光。
最初に膝をついたのは、リヒターだった。
「ぐっ……ここまでっ、かっ……!」
過大な負荷を堪えようと幾度も噛みしめた唇からは血が流れ、ついには吐血までしてしまう。
それだけ、リヒターの身体は内側からボロボロになっていた。
無理もない。
いきなり触れてしまった、洪水のごとく膨大な情報量を持つ『天の理』。
更にはそれに導かれるように、しかし間違いなく自分の意思で行使した『ディスペル』。
発動しかけた魔術に干渉して解いてしまうという、魔術を越えて世界の法則を歪めてしまう魔法の領域に片足を突っ込んだそれを幾度も行使したのだ、脳の処理能力も魔力も、限界を迎えてしまうのは当たり前だ。
むしろ、一度使えただけでも驚嘆に値するものだというのに。
そして、それを目の当たりにしたジークフリートは叫んだ。
「ヘルミーナ嬢、私が代わる!!」
「……承知」
そのやりとりだけで、二人の間では意思の疎通が出来た。
リヒターが限界を迎えた。
つまり、次の『ギガンティック・グラビティ』は防げない。
ならば、その前に決着させねばならない。もちろん、自分たちの勝利で。
そうなった時、必要なのはヘルミーナの魔術。
単純な火力だけでなく、様々な応用力を持つヘルミーナの魔術に、ジークフリートのそれは及ばない。
だがしかし。
「噴き上げろ、『炎の剣』! 限界まで、いや、限界を超えて!!」
魔力を、『魔女』の吸収限界まで叩き込むだけならば。
『炎の剣』を持つジークフリートならば、可能だった。
いや、今この瞬間、ジークフリートにだけ可能だった。
だから、迷わずジークフリートはヘルミーナの代わりに蓋をする役割を請け負い。
そのことを理解したヘルミーナは、即座に承諾した。
「全開でいくよ、魔女野郎」
宣言通り、一瞬で練り上げられる、人間の極限に達した魔力。
周囲の気温が、一気に氷点下まで下がったような錯覚。いや、もしかしたら事実で。
「『ホワイト・アウト』」
発動したのは、戦術級魔術。
あの『魔獣討伐訓練』で幾度も行使した、数多の魔獣を一瞬で消し飛ばした理不尽なまでの殲滅力を持つ魔術を、『終焉の魔女』という個人に向かって放った。
そして、『魔女』の世界が、白に閉ざされる。
「ぐぅ!? こ、この程度で!」
ダメージそのものは、そこまで与えられない。
水と闇の属性相性もある上に、元々魔力が高く魔術防御が高いメルツェデスの身体に『終焉の魔女』の力まで乗っているのだから、当然だ。
というか、それを見越してのものだった。
「そこだぁ!」
「な、なにぃ!?」
白い世界でクリストファーの声が響き、一瞬だけ銀のきらめきが躍る。
戦闘に不慣れで、気配を察知することもメルツェデスに比べれば遥かに劣る『魔女』は、なんとか反射的に避けるしかできなかった。
そして、それはクリストファー『達』も織り込み済みで。
「まだまだぁ!!」
「ぐはぁっ!?」
回避して、まだ態勢が整わないでいたその一瞬。
ギュンターが、盾を構えながら突進。
凶悪なまでの威力を持つ『シールドチャージ』が直撃して、無類の強靭さを誇るメルツェデスの身体も、軋みを覚えた。
「貴様っ、らぁっ!!!」
崩れた態勢で、強引に腕を、剣を振り抜く。
追撃しようとしていたクリストファーとギュンターは、捨て鉢な威力の一太刀をかわせず、ギリギリで受けて。
「くそぉぉ!?」
「ぬぅぅ!?」
あの細い身体のどこにそんな力があるのか。
そんな疑問を今更ながら抱きつつ、二人は吹き飛ばされ、転がる。
二人もまた、限界が近かったのだ。
だが、その捨て身の攻撃は無駄ではなかった。
「ここです!」
もう一人。
白い世界を切り裂いて、クララが吶喊してきたのだ。
『光の鎧』を纏い、『光の槍』を携えたその姿は、白の世界において一層の神聖さを見せていて。
だから、『終焉の魔女』の心胆を寒からしめたのだが。
「それをっ、待っていた、のさぁ!!」
そう言いつつ剣から離した左手に闇の魔力を集中させて……『光の槍』を掴んで、止めた。
言葉通り、『終焉の魔女』はこの瞬間を待っていた。
もちろん、相性の悪い光の魔力の塊を掴んでいるのだから、その手は焼けるように熱く、痛い。
だが、それを塗りつぶすだけの高揚感が、『終焉の魔女』を突き動かす。
「これでぇ! 終わり、だよぉ!!」
剣を握る右手を、振り上げる。
光の魔力を持つクララを倒せば、最早彼女らに打つ手はない。
そう確信して。
「こちらのっ、セリフですっ!!」
塗り返された。
『終焉の魔女』の視界が、白に……いや、光に染まる。
『光の槍』を掴まれて。
互いの動きが止まった、その瞬間。
クララは、『光の鎧』を弾けさせた
「ぎゃあああ!?」
。
闇の魔力が放つ様々なデバフを全て完璧に退けてしまうだけの、光の魔力の塊。
それを、『終焉の魔女』は至近距離で浴びたのだから、堪らない。
だが同時に、笑いもする。
「だ、ぐぁっ! これで、手詰まりっ、だろぉ!? 一手、足りなかった、ねぇ!!」
長い戦いで、クララも消耗しきっていた。
再び『光の鎧』を纏うには時間がかかり、その前に『終焉の魔女』は回復する。
今度こそ、詰み。『終焉の魔女』は、そう確信した。
そして、ほんの僅か、油断した。
だから。
「フランツィスカ様!」
クララの声が響いて。
「ええ!」
それに応じるフランツィスカの声が意味するところが、わからなかった。
意識と魔力の、一瞬の間隙。
そこを逃さず、フランツィスカが踏み込む。
フランツィスカは、感じていた。
己の内に、炎が宿ったことを。
『魔王』デニスに彼女の爆炎付与が通じていたのは、物理的な衝撃力によるもの、だけではなかった。
わざわざ敵の勘違いを訂正する必要もないから、しなかっただけで。
エルタウルス家には、一つの言い伝えがあった。
曰く、『火と火、二つの火が一つに合わされば、炎となる』と。
実際に、『炎』によるものとしか思えない功績を上げて、エルタウルス家は公爵の地位にまで登り詰めた。
そして、フランツィスカは実感した。
磨き上げた火の魔力と火の『精霊結晶』。
この二つが合わされば、一つ上の次元にいけるのだと。
そのことは、『魔王』との戦いで実証された。
ならば。
二つの炎が一つに合わさったのならば、どうなるのか。
『やがて光に至る炎』。
直感的に、その言葉が浮かんだ。
『炎』に至ったエルタウルス家の人間は、何人かはいた。
しかし、『光』に至れた人間は、一人もいない。
それは、何故か。
もう一つの炎とは、なんなのか。
その答えを、フランツィスカは得ていた。
『炎』は、自身の内にあった。ずっと、育ててきた。
エルタウルス家の人々は、実に貴族であった。
高潔で、自制的で、高貴なるものの責務をわきまえていた。
だから、至れなかった。炎を、生めなかった。育てられなかった。
だが、フランツィスカは違う。
彼女は。
『悪い子』なのだ。
心の中に燃え盛る熱情。
それこそが、もう一つの炎。
そのことを、光の魔力を持つクララも感じ取っていた。
だから、全力に見せかけた囮を買って出た。
そして、感じ取っていたのは、もう一人。
「『こんな時に嘘は吐かない』と言ったね」
今にも魔力が尽きそうな中、それでも必死に意地を張り仁王立ちしている少女。
言うまでもなく、ヘルミーナだ。
「あれは、嘘だよ」
ニヤリ、と唇を歪めて見せる。
誰よりも魔力に敏感で、フランツィスカの親友で。
そんな彼女が、気づかないはずがなかった。
そして、クララが気づいたことにも、気がついた。
だからあの瞬間、視線だけで二人は会話して。
こんな大博打に打って出たのだ。
そして、フランツィスカもまた、あれがフェイクだと気付いていた。
いや、こんな時だからこそ嘘を吐くのだと知っていた。
だから迷うことなく二人の後押しを受けて、意味を理解して、フランツィスカは走る。
確証はない。
本当に炎なのか。
合わさると、どうなるのか。
本当に、出来るのか。
そこに考えが至った瞬間、フランツィスカの迷いは消えた。
出来るかどうかではない。
やるのだ。
フランツィスカが愛する、彼女のように。
迷いを振り切り澄み渡ったフランツィスカの中で、炎が燃え上がる。
磨き上げた魔力の炎。
ずっと燃やし続けていた、心の炎。
二つの炎が合わさり、光となる。
そして、この世界では。
光となった恋する乙女は、無敵だ。
「返してもらうわよ! メルは、私のものなんだから!!」
とんでもない宣言をしながら、フランツィスカがメルツェデスの身体に抱き着く。
「……ざまぁ」
ついに力尽きて、立てた親指を下に向けながら崩れ落ちるヘルミーナの目の前で。
フランツィスカが、メルツェデスの唇を奪い。
合わさった唇越しに、強烈な光の魔力を注ぎ込んだ。
※ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
クライマックスに向けてラストスパート中、毎日更新できたらいいなぁ、の勢いで書いております!
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コミカライズ9話も公開されておりますので、皆さまどうかそちらも楽しんでいただけたら幸いでございます!




