『メルツェデス』。
ゲームではありえなかった、極大攻撃魔術を連発するラスボス。
それをゲームなどとっくに飛び越えたスキルと連携で凌ぎ、ラスボスへと迫るクララ達。
その光景を、メルツェデスはぼんやりとした顔で見ていた。
言うまでもなく、彼女の精神世界での話である。
外界の彼女、肉体の彼女は悪鬼羅刹すら怯えるような顔で暴れ狂っている。
その有様は、それこそゲーム『エタエレ』でのメルツェデスがしていた表情に近しいものがあった。
気の向くままに全てを破壊する、暴虐の権化。
ゲーム『エタエレ』の『メルツェデス』が、力を磨かずにいたから至ることの出来なかった境地。
そこに、『終焉の魔女』は至ってしまっているように思えてならない。
だから、彼女を討たんと迫る相手も王国の騎士達ではなく、それ以上の力を身につけたクララ達。
ある意味当然とも言える光景に、メルツェデスの中の何かが揺らぐ。
今まで見たこともないほど真剣で必死な表情。
決して退かず、必ず彼女を倒すのだと覚悟を決めた顔。
それは、もちろん『終焉の魔女』に向けられているものである。
そのはずだ。
……そのはず、なのだ。
だが、今のメルツェデスは、その光景を『終焉の魔女』の目を通して見ている。
自分へと向けられているかのごとくに。
ゆらり、頭の中で何かが揺れる。
彼女が今見ている光景が、重なる。
ゲームの中で『メルツェデス』が見ていた光景と。
そして、心情までも。
あの時、彼女は笑っていた。
心の底から湧き上がってきたものを、全力で叩きつけるかのごとく。
今わかった。
あれは、呪詛ではなかった。
恨みでも怒りでもなかった。
『悲しかったんだよ、『メルツェデス』は。壊したくても壊せなかった。
『光の聖女』によって妨げられた。周囲の人間も『聖女』の味方だった。
誰の協力も得られず、自身の力も足りず、数に押し負けた。
もう笑うしかなかったのさ』
唐突に、脳内で『終焉の魔女』の声が響く。
そうなのだろうか。
……そうだった、ような気もする。
悲しかった、そのことだけは確か、だったはず。
そう理解すると、今度はメルツェデスの視界が揺らぐ。
じわり、と何かが侵食してきたような感覚があって、それはすぐに消えた。
最初からそうであったかのように、自然に。
そしてまた外界へと目を向ければ……クララ達の顔が、敵にしか見えなくなった。
おかしい。
理性はそう告げている。
クララ達は、敵ではない。
ここまで共に研鑽を重ねてきた、そして『魔王』を倒すために団結した仲間だったではないか。
『あれが仲間に向ける顔に見えるかい?
あいつらにとっちゃ、あんたはもう『魔王』と同じかそれ以下の存在になっちまったのさ。
悲しいねぇ。また、さ。また、あんたは何も残せない。壊したくても壊せない』
ズキリ、と心の奥底が痛む。
誰の痛みだろう。
メルツェデスのものではない。そのはずだ。
ならばこれは、『メルツェデス』のものなのか。
いや、ならばこれは、自分の痛みなのではないか。
侵食されていく。
『メルツェデス』に。
彼女を通じて、『終焉の魔女』に。
『だがね、今なら違う。あたしを受け入れるんだ、『メルツェデス』。
あたしとあんたが一つになれば、あたしの力にあんたの腕前が乗れば、敵なんていやしない。
そうしたら出来るのさ。壊せるのさ、何もかもを。
この世界すら』
『魔女』の声に、『メルツェデス』が反応する。
……喜んで、いる?
少しずつ飲み込まれていくメルツェデスの意識には、そう思えた。
そしてそれが、メルツェデス自身の感覚に書き換えられていく、ような感覚。
『全てを壊し、世界までもを無に還す。それが、お前の望みだっただろう?』
そうだったのか。
納得しかけた、その時だった。
『違う!』
メルツェデスのそれよりは、若干幼い印象の声が響く。
今まで、精神世界の片隅に避難していた『彼女』。
プレヴァルゴの人間が持つ、破壊衝動が姿を成したもの。
メルツェデスの心の奥底にいる、同居人。
その『彼女』が、虚無のような闇に飲まれかかっていたメルツェデスへと抱き着いてきた。
途端に、メルツェデスの脳内へと溢れてくるイメージ。
近衛騎士団との模擬戦。
怪獣大戦争のようなあの一夜。
父、ガイウスとの真っ向勝負。
ジルベルト・スコピシオとの一騎打ち。
遡っていくように思い出していくそれらの記憶。
彼女は、その度に力を振るってきた。
それが意味しているのは。
「……そうよ。あの子は、悲しかったのよ。『メルツェデス』は悲しかった。
言葉が、通じなかったから。誰も、彼女の言葉を聞いてくれなかったから。誰も、応えてくれなかったから。
あの子は、声を聞いて欲しかった。それだけが望みだったのよ」
ぽつりと、メルツェデスが呟く。
そう、彼女にとって、力と力のぶつけ合いは、一種のコミュニケーションだったのだ。
強敵と書いて『とも』と読む。
少年漫画か何かのようだが、メルツェデスの根底にそれがないとはとても言えない。
そして、『メルツェデス』には拙い暴力しかなかった。
コミュニケーションへと昇華することが出来なかった。
磨かれることなく、稚拙なまま。
だから最期は、問答無用と一方的に数の力で摺りつぶされた。
空しく、悲しく、笑うしかなかったのだろう。
「……だから、わたくしがここにいる……?」
「だから、あんたが邪魔なのかぁぁぁ!!」
メルツェデスと、その思考を読んでいた『終焉の魔女』が、同時にたどり着いた。
『メルツェデス』を哀れと思った神か、それとも彼女自身がそう望んだか。
ともあれ、哀れな『メルツェデス』にもう一つの魂が組み込まれ、メルツェデスとなった。
そしてメルツェデスを守り切れなかったけれどもガイウスの心は折れず、いつまでも高い壁として立ちはだかり。
多くの友人達が、共に高め合う仲間となった。
強敵との戦いも、相手に敬意を払うことを忘れず、故に相手からも敬意を返され命を懸けた対話となった。
今のメルツェデスは、孤独ではないのだ。
ブチリ。
何かが割けた音がした、ような気がした。
『くっ!? まさかっ、『メルツェデス』もわかってなかったのか!?』
「そのようね。今ようやっと、わたくしの頭も心の底からすっきりしたもの」
狼狽える『終焉の魔女』へと答えるメルツェデスの声は、しみじみとしたもの。
あの日、前世の記憶を取り戻してからずっと心の底に抱えていたもやもや。
それに、やっと答えが出せたのだ。それも、恐らく前向きに捉えていいものとして。
そのことが。
「……嬉しい」
小さく、呟く。
それは、メルツェデスの声のはずだ。
だが、少し違った響きがあったようにも思える。
二人の、いや、三人の声が重なったような。
それが意味するところは、『終焉の魔女』にとっては致命的なもので。
『さ、させないよ! ここまできて、そんなことさせるものか!』
全力で、メルツェデス達の魂を塗りつぶそうと闇色の魔力が襲い掛かる。
いや、襲い掛かろうとした。
だがそこに。
闇を払うかのごとく、暖かな光が注ぎ込まれた。
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