繋がる糸の、その先は。
そして、何かがあったと思しき、大通りから少し離れた、それでもそれなりに人が多い通りへとメルツェデス達がやって来た途端に、大柄な男性が即座に駆け寄ってきた。
「お嬢、お疲れ様です! 丁度、もう少ししたら一旦集まって定時の状況報告をするところでやして」
「そう、ご苦労様。ああ、初めて会うだろうから紹介するわ。こちらが私の親友であるフランツィスカ・フォン・エルタウルス様よ」
「なんと! こりゃぁお目にかかれまして恐悦至極、いやさ、お目汚しを失礼いたしやす。
あっしはメルツェデスお嬢様のお世話になっておりやすブランドル一家の二番手、ゴンザと申すもんでして」
メルツェデスの紹介を聞いて、元々腰を屈めていたゴンザがさらに低姿勢に、そして彼なりに恭しくなる。
恭しいと言っても、貴族の紳士や執事、家令などに比べれば随分と粗雑で押し出しの強い見た目だ、思わずフランツィスカの腰も引けそうになってしまうが、そこを見せないように抑えながら微笑みを返した。
「なるほど、あなたが。初めまして、フランツィスカ・フォン・エルタウルスです」
「ご丁寧に痛み入ります。お噂はかねがね耳にしておりやしたが、伺っていたよりも更にお綺麗でいらっしゃる!
……っと、軽口はここまでにしておいた方が良さそうですな」
フランツィスカの挨拶にゴンザは浮かれた口調で返すが、すぐにバシンと口に手を当て、気まずそうな顔になる。
ちらりと向けたその視線の先には、にっこりと笑っているメルツェデス。
その視線を受けたゴンザは、ごほんと咳払いをしてしゃんと背筋を伸ばした。
彼は、メルツェデスのあの笑みの意味を知っている。
だから余計な軽口はここまでに、とわざとらしくアピールしたのだ。
「ええ、フランみたいな美人に会えて浮かれるのはわかるけれど、ちゃんと仕事をして頂戴な。
今、あなたのところに来ている情報は?」
「申し訳ありやせん、芳しいものはございやせん。ただ、男爵閣下と思しきお方がこの辺りを歩いていたという情報が二つばかり」
「……フランが聞いてきてくれた情報によれば、スピフィール男爵様は徒歩で移動していたはずだから、その情報と合致するわね」
ゴンザの情報に、メルツェデスもフランツィスカも頷いて返す。
基本的にこの国の貴族は街中でも馬車で移動するのだが、それなりに費用もかかるため、下級貴族である男爵や騎士爵の者は徒歩で移動することもそれなりにある。
余談だが、以前メルツェデスが懲らしめた、花屋の娘に絡んでいた子爵も途中まで馬車で乗り付け、通りをぶらぶらと歩いてのことだった。
そしてスピフィール男爵家そのものは絹でそれなりに収益を上げているのだが、男爵本人が自分のために金を使うことを好まず、出来る限り節約するため私用では馬車を使うことが少ないらしい。
「当然、馬車に乗っている人間よりも、徒歩で歩いている人間の方がどうにかするのも簡単よね」
「もしかすると、そんな男爵閣下のお人柄を知っている人間の指図かも知れやせん。
となると、行き当たりばったりのやり口でなく、段取りも組んだ上での可能性もありやすね」
「つまり、男爵様を運ぶ経路まで整えていたかも知れない、と。そうとなれば、むしろ一か八かで賭けてみるのもありかしら」
そう呟きながら、メルツェデスは頭の中で王都の地図、特にこの辺りのそれを詳細に描き出す。
現時点でわかっている、男爵が歩いていた場所。そこから少し移動した辺り。
……そこと、バーナス子爵のタウンハウスを結ぶ直線と、その周囲。
柄の悪い連中が後ろ暗いことに使えそうな家のありそうなところと言えば。
「酔いどれ牛亭のもう少し奥の辺りなんて、うってつけではないかしら」
「流石お嬢、よくおわかりで。丁度その辺りは、サムの奴に探らせてまさぁ」
「あら、そちらこそ流石ね、ゴンザ。いい情報が掴めているといいのだけれど」
互いに笑みを交わす主従を前に、フランツィスカは首を傾げているが、彼女はサムのことを知らないのだから仕方が無い。
以前メルツェデスに粗相をしてしまった彼だが、許されて後は彼女の目となるべく励んでいた。
そして先日の大手柄を褒められたことでやる気を増しており、今ではブランドル一家でも一二を争う情報収集のエキスパートとなっている。
その彼を、これらの情報が集まる前から目星を付けて派遣しているゴンザの見立てもまた大したものではあるのだが。
事故で無く誘拐であるのだとしたら、どこでどう仕掛けるか。その後どうするか。
それらをグレーゾーンで生きる人間の感覚で想像した彼は、最も可能性の高い場所に、最も頼れる男を派遣したわけである。
この辺りの才覚は、流石いずれブランドルの跡目を継ぐと言われているだけのことはある。
「なぁに、サムの奴ならきっちり仕事をしてきやすよ」
そして、己の仕事を誇ることなく、部下を立てる。
この辺りもまた、ブランドル仕込みと言ってよいのだろう。
自信たっぷりなゴンザへと、メルツェデスもまた、信頼した笑みを見せた。
そうやってメルツェデス達が情報を集めていたその頃。
「う、うう……」
低い呻き声を上げながら、スピフィール男爵は意識を取り戻した。
華美ではないが丁寧な仕事をされた礼服を身に着けた彼は、三十代後半と言えど農作業などで鍛えた身体はがっしりとしており、引き締まるというよりもはち切れんほどの筋肉を湛えている。
だが、そんな彼が周囲の状況を確かめようと顔を動かすと、己の身体が思うように動かないことに気付いた。
「何だ、これは? どうして、私は……いや、さっき、何が……」
視線を下ろせば、粗末な椅子にどうやら拘束されている様子。
何が起こったのだと混乱もするが、慌てて声を上げるなど狼狽えてはいけない、と自身に言い聞かせ、慎重に視線を動かしていく。
薄暗く、埃が床一面を覆う部屋は、掃除などろくにされたこともないのだろう。
窓も閉め切られ、板でも打ち付けられているのか光がほとんど入ってこない薄暗い部屋。
壁や家具もボロボロで、ここに人が住んでいる気配などまるでない。
しかし。
住んではいないが、人が来ることはそれなりにあるらしい。
床に積もった埃には、よく見れば足跡がいくつもついており、真新しいものから埃に埋もれて消えてしまいそうなものまで多種多様にあった。
ということは、定期的に幾度も人が、それも恐らく複数ここに来ているのだ。
住んでいる気配もない、廃屋のような場所に。
それが意味するところを理解できない程鈍くもない男爵は、ごくり、と喉を鳴らす。
どうやらここは、よからぬ事に使われている場所であり。
自分は、誘拐されるか何かでここに連れてこられたらしい。
「それも、見張りも付けない程杜撰な連中に、か」
自虐的に、小さく呟く。
彼が捕らえられているこの部屋には今、彼しかいない。
気絶していた彼を縛り上げて安心でもしたのか、狼藉者共はどこかに行っているようだ。
いや、それも過去形だ。
複数人の足音が、こちらへと近づいてくる。
声の様子から、恐らく四人から五人。
仮に縄を抜けられたとして、男爵一人でどうにかできるような状況とも思えない。
ならば、どうすべきか。
考えを巡らせた彼は、俯いて気を失った振りをすることを選択した。




