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一家の始末。

 場面変わって、とある下町の酒場。

 昼前とあってまだ開店しておらず、静まり返っているその店の、二階。

 むくつけき男達が一室に集まり、沈鬱な顔を付き合わせていた。

 集まっている男達の中心で正座をさせられているのは、先刻メルツェデスにコテンパンに叩きのめされたあの二人である。


「……お前等、やらかしてくれたな……あのご令嬢相手に……」


 苦々しい声で、一人の男が呟いた。

 彼こそが、このブランドル一家の親分、ブランドルである。

 年の頃は三十前後、焦げ茶色の髪を短めにカットし、顎髭を伸ばした悪党面。

 普段ならば眼光を鋭くギラつかせ睨みを利かせているのだが、今この時ばかりは弱り果てていた。


「だから言っただろうが、プレヴァルゴには手を出すなってよぉ!

 しかもよりによってあのご令嬢、『天下御免』持ちで『黒獅子』の愛娘に!」


 堪えきれなくなったのか、思わず彼は声を上げてしまう。

 野獣もかくやという獰猛さと苛烈さで敵を仕留め狩り尽くす様から、あるいは浴びすぎた返り血が酸化してどす黒く鎧を染めた様から、ガイウスは『黒獅子』と呼ばれている。

 そしてその苛烈さは、何も戦場だけでないことを彼は知っていた。


 先日の、ジークフリート襲撃事件の後。

 ガイウスが指揮を執って魔王崇拝者狩りが行われたのだが、それはもう凄惨なものだったという。

 王族を狙い愛娘を傷つけた連中に、当然彼は一片の情けも掛けなかった。

 その容赦の無さは直接関係の無かった裏の連中にもあっという間に広まり、改めてプレヴァルゴには手を出すな、という認識が確認され、ブランドルもまた、手下達には口を酸っぱくして言い含めておいたところにこれである。

 それは、困り果てもすれば、荒れたくもなるだろう。


「だ、だけど親分、知らなかったんだ俺達、あのガキが例のメルツェデスだって……」

「バッカヤロウ! ガキとか言ってんじゃねぇよ、死にてぇのかてめぇら! 挙げ句に呼び捨てだとかよぉ!」


 恐る恐る、二人が言い訳にもならない言い訳を口にした途端、ブランドルは血相を変えて叫んだ。

 その剣幕に、二人だけでなくその場に居た全員が息を呑み口を閉ざす。

 しばしその場には、はぁ、はぁ、と息を荒げたブランドルの呼吸だけが響いていた。


 やがてその沈黙に耐えられなくなったのか、別の男がおずおずと問いかける。


「あの、親分……ここには俺等しかいねぇんですから、呼び方くらい……」

「だからバカヤロウってんだよ。あのプレヴァルゴ家が、ご令嬢に粗相した連中を見逃してくれると思うか?

 とっくにここもバレてるだろうし、見張られてるだろうよ」


 乾いた笑みを見せるブランドルの言葉に、ぎょっとした男達は慌てて周囲を見回した。

 そうやって周囲を窺うことしばし。また別の一人が、おずおずと口を開く。


「……誰もいねぇと思うんですが……」

「そう思うだろうよ。俺だって気配も視線も感じねぇ。

 だがな、居る。恐らく。ほぼ間違いなく。

 俺にすら気取らせない連中が、プレヴァルゴ家には山ほどいるんだ。ここで俺たちが話してることなんざ筒抜けさ」


 そこまで言って、しばし言葉を切る。

 ブランドルの言った言葉がようやっと理解できてきたのか、男達は一様に顔色を失っていた。

 

「つまりな、ここでの会話はプレヴァルゴ家のガイウス様のお耳に入ると考えていい。

 そこでさっきみてぇな言い方してみろ、俺等なんかあっという間に潰されちまわぁ」


 そうぼやくと、ぎしり、座っていた椅子の背もたれに体重を掛ける。

 このままでは、どうあがいても破滅あるのみ。しかし、この歳で親分などと呼ばれるところまで来たのだ、このまま終わりたくはない。


「ったく、そもそもあの辺でのショバ代シノギは止めとけつったろうがよぉ。

 ケチな欲を出すからこんなことになんだよ、バカヤロウ」

「ほ、ほんとにすんません、親分! ま、まさかこんなことになるだなんて!」

「俺だってまさかだよ、こんちくしょう」


 言いつけを守らなかった子分のせいで、この一家は終わる。

 それ自体は、手下を教育しきれなかった自分の責任だから、仕方は無い。

 だが、それでもまだ、なんとか生き延びる術はないか。


 必死に頭を回転させた結果、ふと浮かんだ考えがあった。


「おい、サム、ジム。おめぇら、まだ死にたくねぇよな?」

「そ、それはもちろんでさぁ、親分」

「俺だって、まだ死にたくねぇよぉ……」


 真っ青な顔でコクコクと頷く、やらかした一人であるサム。もう一人のジムなどはもう、ぼろぼろと泣き崩れ始めている。

 そんな手下を見て、ブランドルの腹は決まった。


「よっし、てめぇら。ここで大人しく待ってやがれ」

「へ? お、親分、一体どうしなさるんでぇ」

「なぁに、ちょいと打つ手が見つかってな」


 問いかける手下に、ブランドルは笑って見せる。


 考えてみれば、既にこのアジトはばれているのだ、プレヴァルゴ家がその気であれば、今頃とっくに全員物言わぬ姿を晒しているはず。

 ということは、取るに足らない小物と思われているか、潰すとの判断がまだ下されていないか。

 であれば、まだ少しだけ、賭けに出るだけの時間は残されている、かも知れない。


「ちょいと出てくるが……戻らなかった時はゴンザ、お前が跡目を継ぎな」

「なっ、なに言ってんですか、親分! 一体何をするつもりなんですか!」

「はっ、決まってらぁな」


 問いかけに、ブランドルはにやりと笑って答える。


「俺の命を賭け札に、一世一代の大博打と洒落込むのさぁ!」


 そう告げると彼は、颯爽とアジトを後にした。


 


 そのしばらく後、プレヴァルゴ邸にて。

 家令のジェイムスが、メルツェデスの部屋へと訪れていた。

 アッシュグレイの髪をオールバックに撫で付け、その下には穏やかな印象を与える細目とそれを縁取る眼鏡。

 スラリとした体躯に執事服がよく馴染んでいる。


「お嬢様、門衛がお嬢様あてのお手紙を持ってまいりました」

「あら、ありがとうジェイムス。どなたから……フランツィスカ様かしら、それともエレーナ様?」


 などと、ウキウキしながら手紙を受け取ったのだが、そこに書かれていたのは、どちらのとも似つかない、無骨な字だった。

 怪訝な顔で手紙を取り出し読み始めたメルツェデスは、程なくして興味深げな顔でジェイムスへと問いかける。


「ねぇジェイムス、この手紙の送り主は、返事が欲しいそうなのだけど、手配してもらえるかしら」

「いえ、それには及びません。何しろ送り主本人が手ずから持参し、今も返事をもらうまでは、と門前で待っておりますゆえ」

「あら、そうなのですか? ……でしたら、いいでしょう、私が直接返事を伝えますから、裏庭に通しなさい」


 メルツェデスの返事に、ジェイムスは恭しく頭を下げる。


「かしこまりました。念のため、ハンナだけでなく私もお側に控えさせていただきますが、よろしいですな?」

「ええ、もちろん。あなたがついてくれるなら、私も安心して対面できます」


 一瞬だけハンナが悔しそうな顔をしたが、流石にこの場合は仕方ないと理解はしてくれているようだ。

 何しろ正体不明の男と直接会おうというのだ、出来る限りの備えをしたい。

 そしてガイウスが仕事で不在の今、この家にいる者で一番の腕を持つのは、間違いなくジェイムスなのだから。


「ハンナ、もちろんあなたのことも信頼してますからね?」

「わかっております、お嬢様。お心遣いありがとうございます」


 メルツェデスの言葉に、ハンナは恭しく頭を下げる。

 そして心の中で誓う。そんな気遣いのできる主のためにも、いつかジェイムスを越えねばならぬ、と。

 勝手に狙われるジェイムスとしては良い迷惑だろうが……いや、彼ならむしろ楽しむかも知れないが。


「それではお嬢様、私は件の男を裏庭に連れて参りますので、ハンナと共にお越しください」

「ええ、わかりました」


 ジェイムスの言葉に、メルツェデスはこくりと頷く。

 ここで、自分がいない間はお前に任せる、とハンナへの信頼を示してみせるのは、流石年の功と言うべきか。

 などと感心しながら、少し機嫌が良くなったハンナを伴い、少しばかり身支度を調えてからメルツェデスは裏庭へと向かった。




 

 メルツェデスが裏庭へと辿り着いた時には、既にジェイムスと、地面に膝を衝き平伏している男の姿があった。

 まず目に付くのが、男の着る白い貫頭衣。これは、この国における死に装束である。

 もうこの時点で、手紙に書いてあった内容が真実味を帯びてくるというものだ。


 男から3mほどだろうか、即座には飛びかかれないような距離で足を止めれば、メルツェデスは男に声をかける。


「メルツェデス・フォン・プレヴァルゴです。ブランドルとやら、面を上げなさい」

「ははっ」


 言われて顔を上げたブランドルの表情は、この場において尚物怖じせず、しかし変な虚勢もない落ち着いたものだった。

 それを見たメルツェデスは、ふむ、と小さく感心したように頷く。

 かたやブランドルは、この距離でいかにもな悪党面の自分を見てもまるで動じた様子のないメルツェデスに、なるほど大したものだと感心しながらも、口上を述べ始めた。


「手前はブランドルと申しまして、恥ずかしながらチンケな一家を率いるつまらねぇ男でございやす。

 お嬢様におかれましては、お初にお目にかかる機会を賜り、感謝の言葉、言い尽くせやせん。

 またこの度は、お会いできるお時間をお伺いしようとしたところに早速機会を頂き、誠にありがとうございやす」


 スラスラと流れ行く口上は、丸暗記した言葉をただ口にしたのではない、彼自身の言葉として伝わってくる熱量。

 どうやらこの男、荒事だけでなく交渉事にも慣れているらしい。

 

「いいえ、単に退屈を持て余していたところでしたからね。

 それで、手紙は読ませてもらいましたが……昨日の件について。これは、本気ですか?」

「へい、おっしゃる通りでございやす」


 メルツェデスの言葉が終わった瞬間、彼女の言葉を遮るでなく、迷いを感じさせるでもない絶妙のタイミングでブランドルの相づちが入れられる。


「お嬢様に狼藉を働いたあの二人は、あっしの子分。であれば責任は、親分でありながらちゃんと言い含め、躾けられなかったあっしにありやす。

 勝手申しやすが、どうかこの首一つで収めていただきたく参上いたしやした」


 そう言うとブランドルはまた頭を下げ、まさに首を差し出すかのような姿勢になった。

 その潔さに、ジェイムスすらどこか楽しげに目を細める。ましてメルツェデスは、目に興味が浮かぶのを抑えきれない。


「どうしてそこまでしますの? 親分子分と言っても、所詮は他人でしょうに」

「へい、他人でやす。だからこそ、血の繋がらない他人だからこそ、張る時に命を張らねぇと簡単に千切れちまいやす。

 そうなっちまったら、うちみてぇなチンケな一家はすぐに立ち行かなくなり、あっしの命も吹き飛びまさぁ」


 吹っ切れたように軽く言い切るブランドル。

 それから、不意にやや抑えた声になった。


「それに、あいつらは一度親に捨てられた連中です。ここで親分のあっしが見捨てちまうなんざ、二度もそんな目にあっちまうなんざ、あんまりってもんじゃねぇですか」


 噛みしめるようなブランドルの言葉に、ちらり、メルツェデスはジェイムスを窺った。

 気付いたジェイムスは、こくり、小さく頷いて見せる。

 どうやらこの態度と言葉、演技ではないらしい。

 

「なるほど、だからあなたの首一つで済むのなら、と」

「へい、どうかそれであいつらを勘弁していただけたら、と。

 さあ、逃げも隠れもいたしやせん、どうかスパッとやっておくんなせぇ!」


 メルツェデスの言葉に一度だけ顔を上げたブランドルはすぐにまた頭を下げ、ぴしゃり、自分の首を叩いて見せた。

 それを見たメルツェデスは、チラリ、チラリ、ジェイムスとハンナとで視線を交わす。

 ふむ、と一つ頷いて見せたメルツェデスはそのまま前へと歩み出す。


「わかりました、あなたのその意気に免じ、これで手打ちといたしましょう」

「ははぁっ、ありがとうございやす!」


 既に覚悟は決まっていたのだろうブランドルの声は、事ここに至ってなお、微塵の揺れもない。

 それに応えるかのようにメルツェデスは迷い無くその側へと歩み寄って……その首へと振り下ろした。


 愛用の白扇を。


「……へ? え、いや、お嬢様……こりゃぁいったい……」

「ええ、あなたのお望み通り、その首をいただきました。わたくしにはこれで十分ですわ」


 パスン、と首を捉えた軽い音に、何が起こったのか理解しきれず呆然と顔を上げたブランドルへと、目線を合わせるようにメルツェデスはその場にしゃがみ込む。


「見事な男ぶりを見せていただきました。ここで散らせるには惜しいと思える程の。

 あなたの子分さん達は、幸せ者ですわね?」


 そう言って笑いかけられた途端、ぶわっとブランドルの目から涙が滂沱と溢れ出した。


「ありがとうございやす! ありがとうございやす!」


 何度も何度も。

 地面に額を打ち付けるようにしながら、ブランドルは感謝の言葉を言い続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりあれかなぁ。 ブランドルおやぶんのCvは北島三郎でゴンザ兄貴は山本譲二?
[一言] 更新はお疲れ様です! バレずに監視できるプレヴァルゴ家の者は居るだと思う、ハンナさんも軽々しく出来そうですし、でも山ほどに居るというのは誤解だと思う。もしそこまで完全無欠の諜報組織を本当に所…
[良い点] これ、なんてマサムネ!親分潔いね。三下君達も見事な三下っぷりでしたよ。 [一言] しかしお嬢は格好良い、そして可愛い。会う人会う人惚れさせて前人未到の国ハーレム(謎)すら成し遂げそうだよ…
2020/08/01 18:18 退会済み
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