退屈令嬢の親友として。
「ともあれ、まずはお昼を食べていただきませんと。空腹の時はとかく考えが後ろ向きになるものですから」
というメルツェデスの言葉もあって、マリアンナはひとまず女子寮へと戻ることになった。
心配して外で待っていた寮母に謝り倒す彼女を預けると、メルツェデスとフランツィスカは連れ立って校門へと向かう。
「メル、どう思う?」
「まだ今の情報では何とも。まずは男爵様が王都にたどり着いたかの確認、それから足取りを追って、どこで消息が途絶えたかを洗っていかないと」
「……そこまで行方不明者探しの段取りに手慣れている令嬢っていうのもどうなのかしらね、今更だけど……」
問いかけに淀みなく答えるメルツェデスをジロリと見てから、フランツィスカは小さくため息を吐いた。
どうかとは思うが、実際今それが役に立とうとしているのだから仕方がない。
ましてそれが、人助けとなるのだから猶更だ。
「ほんと、今更ね。五年も退屈しのぎにあれこれやってると、色々と慣れてしまうものだわ」
「最近、あなたの言う退屈に、信ぴょう性がなくなってる気がするのは私だけかしら」
「フランのおかげで、退屈が減っているのは確かにあるわねぇ。ありがとう」
「なぜかしら、お礼を言われてもあまり嬉しくないわ……」
にこやかな笑顔を見せるメルツェデスに、フランツィスカは小さく首を振りながら答える。
減ってはいるだろうが、なくなってはいない。
そして彼女は、今後も『退屈しのぎ』をやめることはないだろう。少なくとも社会的に許されて、体力が続く限りは。
それが、なんとももどかしい。
「さて、それはそれとして……男爵様が領地から王都に向かったのなら、恐らく王都の西門から入ったはずよね?」
「ええ、途中でどこかに寄る予定もなかったみたいだし」
「だったら、西門の門番には顔見知りが何人かいるし、出入りの管理記録を調べさせてもらうわ。
それで男爵様が王都内に入ったことが確認できたら、王都内に絞って探して……」
と算段をつけ始めたメルツェデスの横顔を見る。
……残念ながら、確かに普段の令嬢としての彼女よりも、今の彼女の方が本来なのだろうな、と見えてしまう。
そういう人なのだ、これはもう仕方ない。
自分に言い聞かせたフランツィスカは、メルツェデスへと顔を向けた。
「だったら、メルが西門で調べてる間に私は宿の宿泊記録を調べてみるわ。
スピフィール家は国王派だから、使う貴族向けの宿も絞られるし、エルタウルスの名前を出せば普通は明かせない情報も教えてもらえると思うし」
「なるほど、それならフランにお任せした方が早そうね。……でもいいの? あまり家名を使うのは好きじゃないのでしょう?」
少しばかり気づかわしげな表情で見てくるメルツェデスに、フランツィスカは小さく首を横に振った。
「確かに好んで使いたくはないけれど、事態は一刻を争う可能性が高いのだもの、使えるものは使ってしまわないと。
それに、あまりマリアンナさんを待たせたくないし、ね」
「……そうね、できるだけ早く再会させてあげないと」
言われて、メルツェデスも納得したように頷いて返した。
分かれる直前には気丈な顔をしていたけれど、それが精一杯頑張って作った物だと、メルツェデスもフランツィスカもわかっていた。
年若い少女に、父親が行方不明になるなどという大事件が降りかかったのだ、取り乱さないわけがない。
それなのに。
彼女は気丈にも、笑顔を作って二人を送り出した。
「折角お知り合いになれたのに、わたくしまだ、マリアンナさんの心からの笑顔が見られてないのだもの」
「……メル、そういうことを直接マリアンナさんに言ったらだめだからね?」
マリアンナの表情を思い出しながらしみじみと呟くメルツェデスへと、若干ジト目になったフランツィスカが釘を刺す。
しかし、刺されたはずのメルツェデスには何のことかわかっていないらしく、パチクリと驚いたように瞬きをするばかり。
「え、どうしてだめなの? 心から笑って欲しいって思うのは普通じゃない?」
「普通だけど、あなたがそれを口にすると普通じゃなくなるのよ……」
メルツェデスの被害者友の会筆頭であるフランツィスカは深々とため息を吐いた。
彼女は、他人を褒める時に躊躇わないし迂遠な表現もしない。
まして、褒めているようで遠回しに皮肉を言うなどの貴族社会にありがちな言い回しも、余程の事がない限りしない。
少なくとも身内に対してはベタ甘で、べた褒めである。
その結果、どれだけの令嬢達が心を乱されたことか。
特に会話の多いフランツィスカやエレーナなどは、何度心臓が危ういと思ったかわからない。
だが、まさか心臓に悪いなどを率直に言うわけにもいかないため、未だメルツェデスのそれは改められていないし、伝わってもいないのだ。
「何それ、まるでわたくしが普通じゃないみたいなことを」
「退屈のお嬢様だとか呼ばれるあなたが、どこをどう考えたら普通に思えるのよ!」
淑女らしからぬ声を上げながら、フランツィスカは笑っていた。
少しだけ、寂しげに。
メルツェデスがメルツェデスである以上、この振る舞いは変わらないのだろう。
そして、自分は何時の日か置いてけぼりにされてしまうのだろう。
それが、寂しかったから。
「まあでも、今日ばかりは仕方ないわ。私も普通じゃない令嬢になって、人捜しをしてあげようじゃないの」
「ふふ、助かるわ。フランが一緒なら、百人力ね」
「もう、またそんなこと言って……」
コロコロと楽しげに笑うメルツェデスの声に、ふいっと拗ねたようにフランツィスカは顔を背けた。
にやけそうになる顔を、誤魔化すために。
ここでにやけてしまったのを見られてしまえば、メルツェデスのこれはますます酷くなるだろうから。
耳が少しばかり熱くなっている気もするが、何とか気合いで誤魔化そうと声を若干強くだす。
「ともかく、分担は決まったのだし、行きましょう。ある程度目処が立ったら……そうね、ちょうど中間の当たりに西の噴水公園があるから、そこで落ち合いましょう」
「わかったわ。じゃあフラン、大丈夫だと思うけれど、気をつけてね?」
そう言いながらメルツェデスは、フランツィスカの傍に控えているメイドや護衛に目を向けた。
公爵令嬢に付けられるだけあって、メルツェデスから見ても護衛はもちろん、メイドもまた中々の腕を持っているように見受けられる。
……流石に、メルツェデスやハンナと比べてはいけないが。
ともあれ、余程のことがない限りは大丈夫だと言える腕なのは間違いない。
「ええ、ありがとう。メルも……気をつけるまでもないかも知れないけれど」
「あら、そこは一応形だけでも心配して欲しかったわ?」
冗談めかした言葉で互いに笑みを交わして。
フランツィスカは馬車へと乗り込み、メルツェデスはハンナを伴って、徒歩で。
それぞれに調べるべき場所へと、それぞれに向かった。




