を窺えば、いくつか向けられている視線。

 ただ、流石に公爵令嬢が二人も居るところに不躾な視線を向け続けはできないのか、またすぐにそれぞれが読む本へと視線が落ちるのを見れば、クララはほぉ、と小さく息を吐いた。

 そんなクララを見ながら、クスクスとエレーナは口元に手を当てながら楽しげに笑う。


「ふふ、あなたを普段から見ていたら、それくらいわかるのよ。

 ほら、努力は嘘を吐かないっていうじゃない。あれは、本当だと思うわ」

「お言葉ですがエレーナ様、流石にそれは普通わからないと思います……」


 どや顔、と言ってもくらいに得意げな顔で言うエレーナへと、どこか疲れたようなクララが言う。

 確かに色々と言われたような努力はしているが、それをこうも的確に見抜かれてしまうのは、どうにも気恥ずかしい。

 ましてそれが、恥をかかせたくないとある種のモチベーションになっている大元のエレーナから言われるのだから、尚更だ。


 おまけに最近のエレーナは、庇護下にあり、ある意味妹分的存在であるクララを隙あらば褒め殺ししようとしてくる。

 もちろんそれには、クララがエレーナから目を掛けられているぞというアピールでもあり、そのおかげもあってか、平民上がりで成り上がり男爵家令嬢であるクララに対しての、いじめだとかそういった行動は見られない。

 いや、ゲーム『エタエレ』の設定通りであればともかく、今やフランツィスカ率いる国王派令嬢もエレーナを筆頭とする貴族派令嬢も、すっかり陰湿さのない健全な令嬢ばかりになっているため、クララに対して攻撃するどころか、負けてなるものかと己を磨いている状態。

 むしろ一部の口さがない令息達が、気にはなるけれどまるで自分達に興味を持たないクララに対して、気を引こうとする子供のように陰口を叩いているくらいだ。

 もっとも、ジークフリートやギュンターに睨まれて、瞬く間に小さくなってしまうのだが。


 そんなわけで、牽制のためであったはずの褒め殺しは有名無実となり、今やすっかり単なるエレーナの趣味と化していた。

 それはもう楽しげに追撃を、とエレーナが口を開いたところで、横合いから思わぬ声がかかる。


「普通はわからないでしょうけれど、エレン本人が努力家だから、こんな風に努力しているっていうのがわかるんじゃないかしら」

「え、ちょっ、フラン!?」


 そうフランツィスカである。

 ゲームにおいては努力の代名詞、努力と根性と正論の人であったフランツィスカ。

 その彼女から見れば、今のエレーナはまさに努力によって自身を磨き上げた一つの結晶。

 そんな彼女に対して敬意は持ちながら、しかし親友としてちょっかいもかけたくなってしまう。

 特に、幼少期のやんちゃだった頃を知っている彼女としては。

 

「子供の頃のエレンってば……いえ、これは言わないでおくとして。

 でも、ちょっとしたことがあって、それからずっと努力してきて……ほんと、今のエレンってばどこに出しても恥ずかしくないレディでしょう?」

「は、はい、それはもう。エレーナ様は、私の目標と言いますか、お手本と言いますか……」

「待ってクララ、乗らなくていいから、そんなこと言わなくて良いから!」


 フランツィスカの問いかけに、うんうんと鼻息荒くなりそうなのを堪えながらも乗っていくクララ。

 二人がかりの褒め殺しに、エレーナの顔はあっという間に赤くなっていく。


「そうよねぇ。それでいて、自分のことだけでなく派閥の子達にも気を配っているのだから、本当に大した物だと思うわ。

 私なんて、自分のことだけで精一杯だもの」


 更にそこへ、メルツェデスの追い打ちがかかれば、今にも蒸気が吹き出さんばかりだ。

 目を白黒させ、口をパクパクと開閉させるだけで何も言えなくなってしまったエレーナを見て、クララはどうしたらと問いたげにメルツェデスとフランツィスカを交互に見るが、二人は楽しげに笑っているだけ。

 これも三人の間ではよくあることなのか、いやしかし、とオロオロしているクララが流石に気の毒になったか、フランツィスカが口を開く。


「さ、エレンを褒め殺しにするのはこの辺にしましょうか。クララさんの勉強を邪魔しても悪いしね」

「ちょっとフラン、私へのフォローはないわけ……?」


 ポン、と手を軽く打ち合わせながら和やかに言うフランツィスカへと、エレーナが恨みがましげな目を向ける。

 考えてみれば、エレーナ褒め殺しの口火を切ったのは、フランツィスカだった。

 ……まあ、元々はエレーナ自身がクララを褒め殺していたのがきっかけではあるのだが。

 ともあれ、そんなフランツィスカがこの場を収めることに、文句の一つも出るのは仕方が無いところだろう。

 だが、そんなエレーナの口を塞ぐ手段を、フランツィスカは講じていた。


「もちろんあるわよ。これだけ頑張っているエレーナとクララさんにはご褒美があってしかるべきじゃない?」

「え、いや私は別にご褒美とかはいいけど……確かにクララには上げてもいいわね」

「そんなエレーナ様、フランツィスカ様、ご褒美だなんて滅相もない」


 二人から話を振られて、恐縮しきりなクララはフルフルと小さく首を振る。

 しかし、むしろそんなクララの仕草を見れば却ってエレーナもフランツィスカもご褒美を上げたくなってしまうのだが。

 そしてそれは、メルツェデスも同様だった。


「いいじゃない、クララさん。こういう時は遠慮無くもらっておくものよ」

「とは言いましても、普段からとてもよくしていただいているのに、これ以上は……」


 と、それでもクララは固辞をするのだが。


「ただもらうだけでは、というクララさんの気持ちもわからなくはないし……なら、こうしたらどうかしら。

 今度の定期試験でクララさんが頑張った順位を取ったらご褒美、というのは」


 そこまで読んでいたのか、フランツィスカはご褒美のハードルを上げてきた。

 この条件であれば、クララが甘やかされていると取る人間も少ないだろう。

 そもそもクララはある程度以上の結果を出すことを求められているのだから、もののついでと言えばついででもある。

 まだ若干納得しきった顔ではないが、これ以上固辞しても失礼か、とクララはこくりと頷いて見せた。


「ええと、それでしたら……でも、頑張った順位と言われましても、何位くらいになればよろしいのでしょうか?」

「そうねぇ……今年の1年生は全部で128名だから……半分の64番以上はどうかしら」


 クララの疑問に答えたのはメルツェデスだった。

 実はこの64番という順位、ゲームにおいては最初の定期試験で取れる最高順位だったりする。

 入学の数ヶ月前まで然程教育を受けてこなかった平民が、家庭教師などで教育を受けていた貴族令息令嬢、あるいは富裕商人の子女を押しのけて、と考えれば相当な順位である。

 だからジークフリートやリヒターの興味を引き、好感度も少し上がる順位でもあるのだが……既に挨拶もして、ある程度認識されている現在のクララであれば、大きな影響はないだろう。


 それよりも、エレーナが親身になって教えたクララはどこまで順位を上げられるのか。

 ゲームの枠を越えた順位を取れるのか。

 この二点を確かめることの方が大きい、と打算も交えての提案だったりする。


「真ん中、ねぇ……不可能とは言わないけど、結構大変だと思うわよ?」

「いえ、大変なくらいでないと、恐れ多くてご褒美などいただけません」

「それに、真ん中よりも上だったら、周囲もとやかく言えないでしょうしね」


 クララの現状を知るエレーナが難色を示すも、クララ本人はあっさりと受け入れた。

 フランツィスカの補足も受ければ、エレーナも仕方ないか、と引くしかない。

 

 実際のところ、60番台を目指して70番台、80番台であってもクララのスタート位置を考えれば十分過ぎる程。

 なんなら最下位だっておかしくないのがクララの置かれていた状況だ。

 そこから少しでも高い位置に、と励むのであれば、不可能とまでは言えない、という60番台はいい目標とも言えるだろう。


 とエレーナが納得したところで、フランツィスカはにっこりと笑いながらもう一つの提案を口にした。


「これでクララさんの目標は決まったとして……彼女だけ頑張らせるのも申し訳ないし、私達も競争しない?

 この三人で一番になった人の言うことを聞く、とかで」

「いいわねそれ」


 フランツィスカの提案に、エレーナが即座に乗る。

 それから、ちらりとメルツェデスの顔を窺うように見れば、目に入ってくるのは楽しげな笑み。


「あらあら、フランもエレンもやる気ねぇ。だったらわたくしも乗るしかないじゃない」


 楽しげな、仲間内でのちょっとした賭けとも言えない賭けごと。

 退屈しのぎに丁度良い、とメルツェデスも快諾した。

 そう、フランツィスカの読み通りに。


「じゃあ、全員同意した、ということで……ふふ、試験結果が楽しみね」


 これで、メルツェデスも本気を出してくるだろう。

 後は自分がそれに打ち勝つのみ。

 朗らかな笑みを見せながら、フランツィスカは内心で燃えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! おおぉ、まさか美少女達の褒め殺し合い!中々とても尊く愛しい場面です、ニヤニヤがが止まりません! そうですかぁ、令嬢全体がメルさんによって改心済みですか。凄い…
[良い点] この学院には悪役令嬢なんていません!せいぜい、ヘルミーナ様がちょっと怪しいくらいです!(笑)こういった派閥を超えた優しい空気も、メル様の絶え間ない努力の結果ですね…まったくもってお疲れ様な…
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