白い悪魔。
「あ……」
席についてオレンジシャーベットを口に運んだ瞬間、ヘルミーナは言葉を失った。
オレンジ特有の酸味をはらんだ爽やかな甘さ。
それが、空気をたっぷりと含んだ氷という独特な冷たさ、解けるように溶けていく口当たりとしてヘルミーナの味覚を支配していく。
初めて感じるその感覚に、ヘルミーナはフルフルと身体を震わせていた。
「これは……確かに、美味しいですわね……」
「ええ、初めて味わう感覚、と言ってもいいわ……」
その横で、公爵令嬢であるフランツィスカとエレーナが真剣な顔で味わっている。
公爵令嬢として様々な甘味を味わってきた二人だが、この味わいは流石に初めてだった。
単にオレンジジュースを凍らせた、それだけのものだが、ここまで衝撃的なお菓子となるとは。
ましてそれが、料理人ではなく伯爵令嬢であるメルツェデスから提唱されるとは。
二重の衝撃を感じながら、二人は丹念にシャーベットを味わっていた。
「おかわり!」
その間にヘルミーナは食べ終わってしまい、おかわりまで要求しているのだが。
言われて、ハンナがチラリとピスケシオス家のメイド達に視線で確認を取り、おかわりをよそって差し上げれば、即座にそれもヘルミーナの口へと運ばれた。
「美味しい、甘い、けど飽きない……いくらでも食べられる!」
「あ、ヘルミーナ様、いくらでもは流石に……」
と、メルツェデスが止めようとしたところでヘルミーナが頭を抱えた。
ああやっぱり、とメルツェデスが小さく苦笑する。
「うう……あ、頭が痛い……」
「冷たいものを一気に食べ過ぎるとそうなってしまうんですよ。
だから、適量を少しずつ食べるのが一番です」
「そんな……こんなに美味しいのにぃ……」
うるうると涙目で見つめられれば、流石のメルツェデスもぐっと揺らぐものがある。
元々ヘルミーナは言動さえ考慮しなければ、こういった言動がよくはまる儚げな美少女なのだ。
そしてまた、メルツェデスが考えていたことも、これだけではなかった。
「これもこれで美味しいのですが、また別のお菓子もあるのですよ。
そちらなら、多少は頭痛もましになります。……どの道、食べ過ぎは良くないのですが」
「他にもあるの!?」
先程まで苦しんでいた頭痛もどこへやら、ヘルミーナががばっと顔を上げる。
若干困ったような顔になりながらメルツェデスがハンナに合図を送れば、また次なる材料が登場した。
並べられたのは、牛乳、砂糖、卵、生クリームである。
「……今度のは材料が多いわね」
観察していたエレーナが、率直な感想を述べる。
何しろ、十分に研究した上でメルツェデスに自作を食べさせようと考えているのだ、細々と質問事項も出てくるというもの。
そしてそれは、フランツィスカも同様だった。
「先程のシャーベットよりも工程が複雑になる、ということかしら」
見れば、材料だけで無く、小さな片手鍋など道具も増えている。
フランツィスカの問いに、メルツェデスもこくりと頷いて返した。
「ええ、こちらの方が少々難しいわね。でも、よりリッチな味わいが楽しめるわよ」
「それは是非味わいたい」
いつの間にか復活していたヘルミーナが、ずずいと詰め寄ってくる。
その勢いに若干仰け反りながらも、メルツェデスは説明を続けた。
「まずはこちらの鍋で、沸騰させない程度に牛乳を温めたいのですけど……」
「そこは普通のかまどでもできるけれど、私がやった方が良いということかしら?」
若干食い気味にフランツィスカが言えば、既にその指先には火が灯っていた。
彼女とて、ヘルミーナにこそ敵わないものの、一級の魔力を持っている。
であれば、料理に使う火程度ならば造作も無いことだ。
メルツェデスが出す指示の元、的確な火加減で牛乳を温めていく。
「こうして、牛乳を温めながら砂糖を溶かしていきまして……全て溶け終わったら火から外します。
フラン、最適な加熱だったわ、ありがとう」
「ふふ、これくらいでしたら造作もないことでしてよ」
メルツェデスの感謝に、余裕の笑みで返すフランツィスカ。
だがその内心は、上手くいってよかった、満足してもらえて良かったと一人盛大に安堵しているのだが。
そんな感情をおくびにも出さないのが、彼女の公爵令嬢としての矜持なのかも知れない。
残念ながらメルツェデスはエスパーではないので、フランツィスカがそう安堵している間にも作業は進んでいたりするのだが。
「次にこちらのボウルで卵黄を溶いて、そこにこの砂糖入り牛乳を少しずつ加えていきます。
熱が入りすぎないように少しずつ、と気を付けてくださいませ」
そう言いながらメルツェデスがボウルに牛乳を入れていくと、そのボウルを支えながらハンナが的確にそれを混ぜ合わせていく。
さらに混ぜ合わさったものを裏ごししていくといった作業での息の合い方は、まさに阿吽の呼吸と言わんばかりのもの。
羨ましそうに見ているフランツィスカとエレーナには、一瞬だけハンナが得意げな笑みを見せたようにすら見えた。
……いや、実際一瞬だけ見せてはしまったのだが。
そこを捉えてしまう二人の動体視力がどうかしているのかも知れない。
「さて、こちらを少しばかり煮て、とろみが付きましたら離して、こちらの氷水で冷やします。
その間にこちらの生クリームを泡立てまして……」
言いながら、ハンナが用意していた生クリームを泡立て始めた。
それこそ、ハンドミキサーもかくや、と言わんばかりの勢いで。
一瞬、メルツェデスと「やりますわね」「まだまだお嬢様には負けません」と言わんばかりの視線が交錯したが、それを見て取れたのはこの場にいただろうか。
……若干悔しそうにしていたフランツィスカは、見て理解できたのかも知れない。
ともあれ。
適度に泡立ち固くなったそれを、卵液に混ぜ合わせた。
「後はこれを、先程と同じように冷やしていけば……」
と、ボウルをまた塩入氷水へと浮かべ、空気を含ませるように混ぜ合わせていく。
当然、やるべき事を思い出したヘルミーナが氷水を循環させ、今度はエレーナも氷を注ぎ足していけば、先程よりも作業は順調に回っていった。
やがてできあがったものは、白く冷え冷えとしながらも、どこか柔らかな印象を与える白い塊。
「……これは、さっきのとはまた違った印象の……」
「どことなく、濃厚さも予感するわね」
エレーナの感想に、フランツィスカもこくりと同意する。
できあがったそれは、つまり。
「ええ、また違った味わいよ。これは、アイスクリームというのですけれども」
そう言いながらメルツェデスは、ハンナがまた別に用意したガラスの器に、アイスクリームを盛っていく。
「さ、ヘルミーナ様。こちらもご賞味くださいませ」
そう言ってメルツェデスが言った途端。
待ちきれなかった、とばかりに、ヘルミーナはアイスクリームへと襲いかかった。




