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王太子と聖女。

「さて、一度お目に掛かりたかったメルツェデス嬢ともこうしてお会いできたところで。

 もう一人、是非とも話をしたかったのだが……クララ嬢、少しいいかな?」


 会話が一段落したところで、不意にエドゥアルドがそう切り出した。

 確かに、順当に行けば王太子となるであろう彼としては、同世代に生まれた光属性の持ち主、聖女候補に興味が生まれないわけがない。

 そしてもちろん、クララもまた義父であるジタサリャス男爵からその可能性を示唆され、顔を繋ぐよう言い含められても居た。

 エレーナからも、もし話しかけられたらどうしたらいいか、指導もされている。

 だが。


「ひゃっ、ひゃいっ、な、なんでございましょうかっ」


 いきなり、思い切り噛んだ。おまけに、動転しているのかえらく早口になってしまっている。

 そんな様子に指導役であるエレーナは額に手を当てて首を振り、エドゥアルドを始めとするこの場の面々は、それぞれに吹き出しそうになり、堪えていた。

 いや、ヘルミーナは遠慮も容赦もなく吹き出し、リヒターに腕を肘で突かれていたが。

 周囲の反応に、噛んでしまった羞恥も合わさってクララは顔を真っ赤に染めてしまう。


「いや、すまない、急に話しかけて驚かせてしまったかな。

 そんなに緊張しなくても大丈夫だから……と言っても緊張はしてしまうか」

「恐れながら申し上げます。そう仰られましても、元々クララは数ヶ月前まで平民でございましたゆえ、このような場にも慣れておりません。

 お尋ねになりたいことがおありなのでしたら、侍従の方に任せても事足りたのではないでしょうか」


 一瞬フランツィスカと視線を交わしたエレーナが、恭しく頭を下げながら苦言を呈した。

 この場にいる令嬢令息で一番高位である公爵令嬢のエレーナとフランツィスカ。

 どちらが口を開くべきか。格式では公爵筆頭であり、かつクララの指導役でもあるエレーナが適しているのではないか。

 そんな思考を一瞬のうちに視線だけでフランツィスカと交わしたエレーナは、不敬を承知でエドゥアルドを窘めたのだ。

 

 ある意味予想外だった諫言にエドゥアルドは一瞬驚いたような顔になり、しかしすぐに破顔する。


「いやすまない、エレーナ嬢。確かにクララ嬢には刺激が強すぎたかも知れない。

 だが、人を介して聞くわけにはいかなかったんだ。何しろ、クララ嬢の人となりを見たかった、というのもあったからね。

 いや、初対面で値踏みされるというのも、気分が良くないものだろうけれど」


 あっけらかんと、率直に。

 失礼と言われても仕方のないことを、誤魔化すこと無く、笑いながら言い切った。

 不思議なことにそれが不快ではないのは、彼の人徳が為すものなのだろうか。

 だからクララは、小さく息を吐き出し、少しだけ表情を緩めた。


「とんでもございません、殿下。

 臣下たるもの、使われる者として評価を受けてこそ、と義父からも教えられております。

 まして、私のように二重の意味で成り上がった者は、厳しく見定めていただくべきかと存じますから」


 その言葉に、周囲で耳をそばだてていた者達から小さく感嘆の声が漏れる。

 ただでさえ成り上がりと見下されるジタサリャス家、さらにその養子となった元平民。

 どう見られるかわかっていての、覚悟を見せた言葉。

 それを聞いて感心した顔になる者もいれば、まさに成り上がりと蔑んでた故に気まずく目を逸らす者もいた。

 ……その様子を、目敏くエドゥアルドが見ていたことなど、知る由も無く。

 

 ちなみにこの言葉自体は、エレーナがある程度考えていたものだったりするのだが。

 この夜会においてクララが色々な言葉をかけられるのは、こういった世界に慣れているエレーナには当然想定できていた。

 であれば、こう聞かれたらこう、こういう時にはこう返す、と事前に仕込んでおくのも当然の準備である。

 そしてクララはその仕込みをしっかりと飲み込み、棒読みでなく自分の言葉として返していた。

 故にその言葉は彼女の心からの言葉として周囲に、そしてエドゥアルドに届く。


「なるほど、武人であるジタサリャス殿らしいお言葉だ。

 しかし、ということは……我々が君に期待していることも理解していると考えてもいいのかな」


 その言葉に、一瞬クララの動きが止まり、ひゅ、と小さく息を吸い込む音がした。


 沈黙が落ちること数秒。


 ゆっくりと、クララは頷いてみせる。


「……はい。義父からも聞いておりますし、理解はしております」

「けれど、覚悟はできていない、というところかな。いや、もちろんそれが当たり前なのだけどね」


 少しばかり顔が青ざめ表情を硬くしたクララが、それでも淡々と言葉を紡ぐ。

 それを見たエドゥアルドはうん、と一つ頷き、それから少しばかり申し訳なさそうな言葉を発した。

 武功で名を上げたジタサリャスの家ではあるが、その養女であるクララにまでその覚悟を、僅か数ヶ月で身に着けろなどとは正気の沙汰ではない。

 むしろ平民上がりでここまでの認識をしていること自体が、彼女が持つ知性と勤勉さを伺わせた。


 だからエドゥアルドは、クララを安心させるかのように微笑みを向ける。


「だから、王立学園の3年間でしっかり着実に覚悟と技能を身につけて欲しい。

 心配しなくても、行儀作法や貴族としての心構えはエレーナ嬢が、実地のことはメルツェデス嬢がきちんと支えてくれるだろうしね」


 そうだろう? と言わんばかりに視線を向けられれば、エレーナとメルツェデスに拒否することなどできはしない。

 二人は揃って頭を下げ、「殿下のお心のままに」と返した。


 このやり取りは、また周囲に居た貴族達の驚きと様々な憶測を呼ぶ。

 聖女候補の教育補助に、その寄親であるギルキャンス家のエレーナが当てられるのは当然のこと。

 しかしそこに、国王派であるプレヴァルゴ家のメルツェデスが当てられた上に『実地』ということは、クララに期待されているのは何か。

 もしこれが派閥筆頭であるエルタウルス家のフランツィスカを当てたのであれば、聖女を貴族派に独占させないためとも取れるが、実地と前置きしてメルツェデスの起用では、ギルキャンス公爵も文句を付けにくい。

 そこまで計算した上で楔として打ち込んだのか、それともこれは融和策への一歩なのか。


 はっきりとした結論は見えないが、しかし一つだけ確かなことがある。

 この場、このタイミングでこの発言ができるエドゥアルドは、やはり非凡な才覚を持つ、ということなのだろう。

 周囲から注がれる視線に気付いているはずなのに、今も変わらぬ笑みを浮かべているところも含めて。


「さて、言うべきことは言ったし、私達はそろそろ退散しようかな。構わないよな、ジーク」

「……はい、あまり長居しても、ですしね」


 促され、一瞬だけジークフリートは言葉に詰まるが、気を取り直して頷き返した。

 まだまだ話したりない気持ちはあるが、彼女達だけと話し込むわけにはいかない。そのことはジークフリートもよくわかっている。

 そんな感情を飲み込んで、彼はエドゥアルドにも似た柔らかな笑みを浮かべ。


「君達とはまた学園で会うこともあるだろうし、その時はまたよろしくね」


 そう告げると、エドゥアルドと共にまた別の、今日がデビューである令息令嬢のグループへと声をかけに行った。

 その二人を全員が深く頭を下げて見送り、十分に離れたところで頭を上げる。

 

「ふぅ。そうね、うっかりしていたけれど、殿下方がまず私達のところに来るのはある意味当然よね」

「まあね、何しろ公爵令嬢揃い踏みなところに公爵令息と侯爵令嬢、おまけに聖女候補と『天下御免』持ちまでいるんだもの、まず声を掛けるわよね」


 最近は少なくともフランツィスカ、エレーナ、メルツェデス、ヘルミーナの四人がお茶会などで一緒にいることが多かったため感覚が麻痺していたが、これだけ高位貴族の令嬢が集まることなど早々あることではない。

 おまけに次期公爵であるリヒター、聖女候補のクララがいるのだ、まず最初に顔を繋ぐべき集まりと言える。

 だから、国王クラレンスの挨拶が終わって早々に二人は来たのだから。


「ごめんなさいね、クララ。私がもうちょっと気をつけていれば良かったのだけど……緊張したんじゃない?」

「は、はい、それはもう、心臓が飛び出るかと……それに、エデリブラ様もですけれど、あんなにお綺麗な男性がいらっしゃるなんて。まして、お声をかけていただけるなんて、想像もできませんでした」


 エレーナの気遣う言葉に、クララはこくこくと頷きながら、はぁ~と大きな息を吐き出し、慌てて口を覆う。

 淑女として少々はしたないその振る舞いに、エレーナは「減点1ね」などといい、クララは泣きそうな顔になったりするのだが。

 ただ、その表情を見るに、王子達に一目惚れした、だとかの感情は窺えない。


「あら、ジタサリャスの家に迎えられる前に、かっこいい男の子とか見たことなかったのかしら」


 あっけらかんとした声でメルツェデスは尋ねるが、内心では酷く気に掛かっていた。

 そして、彼女の抱いた疑念を裏付けるように、クララはあっさりと頷き、答える。


「それはまあ、それなりにかっこいい子はいましたけど……流石にエデリブラ様や殿下方のようにかっこいい子はいませんでしたよ」


 と笑いながら答えるクララの言葉に、メルツェデスは今更ながら理解した。

 どうやら、クララとエドゥアルドが幼少の頃に王都で出会うイベントは起きていなかったらしい、と。

 

 そして、先程のエドゥアルドとクララの態度。

 ある程度クララが行儀作法を身に着けていたせいだろうか、エドゥアルドやジークフリートの目にクララは然程新鮮に映っていなかったようだし、クララも身分をわきまえた態度しか見せなかった。

 だからだろうか、あくまでも王族と臣下、使う者と使われる者の会話でしかなかったのは。


 学園入学前夜。

 クララの人柄、イベントフラグ、それぞれの人間関係と、欲しかった情報は得られた。

 しかし今更ながら、自分でも把握できない程にシナリオから大きくずれてしまったのだ、そして今までの自分の知識のかなりの部分が役に立たなくなっているのだとメルツェデスは良くも悪くも……どちらかと言えば悪い方多めで理解してしまった夜になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒロインに関してはそこまで心配しなくとも、会う前からメルツェデスに恋患ってたみたいだし解決では? ………はっ!?ガールズラブタグは令嬢2人とメイドかと思っていたけどまさかこの子!?
[一言] 作者さん、更新はお疲れ様です! 貴族でこんなに回りくどい而も極めて面倒臭いですね。。。パーティー中の言行が全員から毎分毎秒も監視され、而も心にもないお世辞の形が厳しく要求されるとは。。。 別…
[良い点] メル様は気付いていませんが、エドゥアルド様との出会いが消えたのも、クララ嬢に手を回して礼儀作法を教えたことで好感度デバフが発生したのも、メル様による原作改変によるものなんですよねー…(出会…
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