強襲奇襲、ご用心。
じり、とメルツェデスが一歩進めば、ずさ、と男達も一歩後ずさる。
十五歳の少女とは思えぬ彼女の圧力に、男達はすっかり飲まれていた。
しかし、これ以上下がってはリーダーである中年男にも危害が及ぶ。
堪えきれなくなった男が一人、もう一人、やぶれかぶれとばかりに勢い込んで斬りかかった。
「あらあら、堪え性のない」
呆れたように言いながら、メルツェデスは素早く目を配る。
右斜め前から斬りかかって来た男の斬撃を、敢えて右に踏み込んで男の懐に入るようにかわせば、もう一人はたたらを踏んで斬り込めない。
避けたメルツェデスはその場でクルリと半回転、その勢いでばっさりとかわした男を斬り捨てた。
一太刀で致命傷を与えたと確認するや、チャキ、と音を立てて踏み込めなかった男へと剣先を向ける。
「うぁっ、あ、らぁぁぁ!!」
その向けられる気の圧力に何かが吹っ切れてしまったのか、雄叫びを上げながら男はメルツェデスへと大上段から打ち込んだ。
直後に響く、リィン、と澄んだ音。
男の一撃を擦り上げるように逸らしたメルツェデスの刃が、そのまま男の額をかち割れば、一瞬だけ動きを止め、小さく震えたかと思えばそのまま倒れ伏す。
男の絶命を見届けたメルツェデスは、ゆっくりと視線を上げて残る相手をゆっくりと見回した。
「な、何をしているお前等、一斉にかかれ! 女と思うな、一気に仕留めろぉ!」
「あら失礼な。レディへの接し方がなってないのではなくて?」
そう言いながら、一気に駆け寄ってきた四人ばかりへと、今度は自分から踏み込む。
慌てて剣を振りかぶった男の脇をすり抜けながら、横払いに胴を一閃。
倒れる男にも意識を残しながら、直ぐ傍の男二人が同時に掛かってきたところを片や避け、片や弾き。
体勢が崩れた二人をそれぞれ袈裟に、逆袈裟に斬り伏せた。
「ち、ちくしょぉぉぉ!!」
叫びながら大上段に振りかぶった男が振り下ろす刃を、跳ね上げた剣で弾けば飛び散る火花。
それが消える前に、メルツェデスは真っ向から唐竹割りに仕留めていた。
「あ、あわわわ……ジ、ジルベルト、何をしている! こっちに戻ってワシを守らんか!」
「へ? あ、いや、えっと……いや、いいんすけどね」
あっという間に手勢を十人も失った中年男の狼狽した指示に、ジルベルトは一瞬ためらい、仕方なく従う。
確かに、今ここに居る人間でメルツェデスを止められるのは彼以外いない。
そして、この後のことを考えれば中年男を失うのも痛いのは間違いないのだが……これは悪手だ、とジルベルトにはわかっていた。
「ひっ! く、来るな、来るな!」
男の声に視線を向ければ、じり、じり、とメルツェデスが圧を掛けながら近づいてくる。
その気迫に、ジルベルトの意識も持って行かれたその時。
「ぐぁっ!?」
「ぎひっ!?」
先程まで彼がいた辺り、リヒターとヘルミーナのいるところから悲鳴が聞こえてきた。
「あ~、くっそ、だから……」
ぼやきながらジルベルトが視線を向ければ、リヒターの結界で手が出せないけれども見張りとして、と残した四人の男が倒れている。
その傍には一人の少年と、メイド。
「クリストファー様、中々のお手並みです」
「はは、ハンナに褒めてもらえるとは珍しいね」
それぞれ手にした長剣と短剣が血で濡れているのを見るに、この二人が、あの一瞬の隙に四人をやってしまったのだろう。
「しかし、やはりお嬢様に比べれば、まだまだ優雅さが足りませんね」
「いや、それは仕方ないよね!? こっちは息を潜めての不意打ちだったんだし!」
漫才のような事を言いながらハンナの手が閃き、投げナイフが向かってこようと動き出しかけた男の額に突き刺さる。
また別の男も斬りかかろうとしたが、油断なく剣を構えたクリストファーの隙の無さに、それ以上近づくこともできない。
「ク、クリストファー? 君まで来てくれたのか?」
「ええまあ、姉に引っ張り出されるのはよくあることなので……」
お茶会などで何度も会ったことのあるリヒターが驚いた声をあげれば、ははは、と乾いた笑いを返しながら、クリストファーは小さくため息を吐く。
引っ張り出されること自体はよくあるとはいえ、こうして人を斬ったのは初めてなのだが、それはおくびにも出さない。
「え、シャーベットの人?」
「覚えていてくださってありがとうございます。メルツェデスお嬢様のお付きをしております、ハンナと申します」
そう言いながらハンナは、恭しく頭を下げた。もちろん、そうしている間も周囲に気を配ることは忘れていない。
じり、と彼女らの方へ向かおうとした男へと鋭い視線を投げかければ、びくりと震えた男は足を止めてしまう。
「いやミーナ、その覚え方はさすがにだめだろ、あの時メルツェデス嬢もハンナって呼んでたじゃないか」
「人間大事なのは名前じゃない。何を為したか」
「お前、良いこと言ってるみたいな顔してるけど、普通に失礼だからな!?」
思わずツッコミを入れたリヒターは、ヘルミーナへと一歩踏み出そうとして、がくっと急に崩れ落ちそうになった。
慌てて膝に手を衝き、何とか踏みとどまるも、その両脚は小刻みに震えている。
「ご立派でございました、エデリブラ様。もう少々だけお待ちくださいませ、このならず者達はお嬢様と私どもで片付けてしまいますので」
そう言いながらハンナは右手に短剣、左手に投げナイフを手にしながら一歩前に進み出る。
「その私ども、の中には僕も入ってるんだよね、もちろん」
と、ぼやくように言いながら、クリストファーがその隣に並んだ。
「あら、そのつもりでしたが……お嫌でしたら引っ込んでて、もとい、お二人をお守りいただいていても」
「待って、今何言いかけたの。……もちろんそっちはそっちで気をつけてるけどさ、だからってずっと引っ込んでたら、また父さんに報告するでしょ、ハンナ」
「いえいえ、そうでなくても報告する義務がありますので。……まあ、報告の詳細さが変わることは否めませんが」
「そうだよね、ハンナはそう言うと思ったよ!」
飄々と、さも当然と言った顔で言うハンナへと横目でちらりとだけ視線を向けて、クリストファーは改めて敵を見る。
あれだけ居た男達は、メルツェデスの強襲とハンナとクリストファーの奇襲で既に半数近くまで減っている。
……いや、今、半数を割った。メルツェデスの手によって。
「あんなの見せられたら、僕だけ頑張らないわけにはいかないじゃないか」
憧れて追いかけている姉の背中はまだまだ遠い。
その上もし、立ち止まってしまえば遠ざかる一方だ。
だからクリストファーは必死に付いていく。
「僕だって、プレヴァルゴだから、ねっ!」
自身に言い聞かせるように言いながら、クリストファーは襲いかかってきた男を斬り倒した。




