『天下御免』の向こう傷。
メルツェデスの内面世界に、光が降り注ぐ。
最初は、暖かいと思っていた。
だが、とんでもない勘違いだった。
それは、炎の如く熱かった。
しかし、メルツェデスには心地よく。
『ぐぁっ、がぁぁぁぁぁ!?』
『終焉の魔女』にとっては、地獄の業火にも勝るほどで。
身もだえる『魔女』の姿が、焦げていく。
メルツェデスに絡みついていた触手のような影に火が点き、燃え尽きていく。
だというのに、火に触れたメルツェデスに痛みなど欠片もない。
その炎のような光は、彼女を守り。
『終焉の魔女』一人を狙って燃やし尽くさんとしていた。
『なんでっ、なんであいつが光の魔力なんて!? あづっ、あづぅ!?』
狼狽する『終焉の魔女』が。右を見て、左を見る。
光は絶えることなく、そしてあまねく降り注ぎ続けている。
どこにも、逃げ場はない。
ここには。
メルツェデスの中には。
『……くそう。ちくしょうぅぅぅ!!!』
罵倒しながら、『終焉の魔女』は飛び上がった。
メルツェデスの外へ向けて。
その後姿を見ながら、メルツェデスが小さく呟く。
「……そう。あなたなのね、フラン。あなたが……約束を、守ってくれた」
思い出すのは、あの夏。
一太刀ならなんとかしてみせると言い切った彼女の、なんと頼もしかったことか。
……なんと、嬉しかったことか。
そして今、それ以上のことをやってのけてくれた。
「そうね。わたくしは、孤独じゃない。
あなたがいる。皆がいる。
なら、すべきことは一つだわ」
メルツェデスの心にも、火が灯る。
それから、目を閉じて、意識を集中する。
……『終焉の魔女』が好き勝手に暴れてくれたおかげで、神経や筋繊維のあちこちが傷んでいる。
だが、それがどうした。
「出来るかどうかじゃない。やるのよ」
自分に言い聞かせ、渇を入れる。
いや、最早その必要もないくらいではあるが……景気づけ、のようなものだ。
「さあ。退屈令嬢のお帰りよ」
そう呟いて。
メルツェデスは、己が身体の支配権を取り戻した。
そして、外界では。
あまりに大胆なフランツィスカの行動に、全員が絶句していた。
いや、ヘルミーナだけはにやにやしていたが……地面に寝そべったままで口を開く体力もろくにないから、結局言葉を発することが出来ないのは同じこと。
そんな彼らの前で。
フランツィスカの魔力をこれでもかと注ぎ込まれたメルツェデスの身体から、黒い靄が飛び出した。
「やった、のか?」
ジークフリートが呟く。
呆然としながら。しかし、希望を滲ませながら。
「いえ、まだ、です」
寝ころんだままのヘルミーナが、礼儀だとかそっちのけで事実だけを指摘する。
事実だけを。
その言葉を裏付けるかのように、ジークフリートの眼前で靄が形を成していく。
人の形。
よく見知った人の形。
闇色のメルツェデス。
それを見た瞬間、ジークフリートの頭が動き出す。
仮にあれが先ほどまでのような力を持っていたとして。
今の戦力で勝てるのか。
試算の結果は、絶望的なもの。
だがそこに、言葉が重ねられる。
「ですが、終わりです」
ヘルミーナは、事実だけを口にする。
彼女に、忖度などは欠片もない。
だから彼女は、わからないことはわからないと言い、わかることは断言する。
つまり。
「千両役者が、帰ってきます」
それは、ただの事実だ。
次の瞬間、その場にいる全員が理解した。
「……メル?」
そう呟いたフランツィスカの視界で。
メルツェデスが、いつもの微笑みを見せた。
途端、フランツィスカの身体から力が抜ける。
ありったけの魔力を注ぎ込んだのだから、当然だろう。
そして。
そんなフランツィスカの身体を、羽よりも軽々とメルツェデスが横抱きに抱き上げたのも。
「ありがとう、フラン。あなたのおかげで、戻ってこれたわ」
ふわりと、メルツェデスが微笑んで。
フランツィスカの顔が、ぼっと火が点いたように赤くなる。
お姫様抱っこをされながら、至近距離で食らうメルツェデスの微笑み。
これで赤面しないわけがない。
そんなフランツィスカの様子に、メルツェデスはまたくすりと笑って。
それから、そっとフランツィスカを地面に下ろした。
「あっ……」
「ごめんなさいね、ちょっと片付けてこないといけないから」
思わず零れた残念そうな声に、詫びるメルツェデスの声が重なる。
そう、まだ終わっていないのだ。すっかり終わった気になってしまっていたが。
そして、きっとこの頼れる親友は、終わらせてくるのだろう。
「……わかった、待ってる」
「ええ、いい子にしていてね?」
少しだけ拗ねた言い方は、やや幼かっただろうか。
そんなフランツィスカへと少しばかりからかうような物言いをしながら、メルツェデスは振り返った。
『終焉の魔女』へと。
『なっ、何がっ、何が終わらせる、だっ! あたしに、このあたしに向かって!』
「ただの事実よ。今のわたくしなら、あなたどころか『時』すら斬れそうだもの」
涼やかに、メルツェデスが笑う。
果たして、その冗談を理解出来た者がこの場にいただろうか。
平面も空間も、その先の時間すら斬ってみせると言わんばかりの発言。
二次元、三次元、四次元といった概念がわからねば通じぬ冗談は、きっと誰のためでもなく自分のためだったのだろう。
……ヘルミーナがハッとした顔になったのは、見なかったことにするとして。
そして、それが冗談ではないのだと、『終焉の魔女』にも理解できてしまった。
『ま、まちなよ! なんであんたが、あたしと敵対するのさ!
あんたとあたしが手を組めば、なんだって出来る! 何も不可能なことなんてない!!」
『終焉の魔女』が言うことも、確かに事実なのだろう。
最早人の極みに到達したかのごときメルツェデスの身体と、ありとあらゆる魔術を無効にし、魔力を奪っていく『終焉の魔女』
お互いが納得して協力すれば、まさに無敵となったことだろう。
だが、決してそんな時はこない。
何故ならば。
『あんたのその、額の傷だって消せるんだ、あたしなら!
その傷のせいで、あんたは酷い目にあってきたんだろ? 辛かったんだろ?
綺麗な顔になれるんだ、あんただってそれを望んでるだろ!?』
『終焉の魔女』は、メルツェデスのことを理解していなかった。
何一つ、と言ってもいいほどに。
きっと、普通の令嬢ならば『魔女』の言う通りだったのだろう。
だが、違う。
彼女は、違うのだ。
「オ~~~ッホッホッホ!」
高笑いが響き渡る。
それは、笑いもするだろう。
あまりにも的外れだったのだから。
「よっくわかったわ。あなたの手を取ることなど、まったくもってありえないと!」
そして。
ぴしりと、それこそ千両役者のごとく立ち姿を決めて。
メルツェデスは、己が前髪をかきあげた。
途端、彼女の身体から黄金色の光が溢れ出す。
「恐れ多くも国王陛下より直々に賜った、この『天下御免』の向こう傷!
わたくしの誉れも、誇りも、全てはこの傷とともに!!
それがわからぬあなたなど、心の底から願いさげだわ!!」
『グギャァァァァァ!?』
光に撃たれて悲鳴を上げる『終焉の魔女』に、誰も意識を向けられなかった。
それは、誰も見たことのなかった光景。
『水鏡の境地』を発動した時に発せられるのは、青い光。
だが、今のメルツェデスが纏うは、金色のそれ。
歴代のプレヴァルゴが誰一人として到達することの出来なかった境地。
プレヴァルゴの者が抱える暴力衝動と折り合いをつけるのではなく。
それすらも受け入れて飲み込み、一つとなった姿。
至ることが出来なかったのも、無理はない。
そのためには、仲立ちとなるもう一つの魂が必要だったのだから。
それら全てが噛み合って、メルツェデスは立っている。
彼女は、立っている。
言葉通り、己が誉れを誇示するかのように。
『ふざっ、ふざけるなっ! あんたごときに、あたしが斬れると思うな!!
あたしの力があれば、あんたなんて塵も同然だ!!」
そう言いながら、『終焉の魔女』は魔力を迸らせた。
間違いなく、今この場において最大の魔力を有しているのは、『終焉の魔女』だ。
周囲から根こそぎ奪った魔力は、山をいくつも崩壊させるほどのもの。
そんな魔力は、メルツェデスもヘルミーナも持っていない。
人間の身で、持てるわけがない。
しかし。
けれど。
メルツェデスは、笑って見せた。
「本当に、わかってないのね」
『は? な、なにがわかってないってんだい!?』
圧倒的に有利なはずなのに、『終焉の魔女』がたじろぐ。
一歩、後ろに下がってしまった。
そんなことに気づけるだけの余裕は、『魔女』にはなかった。
「斬れるかどうかじゃない」
それこそ静かな水面のごとき声で言いながら、メルツェデスは剣をゆっくりと構える。
「斬るのよ」
プレヴァルゴ家に伝わる覚悟。
そして、親友たるフランツィスカが行動で示してくれたもの。
であれば。
「今ここで、わたくしが斬らねば、お笑い種だわ」
そう、笑って。
メルツェデスは、踏み込んだ。
明らかに、人が出せるそれを越えてしまった速さで。
『うわっ、うわぁぁぁぁぁ!?』
『終焉の魔女』が、叫びながら魔力を展開する。
溜め込んだ魔力を全て解放するかのごとく、矢継ぎ早に闇色の槍が飛び、触手が絡めとろうとして。
だが。
その全てが、蹴散らされる。
斬り飛ばされる。
金色に光る刃が、それら全てを斬り裂いていく。
その光景は、神々しくすらあり。
同時に、『終焉の魔女』には、絶望的で。
そして、『魔女』に与える慈悲など、メルツェデスにはなかった。
与えるのは、ただ一つ。
「さあ! これで幕引きといきましょう!」
『まてっ、まてぇぇぇぇ!! うわっ、うわぁぁぁぁぁ!?』
突き進みながらメルツェデスが見せたのは、『水鏡破り』の構え。
不破のカウンター技が、更に進化する。
不倶戴天の敵を絶つ、攻めの刃へと。
元々は、相手の動きに合わせていく技。
だが、自分から合わせていけば、同等かそれ以上の技になる。
難易度も跳ね上がるが。
そんなことは、今のメルツェデスにとってなんの問題にもならなかった。
出来るかどうかではない。やるのだから。
だから、やった。
斬った。
『アッ……アッ、アガァァァァァァ!?』
カウンターでは乗せられなかった重み。
自身が主導権を握ったからこそ出せた威力。
その一撃は、『終焉の魔女』を真っ向から唐竹割りに断ち切った。
※ルルルルーク様から、レビューをいただきました!! 本当にありがとうございます!
いやもう、ほんと感想やレビューは、心の糧ですからね……。
意地汚い話ですが、このタイミングでいただけたのは、本当にありがたいですし!(おい)
それから、7/5に発売のコミカライズ、まんが王様にて特典ペーパーが公開されました!
活動報告からリンクを張ろうと思いますので、ご覧いただけたら幸いです!




