突き付けられたものは。
※読み返してみると違和感があったので、『終焉の魔女』の口調を改めております。
内容自体は大きく変わりませんが、ご了承いただければ幸いです。
ちょうどその頃。
メルツェデスは、困惑の渦中にあった。
「……これは、一体、どういうこと……?」
彼女が居るのは……居る、と認識しているその場所は、紫色の炎が吹き荒れる場所。
かつて、『水鏡の境地』に至るための修行をしていた際に訪れたそこと酷似している。
「けれど、違う。ここは、あの場所ではない……そう、よね?」
言いながら、後ろを振り返った。
そこに居たのは、メルツェデスとそっくりそのままな姿をした少女。
あの修行の際に対峙し、言ってしまえばねじ伏せた存在。
プレヴァルゴが……メルツェデスが内包していた暴力的衝動の象徴とも言える存在。
そんな彼女が、震えながら縮こまっていた。
「どうしたの? ……わたくしに怯えている、わけではない、わよね……?」
メルツェデスが問いかければ、『彼女』はこくこくと幼子のような仕草で幾度も頷き返す。
これ自体は、メルツェデスも半ば確信を持っての問いかけではあった。
あの時、互いに相容れぬ存在であるかのように向き合い、力をぶつけ合い、最後には決着した間柄。
それでいて、最後にはお互いを受け入れ、手を取り合って『水鏡の境地』へと踏み入れた、ある意味で戦友のような存在。
そんな『彼女』が、今更メルツェデスに怯えるはずもない。
であれば。
「この場所に、わたくし達以外の存在がいる。……そういうことね?」
納得したようにメルツェデスが視線を巡らせて。
すぐに、その存在を知覚した。
視覚ではない。聴覚でも嗅覚でもない。
だが、そこにそれがいる、と理解できた。
今まで潜り抜けてきた修羅場がもたらした第六感とでも言うべきだろうか。
メルツェデスが向けた視線の先、視覚は捉えきれないというのに、過たず『それ』が捉えられていた。
『……ほんっとなんなのあんた……まるであたしが見えてるみたいに……』
じっとりとした声が、響く。
一見落ち着いているようでいて、様々な感情も内包しているかのようなそれ。
怒りだとか嫉妬だとか、苛立ちだとか。
様々な、負の感情。ただ一つ、負であることだけが共通している。
感情の洪水とでも言うべきそれに晒されたが故に、『彼女』は萎縮してしまっているらしい。
「……可愛いところもあるのね」
『!?』
そうと理解したメルツェデスの口が零したのは、そんな言葉で。
当然聞こえた『彼女』は、思わぬ言葉に顔を真っ赤にしながらガバッとメルツェデスを振り仰いだ。
……やはり、可愛い。
メルツェデスの心は、この状況であっても揺らいではいなかった。
ただ残念なことに、『彼女』をひたすら愛でるわけにはいかない状況らしいこともわかってはいたのだが。
「無粋な邪魔者もいたものね。……いいえ、ずっと前からいたのでしょうけれど」
そう言いながらメルツェデスが視線を向けた先。
そこには、もう一人のメルツェデスがいた。
メルツェデスと同じ長い黒髪は、しかし深い闇を連想させるような色合い。
そしてメルツェデスとは違う黒の瞳は、さながら虚無へと繋がっているかのようで。
纏っているドレスは光を反射していないのか、存在すら怪しく思える。
似ているが、違う。
メルツェデスとは明らかに異質な存在だ。
そのはずだ。
だというのに、何故か懐かしさだとか親近感を感じてしまう。
『そう、いたわよ。あんたが生まれた時から、ひっそりと。
息を潜めて力を蓄えて、やっとその時がきたと目を覚ませば……今度はあんたみたいな馴染まない異物がいるじゃない。
なんなのあんた。あんたでありながらあんたじゃない! 『メルツェデス』はどこにいったのよ』
「……そう、そういうこと。わたくしはここにいるわ。『メルツェデス』は、ここにいる」
手に胸を当てながら凛とした口調で答えるメルツェデスの胸に、チリ、と痛みのような感覚が走る。
『メルツェデス』。
その指し示す人格が『悪役令嬢メルツェデス』のことであるならば、彼女はここにいない。
そのことは、わずかながらにずっと引きずっていることでもあった。
『そんなわけないでしょ。……『メルツェデス』は、そんなお利口さんじゃない。好き勝手に力を振るい、気まぐれで全てを破壊する、そんな愚か者。
だからあたしも力を貸してやってたのに……馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿しいバカバカしいバカバカしいバカバカシイバカバカシイ』
濁り淀む声に変わっていく様に顔をしかめながら、メルツェデスの胸に燻る痛みが強くなっていく。
この世界がゲームの世界だったとしたら、本来いるはずだった『メルツェデス』を塗りつぶしたのは、彼女だ。
いや、正確に言えば、彼女と『メルツェデス』は溶け合い融合したような状態ではある。
だが、未熟な人格だった『メルツェデス』と成熟した大人の人格である彼女であれば、どちらが勝つかなど火を見るよりも明らか。
だから今こうして、メルツェデスは落ち着いた態度で闇色のそれと対峙出来ているのではあるが。
そして何より、結果として世界にとってはこれが最良といってもいい状態になってはいるのだが。
『メルツェデス』という個人の存在としてはどうなのだろう。
そう思うことがなかった、わけでもなかった。
それでも。
この闇色の存在を肯定するわけにはいかなかった。
「気まぐれで破壊するだなんて、それこそ退屈だわ。子供のお遊びと同じじゃない」
『それの何が悪いの。遊びで壊せばいいのよ、こんなセカイ。
どうせクシャっと丸められて捨てられ消えていくだけなんだもの。だったらさっさと消してやるのがむしろ慈悲ってもんじゃない』
ああ。
ストン、とメルツェデスの中で何かが腑に落ちた。
この世界に感じていた違和感。
ゲームの世界とのずれ。それが生じて消えないこと。
何よりも、こんな存在が『メルツェデス』の中に存在していること。
彼女の知る限り、ゲーム『エタエレ』にこんな設定は、ない。
『悪役令嬢メルツェデス』の中に、真のラスボスのような存在がいる、など。
しかし、同時に納得もしてしまう。
『エタエレ』においては、特殊な条件を満たすことで友人ルートに入ったヘルミーナやフランツィスカを『魔王』との決戦の場に連れていくことができた。
ただ一人、主要キャラの中でメルツェデスだけ、連れていくことが出来ない。
それは、この設定の名残りだったのだろう。
つまりこの世界は、没となった、捨てられた世界。
『悪役令嬢メルツェデス』の中に真のラスボスがいる世界。
そして、今まさに滅びへと向かって走り始めた世界。
「っ、そんなことはっ、させないっ!」
理解したが故の動揺が、メルツェデスの声を荒げさせた。
それを聞いた闇色のそれが一瞬だけきょとんとした顔になり。
ついで、ニンマリと笑った。
『なぁんだ、そこにいたの。だったら、簡単じゃない!』
そう叫んだかと思えば、それのドレスの裾から闇色の触手が幾筋も走って。
「この程度っ……くっ!?」
回避しようとしたメルツェデスへと吸い込まれるような動きで曲がり、彼女を捉えた。
『無駄よ無駄無駄。あんたが上手く塗りつぶしていたからわからなかったけど、あんたの中に『メルツェデス』がいる。
だったら後はそこからあんたの中に入っていくだけの簡単なお仕事』
「なんっですって!?」
バックドア。
そんな単語が、メルツェデスの脳裏に浮かぶ。
ハッカーがシステムへ侵入するために仕掛けておく、裏口のようなもの。
この場合、メルツェデスの中にいる『悪役令嬢メルツェデス』が、本来ならばこの闇色の存在と一体化するはずだった人格がその役割を果たしてしまったのだ。
『~~!!』
さっきまで恐怖で萎縮していた『彼女』が、慌てて触手に取りつき、引きはがそうとする。
だが、そこにあるのが当たり前かのように馴染む触手を引きはがすことは出来ず。
「だめ! 離れて!」
『!?』
逆に『彼女』まで取り込まれそうになるのを見てメルツェデスが声を上げれば、慌てて『彼女』は離れた。
そうこうしているうちにも、触手はメルツェデスの奥深くへと侵入を続けていく。
『ウフ。ウフフフフ。
アハハッアハハハハハハ! つ~ながった』
闇色のそれ、『終焉の魔女』が、舌なめずりをしながら呟いた。




