そして悪党は裁かれる。
そして、輝いたのは『天下御免の向こう傷』ばかりではなかった。
「ぎゃぁっ!」
「ひぃっ!」
向かってきた男達が、悲鳴を上げながら一人、また一人と倒れていく。
男達の間をすり抜けるように駆けるメイド服。
地を這うような低さでハンナが短剣を振るう度にキラリキラリと刃が光り、足の腱を切られた男達は悲鳴を上げながら転がるしかできない。
「くそっ、なんてメイドだ! だ、だったら!」
彼女とまともに対峙しては不味いと見た男が、メルツェデスご一行を見やり、マリアンナに目を付けた。
父であるスピフィール男爵にかばわれてはいるが、この異常な敏捷性を誇るメイドに立ち向かうよりは遙かにましだろう。
そんな打算と共に一歩踏み出した瞬間。
「がっ!?」
男の眉間を強烈な衝撃が襲い、男は短い悲鳴を上げながら昏倒した。
「だめだよ~、そちらのお嬢さんに手を出したら。うちのお嬢も言ってたしねぇ」
どこか暢気な声で言いながら、ミラが手にした鎖を手繰る。
先程男の眉間を捕らえたのは、彼女が操る鎖分銅。
長い鎖の先に重りの付いたそれは、熟練者が使えば幾度も使用可能な凶悪極まりない飛び道具と化す。
狭い空間での近接戦闘を得意とするハンナと、中間距離を支配しながら近接も隙が無いミラ。
この二人の組み合わせは、特に屋内での戦闘において無類の強さを発揮する。
「ミラ、ぼさっとしない、手を抜かない」
「いやいや、ちゃんとやってるって。ハンナが頑張りすぎてるだけじゃないかなぁ」
……二人の性格的な相性はともかく。
メルツェデスの『退屈しのぎ』に何度も同行している二人だ、荒事の呼吸は心得たもの。
瞬きをする間に、一人、また一人と男達は倒れていく。
ちなみに、ミラが男達を倒す度にマリアンナが目をキラキラさせていたりするのだが、それもまたご愛敬。
「くそっ、なりふり構ってられるか! これでも食らえ!」
あまりの惨状に、ついに一人の男がクロスボウを持ち出した。
使い勝手の悪い部分もあるが、その威力は直撃すれば板金鎧すら撃ち抜くことも可能な程。
それを、布製の衣服しか纏っていないハンナとミラに向けたのだ、流石の彼女らも本気で対処せねば、と身構えたその時。
「炎よ爆ぜよ! 『バーストボルト』!!」
凜とした声が響いたと思えば炎の矢が走り、クロスボウを構えた男に直撃。
途端、耳をつんざくような爆音が響き、男が吹き飛ばされた。
「あら? 加減を間違えてしまったかしら……でも動いてるし、大丈夫、よね?」
きょとんとした顔で吹き飛ばした男の様子を観察しながら確認するように言ったのは、フランツィスカであった。
メルツェデスやヘルミーナと親交を深めるにつれて、自身も多少は身に着けた方が、と密かに練習していた攻撃魔術。
一般的によく使われる『ファイアボルト』は威力によっては対象を燃やし尽くしてしまうほどの威力を発揮することもあるが、この『バーストボルト』は、そのエネルギーを爆発力に変える。
そのため瞬間的な衝撃力では『ファイアボルト』よりも高い反面、火が付いて燃え続け、火傷を負わせるなどの効果はない。
なので威力さえ加減すれば、相手の命を奪わないようにダメージを与えるという面においては『ファイアボルト』よりも使いやすい面があるため、フランツィスカは習得したのだ。
もっとも、ゲーム『エタエレ』に置いてはリヒターに次ぐ3番目の魔術攻撃力を持つと設定されたフランツィスカだ、手加減したつもりでもし切れていないこともたまにあったりはするのだが。
なお、3番目と言ってもリヒターとの間には超えられない壁があり、ヘルミーナは最早比べる気にもならない程であったりはする。
ともあれ、この状況で頼りになることは間違いない。
「助かりました、エルタウルス様。また飛び道具を使う者がいましたら、お願いいたします」
「ええ、任せてくださいな!」
ハンナの言葉に、フランツィスカが快活に応じる。
どこかその表情には、彼女が慕ってやまない親友の影響が滲んで見えていた。
そして少しばかり時間を遡って、書斎。
入って早々に、三人のならず者は床に這いつくばっている。
破れかぶれと突っ込んできたところを、今度は容赦なく……殺さないギリギリの威力で白扇を顎に、頭にと打ち込まれ、一撃で昏倒。
彼らをけしかけて隙を窺おうとしていた子爵達の目論見は、あっさりと粉砕された。
「お、おのれっ、まさかこうも容易く……女の癖になんなんだその腕は!」
たじ、たじ、と数歩後ずさりながら、子爵が声を上げる。
彼とて聞いたことはあった、退屈令嬢の噂。
確かに、様々な事件に首を突っ込み、それらを解決してはきたらしい。
だが所詮は女子供の遊び、実際に手を下していたのはプレヴァルゴ家の密偵や兵士なのだろう、と高をくくっていた。
それなのに、今目にした光景は一体何なのか。
大の男である彼だけでなく、喧嘩慣れしているはずのならず者や実戦経験のある護衛ですらたじろぐ程のプレッシャー。
そして実際に、それが錯覚でなかったと思い知らされるだけの動きで、一瞬のうちに三人も打ち倒してしまったその技量。
目の前に居る彼女は噂通りの、いやそれ以上の武闘派令嬢なのだと、嫌でも理解させられてしまった。
理解した今この時。彼は逃げ場の無い書斎にいて、扉の前にはメルツェデスが立ちはだかっている。
つまり、詰んでいる。
「なんなんだと言われましても、日頃の鍛錬の成果としか言いようがございませんわねぇ。
いかがでしょう、しっかとその目に刻み込んでいただけましたかしら」
「は? こ、この程度で良い気になるな! お前等、いけ、かかれ!」
「うぇ!? は、はいっ!!」
バーナス子爵の前に出ていた三人の護衛達は、思わず上擦った声を上げながらも、命令へと返事を返した。
正直なところ、こうして三人並んだ陣形で守勢に回って崩されないようにするのがやっと。
それも、何度攻撃を凌げるかわからない程度のものである。
そこにきて、攻勢に出ろという命令が意味するところがわからない彼らではない。
だが同時に、詰んでいることがわからない彼らでもない。
つまりはもう、ただの開き直りであった。
「うわああああ!!」
必死な、あるいは悲壮なまでの雄叫びを上げながら、護衛の一人がメルツェデスへと斬りかかる。
その腕は、決して悪くは無い。まして背水の陣とあって、その一撃は彼の人生において五指に入るほどの鋭さ。
だが、ひたすら相手が悪かった。
「残念ながら、まだまだですわね」
そんな涼やかな声と共に、男の視界からメルツェデスが消える。
振り下ろされる刃よりも早く踏み込んだ彼女はギリギリのところでそれを避け、懐に入ったところで白扇を一振り、男の顎を打ち抜けば、ぐにゃり、男の身体が揺らぐ。
と。
更に一歩踏み込んで男に密着したと思えば、ドン! という強烈な音と共に肩からの体当たりでもう一人の男へと吹き飛ばした。
「なっ、お、おわぁ!?」
いきなり大の男が飛んできたのだ、避けることもできずにぶつかり、支えきれず縺れ合いながら床に倒れ込む。
巻き込まれなかったもう一人は、しかしそのあまりに予想外な光景にぽかんと呆けたようにそちらを見てしまい。
「ごめんあそばせ?」
そう言いながら踏み込んできたメルツェデスの掬い上げるような一撃に顎をかち上げられ、そのままの勢いでひっくり返ってしまった。
ドシャリ、と重い音が響く中、先程ぶつかられて倒れ込んだ男が、なんとか気絶した同僚を引っぺがし、起き上がろうとしたその目の前に、ドレスの裾。
タラリ、と冷や汗を流しながらゆっくりと見上げれば、そこには優しそうとすら言える笑みを浮かべているメルツェデス。
思わず引きつった笑みを返す男へと、メルツェデスは口角を上げて見せ。
「それでは、ごきげんよう」
お別れの挨拶と共に白扇が振り下ろされ、男は床に口づけた。
そして。
ゆっくりと、バーナス子爵を、その紅の瞳が捉え、射貫く。
「さ、残るはあなたお一人。そろそろ観念なさってはいかが?」
「ふざっ、ふざけるなぁっ! こんなことで、こんなことで私の野望が潰えてなるものかぁっ!!」
震える声で言い放つと子爵は剣を抜き放ち、大上段に構えた。
だが、その構え、特に腰の座りの悪さにメルツェデスはあからさまなため息をこれ見よがしに吐いた。
退屈だ、と。
そう言わんばかりのため息に激高した子爵は、勢い任せに剣を振り下ろす。
と。
キィンと響き渡る、耳慣れない音。剣を振り下ろした先にいる、平然とした顔のメルツェデス。
何が、と思って瞬きをすること数度。違和感を感じて己の手元を見れば。
「な、なぁぁっ!?」
最早意味を成す言葉を放つこともできない。
彼が愛用していた、それなりに大枚をはたいた名剣と言っていいそれの刀身が、根元から折れていた。
あまりに非現実的な光景に呆然としたその次の瞬間。
唐突に腹部を襲う、鈍く重い白扇の一撃。
内臓を引っかき回されるようなそれに、口元から泡を零しつつ腹を抱えながらずるずると崩れ落ちる。
「あなた様には色々とお話を伺わねばなりませんからね、お休みはさせませんわよ?」
そんな無慈悲なことを言いながら、メルツェデスは薄く笑って見せた。
腹部への打撃、いわゆるボディブローによるダウンは意識を失うことがなく、それ故に地獄の苦しみが続くという。
まさにその地獄の苦しみを味わいながら。子爵は、これから自分に訪れる運命を思い、背筋を、肝を震わせた。




