複雑な王子様。
苦笑を見せていたジークフリートは、内心で滝のような冷や汗を流していた。
強いとはわかっていたが、まさかここまでとは。
ギュンターでこれなのだ、自分が全てを投げ打って修行に励んだとしても、追いつける気がまるでしない。
となれば、彼女が結婚相手の条件に挙げているという『自分より強い人』をクリア出来ず、彼女に求婚することは永遠に出来ないことになってしまう。
いや、その前にまずクリストファーに勝たねば話にならないのだが、何故か彼はジークフリートにだけは滅法強く、今でもボコボコにされている。
先の見通しがあまりに暗いことにため息も出そうになるが、それをぐっと堪えてジークフリートは男子生徒達へと向き直った。
「諸君も見た通り、メルツェデス嬢の腕は突出している。正直、私では話にならないだろう。ということは、賢明な諸君はどういうことかわかるよね?」
その言葉に、男子生徒達は皆一様に、後ろめたいような表情で目を逸らす。
実はこう見えて、陰で必死に努力していたおかげかジークフリートはギュンターやクリストファー以外の同年代にはほとんど負けたことがない。
ゲームにおいてもそれは同様で、物理と魔術ともに優秀な能力を持つ万能キャラとして活躍していた。
つまり彼は、王子にありがちな周りの忖度で強い気になっているボンボンではなく、なんならゲームの彼よりも強いくらいの状態である。
そんな彼におべっかを使おうとして本気でボコられた令息達は、そのことが骨身に染みてわかっているだけに肝が冷えるような思いをしていた。
わかった気にはなっていたが、改めてメルツェデスにちょっかいをかけてはいけない、と心に刻み込む者多数である。
「ということで、メルツェデス嬢の参加には何も問題無い。むしろ私達が色々と教わるべきだろう。
……確か、プレヴァルゴ家の私兵訓練にも参加したことがあるんだよね?」
確認するように問いかけるジークフリートへと、メルツェデスはさも当然とばかりに頷いて見せる。
「ええ、夏と冬には毎年のように。
夏場の日差しに焼かれた砂浜も乙なものでしたが、冬の雪山は文字通り身が引き締まる思いでございました」
「まって、雪山とか聞いてないのだけど。まさか、雪中行軍とかしてたのか……?」
「流石は殿下、よくおわかりで」
「いやそういう褒められ方はされたくなかったというか、さも当たり前のように言われても正直困るなぁ!?」
ついに我慢できなくなってしまったのか、ジークフリートは若干上擦った声で突っ込んでしまった。
幸いなのは、どうやらその場に居たほぼ全員が同じ事を思ったため、誰もジークフリートのある意味失態なこの言動を気にも留めていないことだろうか。
ちなみに、例外であるギュンターと教官は、流石、とうんうん頷いていたりするのだが。
「ですが、雪山で訓練となれば雪中行軍は当然のメニューかと思いますが」
「否定はしないけど、まずそもそも雪山での訓練に参加するという選択がどうかと思うんだが!」
「そうはおっしゃいますが、父も主立った面々もおらずに行う平地での訓練は、退屈にも程がありまして……」
「なるほど、普通の兵士ではもう相手にならない、と。まずそれがおかしいのだけどね、普通は!」
淡々とさも当たり前のように言うメルツェデスへと、我慢しきれずツッコミを入れまくるジークフリート。
実際、彼の言うことももっともだったりはする。
一応法律上は成人したと言えども、彼女はまだ16才になっていない。
そんな彼女が、しかも令嬢としての教育もきちんと受けているにもかかわらず、普通の兵士が相手にならないだけの技量を身につけているということは、どう考えても異常だ。
彼女自身に、その自覚は全くないようだが。
「いえ、おかしいのではなく、素晴らしいと表現すべきではないでしょうか」
「待ってくれギュンター、君までそちらに行かれたら、私の手が回らないのだが」
「そちら? 一体なんのことでしょう」
横から入ってきたギュンターに対して、ジークフリートは若干ぐったりとした顔をしながらも律儀に言う。
きょとんとした顔を見るに、どうやらボケではなく天然の発言だったらしい。
天然二人を相手にして立ち回るなど、どれだけの疲労感を伴うかわかったものではない、と話を切り替えようとしたのだが、先にギュンターが言葉を繋いでしまった。
「それにしても本当に素晴らしい。剣の腕はもちろんのこと、行軍訓練にまで参加なさっているとは……その武への真摯なる態度にこのギュンター、胸が熱くなる思いです!」
「あら、そのようにお褒めいただけるとは、光栄ですわ?」
「それを褒め言葉と受け取るのは正直どうかと思う」
疲れた顔でジークフリートが口を挟むが、当の二人は至って真面目である。
片や生粋の軍人家系、片や叩き上げの騎士候補。根底に流れる思考が通じたとしても仕方のないところだ。
……ジークフリートには面白くないところだが。
そんな感情を飲み込んで表に見せない辺りは流石王族、というところだが、だからギュンターは気付かず言葉を続ける。
「流石はあのクリストファー様の姉君、噂に違わぬ、いやそれ以上の腕前、お見事でした。
不肖このギュンター、己の未熟を痛感し恥じ入るばかりでございます」
「こちらこそ身に余るお言葉、恐縮です。確かに技術的にはまだまだ研鑽が必要な部分もございましたが、それだけ恵まれた身体がおありなのです、精進なさればもっと伸びるかと思いますわ」
「ありがとうございます! ……つきましてはプレヴァルゴ様。今後も時折このような手合わせの機会を……」
「だめだ」
ギュンターがメルツェデスへと一歩近づこうとしたところで、唐突にジークフリートの声が遮った。
おや、と不思議そうな顔でギュンターが振り返れば、にこやかな王子様スマイルを見せているジークフリート。
それを見たギュンターは、何故か背筋に冷たいものが走ったような気がした。
「で、殿下……? しかし折角の貴重な機会ですし」
「貴重な機会なのは認める。しかし、君は私の護衛だろう? であれば、まず私の傍に居ることを優先すべきじゃないか」
「はっ、確かにそれはそうですね……承知いたしました」
ジークフリートの説明に、若干残念さは残しながらもギュンターは頷く。
確かにギュンターの主たる役目はジークフリートの護衛であり、ジークフリートは内定している生徒会役員としての活動やその他王子としての公務などもあるため、自由になる時間はあまりない。
であれば、部下の稽古のために時間を取らせるなど、あってはならないことだとギュンターは納得した。
そんなギュンターの反応に、ジークフリートは内心で痛みを覚えていたりするのだが。
本音を言えば、ギュンターがメルツェデスと仲良くなってしまうのではないかという危惧からの妨害だったりする。
考えてみれば軍人気質武人気質の色濃い二人だ、波長が合わないわけがない。
だから稽古といえど二人がともに過ごす時間を極力作らせたくなかった、という理由が一つ。
もう一つの理由を期待してちらりとメルツェデスを見たりするのだが……。
「左様でございますか。では、また機会がありましたら」
とあっさり受け入れるメルツェデスに、勝手に肩透かしを食らったような気分になり、小さく肩を落とす。
もしかしたら、『でしたら殿下もご一緒に』などと誘ってくれるのではないか、という淡い期待もあったのだ。
しかし、残念ながらメルツェデスはジークフリートとこれ以上近づくことを内心では恐れている。
故に普通ならばただの社交辞令となる、しかし万が一乗られればフラグを立てることになりかねない言葉を、意識的に避けた。
結果としてそれはジークフリートの目論見を潰し、彼女が危惧していた事態を防ぐ結果にはなったのだが。
「そうだね、機会があれば是非頼むよ」
そう言いながら、その機会を得るには相当苦労しなければいけないようだ、とジークフリートは小さくため息を吐いた。




