終焉と、抗う者達。
※読み返してみると違和感があったので、前話の『終焉の魔女』の口調を改めております。
内容自体は大きく変わりませんが、ご了承いただければ幸いです。
「……皆、止まれ!」
メルツェデスへと向かって吶喊といっていい勢いで突き進んでいた面々を、ジークフリートが制止した。
言われて反射的に止まったのは、皆が皆、鍛えられているからだろうか。
そして彼らは、誰一人としてジークフリートを怪訝な目で見たりなどしない。
彼を信頼している、というのももちろんある。
それと同じくらいに、彼ら自身の感覚が磨かれていたのが大きい。
ぴくり。
微動だにしていなかったメルツェデスが、少しばかり動いた。
それだけで、彼らは理解した。
事態が進行した。
恐らく、悪い方向に。
その予感は、すぐに確信へと変わる。
「アハッ、アハハハハッ! あ~、や~っと繋がった。ほんっとやりにくいったらありゃしない」
メルツェデスの姿をした何かが、高笑いを上げた。
誰も聞いたことのない声音で。
もうそれだけでわかってしまう。
ここにいるのは、彼ら彼女らが知っているメルツェデスではないのだ、と。
「……貴様は何者だ? 貴様が、『終焉の魔女』か」
一同を代表して問いかけたのは、ジークフリート。
その周囲に、いつでも戦闘に入れるよう他の面々が展開する。
『終焉の魔女』とジークフリートを結ぶ直線の上、最も危険な場所にギュンター。
その両脇を固めるのは、光の鎧を纏ったクララと『水鏡の境地』を既に発動させたクリストファー。
そのすぐ後ろにフランツィスカが中衛として入り、ジークフリート、リヒターとヘルミーナという布陣。
後ろから来る伏兵はいない。そう確信しての配置。
そもそも、ここには他に誰もいない。存在出来ない。
この魔女の傍には。
誰何された魔女は、ニィと唇を釣り上げた。
「そんな名前を付けられてはいたねぇ。誰が付けたもんだが、なんとも御大層な名前だよ」
そう返されて、ジークフリートが一瞬言葉に詰まる。
『終焉』の冠名が大袈裟かと問われれば、首を縦には振れない。
事実、この魔女の周囲から終焉は始まっている。それが、広がってもいる。
まだ、致命的な崩壊を起こしていないだけで。
「お前は何を考えている? 何故、この世界を滅ぼそうだなどと!」
ジークフリートの心が揺らぎそうになる。
怒りへと。
だが、それはまずい。感情のままに振舞ってはいけない。
彼の理性と直感が、同時にそう告げている。
この『魔女』相手に、感情をぶつけても、何にもならない。
その直感は、すぐに裏付けられた。
「何故もなにも、それこそ何も御大層なことはないさ。あたしは食事をしているだけ。
そしたら勝手に世界が滅んでいく、それだけの話さぁ」
唇を歪ませる『魔女』の顔に、罪の意識は欠片もない。
厄介なことに、露悪的に振舞っている素振りもない。
『魔女』にとっては当たり前のことなのだ。
「あんたらだって、食事をするだろ?
食べる相手は、とっくに死んでるだろ?
植物だろうが動物だろうが、野菜と肉になった連中はさぁ。
あたしにとってはこの世界がそうだった、それだけのことだよ」
ただの食事なのだから。
その言葉に、ジークフリートの背筋が凍る。
ただの事実なのだから。
少なくともこの『魔女』にとっては、そうなのだ。
力んだところのない声に、そんな実感が生まれてしまった。
きっとそれは、他の面々にとってもそうだったのだろう。
気配が変わっていないのは、ヘルミーナくらいのものである。
それはそれでどうかと思わないでもないが。
そんな内心でのツッコミが、わずかばかりジークフリートに冷静さを呼び戻してくれた。
「そうか。……ちなみに、私達が肉を得るために狩る相手は、酷く抵抗するんだ。下手をすれば、こちらに死傷者が出るほどに」
「……ふぅん? 何が言いたいのさ?」
プレヴァルゴ程ではないが、ジークフリートとてそれなりに鍛えられている。
狐狩りどころか猪狩りや熊狩りに連れていかれ、魔獣でない獣でも侮れないことを目の当たりにしてきた。
であれば、今彼らがするべきことなどたった一つ。
「知れたこと。貴様に優雅なランチタイムなど訪れない。追い込まれた獣ほど恐ろしいものはないと思い知れ!」
ジークフリートが声を張り上げた瞬間、周囲で戦闘態勢を取っていた面々の空気が変わった。
悲壮感からくるひりついた緊張感ではなく、心の奥底から湧き上がってくる高揚感に包まれて。
ギュンターが崩れぬ盾であるのだとすれば、ジークフリートは折れず鼓舞する指揮官。
ゲーム『エタエレ』では存在していなかった能力が、ここに来て開花していく。
「結局追い込まれてるのは変わらないよねぇ! 『ギガンティック・グラビティ』!」
そして同じく、ゲームでは存在しなかった『終焉の魔女』が、ゲームではありえなかった攻撃を繰り出してくる。
『魔王』デニスが数ターンかけて使おうとした、『ギガンティック・グラビティ』。
それを、初手からぶちかましてきたのだ。
反則とも言える行為だったのだが。
「理よ、解けよ。『ディスペル』」
静かな声が響き、発動しかけた極大魔術が霧散した。
「……は?」
「ちっ、もやしやろーのくせに、生意気な」
呆気に取られたような『終焉の魔女』の声が漏れ、続いて心底嫌そうなヘルミーナの声が零れる。
そう、霧散させたのは、リヒターの魔術だった。
「……なんだ、これは? 僕は、何が見えている……?」
そして、当の本人がそのことに困惑している。
「『天の理』にでも触れたんじゃないの、忌々しい」
だから、最も正解に近いところにいたヘルミーナが苦々しい声で言う。
この世界の法則を全て定めていると仮定されている、『天の理』。
そこに至ることが出来る属性『天』は、風の上位属性ではないかと言われていた。
ついでに言えば、ゲーム『エタエレ』では登場していない設定でもあるのだが。
ヘルミーナにとっては忌々しいことに、それが実証出来てしまいそうなのだ、隣にいる婚約者のせいで。
もっとも、忌々しい思いをしているのはヘルミーナだけではないのだが。
「だったら、力でねじ伏せるだけさぁ!」
苛立ちを隠しもせず、『終焉の魔女』が突進を開始。
狙うはジークフリートとリヒター、つまり後衛組。
となれば当然、立ちはだかるのはこの男だ。
「させるかぁ!!」
盾を構えたギュンターが同じく突進、『終焉の魔女』とぶつかり合い、その勢いを止める。
止めた、はずだ。
「ぐぅぅ!!」
あまりの衝撃で、ギュンター本人は吹き飛ばされてしまったが。
「次は僕だ!」
すぐにクリストファーが割って入り、もう一度突進しようとしかけた『終焉の魔女』を押しとどめた。
「ひよっこのくせに、生意気なぁ!」
苛立ちを込めた『魔女』の一撃を、しかしクリストファーは必死ではあれども受け流しきる。
後何度出来るかと問われれば、答えられないが。
少なくとも、この一撃は捌ききった。
それだけが、事実だ。
「ひよこも斬れない腕で、吠えるなよ!」
叫び返したクリストファーの脳裏に、違和感がよぎる。
何かが、おかしい。
その違和感の正体を確かめる暇は、なかった。
「『ギガンティック・グラビティ』!」
間髪入れず。
クリストファーの煽りに応じることもなく。
リヒターがもう一度『ディスペル』を使えるだけの力を回復する間もなく。
闇の極大攻撃魔術が炸裂し、クリストファー達は吹き飛ばされた。
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