幕間、あるいはそれぞれの裏側。
「いやはや、本当に面白いね、メルツェデス嬢は。
我ながら、『勝手振る舞い』を与えた甲斐があったとつくづく思うよ」
エデュラウム王城、その一室。
王城の部屋としては質素な内装のその部屋は、国王であるクラレンスが内々で機密性の高い話をするためによく使っており、今もまさにソファに腰掛けたまま楽しげに喉を鳴らしながら零していた。
「はぁ、恐縮ですと申しますか、何と申しますか……我が娘ながら、なんとも表現に困ります」
その向かいに座るガイウスは、困ったような顔でクラレンスに応じる。
これまで『勝手振る舞い』の勅許を用いて様々なトラブルに介入してきたメルツェデスだったが、流石に貴族の逮捕にまで至るような事件には首を突っ込んでいなかった。
そこに、今回のこの件である。
しかも相手は男爵を飛び越えて子爵。それも、穀倉地帯を抱えてそれなりに有力なバーナス子爵だったのだから、驚くべきか呆れるべきか。
おまけに短期間で物証と証人をしっかり抑えた上での大捕物を主導したのだ、親としてはよくやったと言いたくもあり、いつの間にそんなことが出来るようにと言いたくもあり。
つまりは、二重三重に複雑なのだった。
「ははっ、絵に描いたような親馬鹿の君が口籠もるのだから、相当だよね。
確かに15歳の令嬢がやってのけたこととしては、他に類を見ないことだろうけど」
クラレンスの言葉に、それはそうだろうとガイウスも重々しく頷く。
そもそも、普通の貴族令嬢はこんな犯罪ごとに首を突っ込まない。
仮に突っ込んだとしても、現場でのあれこれは人を使うことになるだろう。
少なくとも、本拠地に自ら乗り込んで、ばったばったと兵士やならず者を薙ぎ倒すなんてことはしないし、できるわけもない。
それをあっさりやってのけたのだから、自身の娘だというのに末恐ろしいとしか言い様がない感慨をガイウスは感じていた。
「あれがお転婆なのは今更ですが、なんというか……少々不安……を覚えられない手際の良さが複雑と申しますか」
「無鉄砲に突っ込むだけの考えなしじゃなくて、いいことじゃないか。
むしろ、考え無しに使われても困るしね」
どこか嘆くような色のあるガイウスの言葉に、他人事だからか人材として評価しているからか、クラレンスは実に楽しげだ。
実際のところ、これだけの手腕を見せているのだ、後々本人が望むのならば何某かの役職に就けてもいいのではとすら思っている。
親馬鹿が猛反対しそうだから、口には出さないが。
「それに、おかげで色々わかったこともあるしね。例えばこのクラバットとか」
クラレンスの懐から取り出されたそれに、ガイウスも視線をやる。
「それは、例のあれですか、メルツェデスが確保したという魔道具の」
「うん、その通り。これを調べさせたら、面白いことがわかってね」
そう言いながら、しばし指で弄んだそれを、そっと二人の間に置いてあるテーブルの上に置く。
楽しげに勿体を付けるその様子に、ガイウスは思わず身構えたのだが。
「まず、実はこの『奉仕者のクラバット』だけれど、メルツェデス嬢が言っていたような、出来損ないではなかった。
むしろ千に一つ、作成成功率を考えれば万に一つと言っていい程の物だったらしい」
「なんですと!? いやしかし、メルツェデスが抵抗できたのですよ!?」
「そこなんだけどね、元々『奉仕者』の装備品は、強制力が弱いものらしいんだ。例えば意に沿わぬ相手の指示には従わないで居られる程度には。
ところが今回押収されたこれは、強制力が段違い。少なくとも、使われた場合スピフィール男爵が不本意なサインをしていた可能性は相当に高いみたいだ」
クラレンスの言葉に、ガイウスはしばし絶句する。
敵対しているとすら言っても過言では無い相手に、無理矢理命令を聞かせることができる魔道具など、悪用すればどんなことになるかわかったものではない。
ましてそれを、貴族が貴族に使うとなれば。
「本当に、思っていた以上にお手柄だったのですね、今回のメルツェデスは」
「うん、全くだよ。これでスピフィール男爵の顧客を中心に、普通のでも『奉仕者』の衣類が蔓延していたらと思うと……。
強制的なことはできなくとも、ちょっと懐に入り込める程度の話術、心理操作術がある人間が使えば、都合の良いように唆すことができるだろうから」
「そうやって私腹を肥やす、あるいは契約や法案を人知れずねじ曲げることもできるわけですな。
つくづく、今回の首謀者は度しがたい」
腕組みをしながら零すガイウスに、クラレンスも頷いて返す。
そう、この二人は、今回の事件にはまだ裏があると考えている。
彼らの知る限り、バーナス子爵にこんな大それたことを計画するだけの度量も知識もない。
であれば、さらに裏で糸を引いている者がいるはずだ。
だが。
「そのことなんだけれど……すまない、ガイウス。
今朝方独房で、バーナスが死体となって発見された」
「独房で? 奴に外傷はありましたか?」
「いや、全く。おまけに、毒物の反応もなかったらしい」
「となると、呪術の類い……闇属性の魔術ですか」
「恐らく、ね。残念ながら、詳しい解析はまだだけど。
このクラバットも精神に影響を与えるものだし、ほぼ間違いないんじゃないかな」
呟くようなガイウスの言葉に、クラレンスも頷いて返す。
闇属性の魔術は、精神に影響を及ぼす、あるいは魂に影響を与えるなど言われ、いわゆる呪いのような現象を起こすことができるという。
ただ、光属性と同じく扱えるものは極めて希少であり、実際のところは定かでない、というのが実情だ。
そんな闇属性持ちが、どうやら背後にいるらしい。
「……やはり、魔王崇拝者絡みでしょうか」
「可能性は高いけど、思い込みもいけないよ。闇の魔王を崇めるからって、本人が闇属性とは限らないのだしね。
それに、今回の件は政治的な野心を多分に感じる。魔王崇拝者の目的とはズレていると言ってもいいんじゃないかな」
「確かにその点は、魔王崇拝者の動きと少々違うようにも思いますな。
なるほど、だからあのようなお沙汰を下したのですね」
「そういうこと。食いついてくるか、じわじわ来るか……無視するには大きな餌だ、いずれ食いついてくるだろうから」
合点がいったような顔のガイウスに、にこりとクラレンスは笑って見せた。
今回の沙汰。つまりバーナス子爵の処分だが、お家取り潰しは確定。
そしてその領地は一旦王家が預かり、後に希望者を募って割譲することとなった。
これこそが、クラレンスの言う餌である。
この事件、呪いなどかけているあたり、バーナス子爵が失敗することも黒幕は織り込み済みなのだろう。
失敗してバーナス子爵が逮捕された場合のことを考えて、呪いを仕込んでいたわけだから。
であれば当然、子爵領が空いてしまうことも計算に入れていたはずだ。
「販路を確保してやがて上位貴族を意のままにできればよし。
そうでなければ、子爵領を手に入れる、あるいはそこから美味い汁を吸うくらいのことは計算して、というところかな」
「露骨に動くこともないでしょうが、注意していれば掴めるだけの変化もあるでしょう。
正直なところ、もしや、と思っている相手はいるのですが」
「私もそれはあるけれど、口にするのはやめておこう。何より、まだ全く確証もない、推測でしかないからね」
そう言いながら、クラレンスは口の端を上げる。
憶測でしかない。しかし、勝算がないわけでもない。そんな自信を滲ませながら。
一方その頃。王都内の某所にて。
「あ~あ、な~にが貴族様だ、下手こきやがって。
おまけに、絶対人目に付かないようにしろっつったクラバットまで奪われてよぉ」
大声でぼやきながら、ぐいっとグラスを煽る。
言葉の割には、どこか嘲るような笑みが薄くその顔に浮かんでいたりするのだが。
「ま、偉そうにしてても所詮はぬるま湯育ち、込み入った仕掛けなんざできるわけもないってなぁ。
俺相手に随分上から目線であれこれ言ってくれてたが、今頃あの世でどんな顔してんだか。
そんなだから、失敗するわけがないと高をくくってギアスなんざ受け入れるんだろうけどよ」
ギアス。相手に対して強制的な行動を取らせ、それに背いた場合死やそれに等しい苦痛を与える闇属性の呪い。
男は、バーナス子爵に対して資金提供やならず者の斡旋をする代償として、この呪いをかけていた。
そして子爵は見事失敗、発動したギアスの呪いによって子爵は苦痛にのたうち回りながら死んだわけだが。
そのことに男は、微塵の痛痒も感じていなかった。
「これで子爵領は領主不在、まあ代官なりなんなりが来るだろうが所詮モブだ、出し抜くのは難しいこっちゃねぇ。
じっくり、旨いとこ取らせてもらおうか」
唇を歪ませながら男はつぶやき、またグラスを勢いよく傾ける。
そこに釣り針がぶら下がっていることに、気付いているのかいないのか。
いずれにせよ、少しずつ事態は動き始めていた。




