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終焉と希望と。

 砂山を越えたフランツィスカ達が見たのは、また地獄のような光景だった。

 

 ありとあらゆる生命体がその生命力を吸い取られ切ったような、死の大地。

 まだその領域は、彼女らの視界に収まる程度ではあるけれども。

 これが王国全土、さらには大陸全てに及ぶのは時間の問題であるようにも思えた。


「……地面や岩なんかはそのままなのね」


 そんな悲惨な光景を目にして、フランツィスカが口にしたのは、酷く冷静な観察による発言だった。

 その隣を『ウォーター・キャタピラー』で移動するヘルミーナが、小さく頷いてみせる。


「そうだね。恐らくだけど、硬質化したものは分解するのに時間がかかるんじゃないかな。

 柔らかい部分に蓄えられた魔力は奪いやすいけれど、岩だとか樹木だとかの外殻として強固な形を得たものは、魔力変換するのに時間がかかるらしいのは既に研究でわかっているし」

「そんな研究までされてるのね……だめね、まだまだ私も精進が足りないわ」

「ここまでくると研究者の領域だから、フランがわかっていたりしたら、それはそれでどうかとは思うのだけど」


 ああ言えばこう言う。

 こんな光景を目の当たりにして、爆炎令嬢とマジキチ令嬢が交わす会話はいつもの声音のまま。

 その様子は、別の意味で男性陣の肝を冷やしていた。


「なあ、リヒター。ヘルミーナ嬢に恐怖というものはないのか?」

「残念ながら、ミーナが本気で怖がっている光景を見たことはないですから、否定はできません」


 恐る恐る問うジークフリートへと返すリヒターの返事は、どうにも平坦である。

 ヘルミーナの肝の太さ、あるいは傍若無人さを誰よりも知るのは、ほぼ間違いなくリヒターだろう。

 そんな彼でも、この光景でなお平然としている婚約者の姿は、表情がどこかに行く程の衝撃があるらしい。


「元来の性格もあるのでしょうが、今は使命感のようなものに突き動かされているようにも見えますなぁ。

 何よりも、隣にエルタウルス様がいらっしゃるのであれば千人力でしょうから!」


 そんな二人のやり取りの横から、ギュンターが口をはさむ。

 言われて彼女らを見れば、納得もしようというものだ。


「……なるほど。若干いつもより二人の距離が近いな」

「互いに寄り添うことで支えあえる。そんな友人を得られたことは、ミーナの人生にとって何よりの宝でしょう」


 ヘルミーナに聞こえないよう、リヒターが抑えた声で言う。

 ……若干、悔しさを滲ませながら。


 言うまでもなく、婚約者であるリヒターこそがヘルミーナと支え合いながら歩むべき存在だ。

 少なくとも、彼のサポートを得たヘルミーナが発揮する力は、それこそ山を貫く威力を発揮するほど。

 能力面であれば、リヒターこそがヘルミーナを支える存在ではあるのだろう。


 だが、精神面では……以前よりはましだが。まだまだ、彼女の一番ではないらしい。


「なるほど、リヒター様も男の子ということですな!」

「いきなり何を言い出してるんだギュンター!?」


 空気を読まないデリカシーに欠けた発言をするギュンター。

 ……だが、それで確実にリヒターは落ち込みかけていた気持ちを立て直した。

 こういうところだよな、とジークフリートは思う。

 基本的には控えているくせに、ここぞという時で無遠慮。

 そしてそれは、大体の場合に効果的である。そんな男なのだ、ギュンターは。

 彼の立場だからこそ許される振る舞いではあるが。どこまでわかっていてやっているのか、一度聞いてみたくもなってしまう。

 ただそれは、きっと今ではないのだろう。


「いいじゃないか、婚約者の一番になりたいと思うのは、健全なことだろう?」

「殿下まで何をおっしゃってるんですか!? 僕は、その……」


 そこまで言って、リヒターは言いよどむ。

 何とか言い逃れたい気持ちはあれど、彼の性格では嘘で言い逃れることもできない。

 結局、黙るしかできず。


「……ですって」

「……知らない」


 流石にそこまで声を張り上げれば、フランツィスカ達にも聞こえてしまう。

 からかわれたヘルミーナは、素っ気なく返すのだが。……若干だけ、ほんのわずかだけ、耳が赤いように見えなくもない。


「青春ですねぇ」

「……あの、クリストファー様、私達より一つ下ですよね……?」


 若干傍観者的立場になっているクリストファーとクララがそんな会話をしてしまうくらい、その光景は青春であった。

 こんな、地獄のような灰色の世界であっても。

 それだけ、彼らはいまだに生命力も精神力も保っていた。

 ただ一つの目的のために。


「……近い」

 

 ヘルミーナがそう呟いた瞬間、全員の顔が引き締まり、つい先ほどまでの空気は一瞬で霧散した。

 そして、彼女に遅れることそれぞれにしばし。

 異様な気配を全員が感じ取った。


「……なんだこれは? どんどん坂道の傾斜がきつくなっていくような感覚は」

「そのままだと思う。『魔力傾斜』が大きくなっていってる。あれが魔力を吸い上げるほどに、どんどんと。

 もしも一日放置してたら、それこそ世界丸ごと飲み込みかねない勢いだね、これは」

 

 緊張感が増したリヒターの声に答えるヘルミーナの言葉は、喜びに似た色が浮かぶ。

 『魔力傾斜』論における新説、もしくはそれを強化する傍証が得られる。

 それは研究者肌であるヘルミーナにとっては何よりの喜びだった。


 もしもこの場にメルツェデスがいたら、こう考えただろう。

 ブラックホールに似ている、と、

 魔力が物質の根源なのであれば、それが極端に集まれば重力を生じる。

 そしてその重力が一定のラインを越えれば、周囲の存在を引き寄せて飲み込み、自身の質量を増してさらに重力を増していく。

 今の『魔力傾斜』は、その現象に酷似していた。


「……ありとあらゆるものが引き込まれていきそうなのに、光だけは違うみたいですね」


 ぽつりと、クララが呟く。

 言われて、一同が改めてよく見れば、確かにそう思える。

 もしも光まで飲み込まれているのならば、そもそも今ある光景がはっきりとは見えていないはずだ。

 そう理解できてしまうくらいに、彼らの知能は鍛えられていた。


「もしかして、これも先生方があれだけしごいてくれたおかげなのか?」

「否定できませんね……ベルモンド先生はじめ、皆さん本当にスパルタでしたし」


 ジークフリートが言えば、リヒターが疲れた口調で零す。

 例えば数学のベルモンド教師など、理想家で理論家でありながら、実践的な視点も持っている人物だった。

 観察すること。見るだけでなく、音も時間も感じ取ること。

 そうすることによって見える世界があるのだと、実感の籠った言葉で言っていたものだ。


「もう一度ベルモンド先生の話を聞きたくなったな」

「聞きに行きましょう。聞きにいけます。これから、何度だって」


 そんなやりとりで、己の心を何気なく奮い立たせる。

 そうでもしないと、すぐに心が折れてしまいそうな景色がそこにある。


「……そうだな、是非とも議論を重ねたいところだ」


 全てが死に絶え、抜け殻となってしまったような世界。

 その中心に、彼女がいた。


「メル!」


 それを眼にした瞬間、フランツィスカが声を上げる。

 ……だが、それに彼女は応えない。

 微動だに、しない。


「……これは、どういうことだ?」

「絶望的じゃないってこと」


 リヒターの呟きに、ヘルミーナが端的に答えた。

 その意味するところは。


「まだ、メルと『終焉の魔女』は馴染みきっていない。引きはがせる可能性は、失われていない」


 誰よりも魔力の感知に秀でたヘルミーナ。

 彼女がそう言う意味は。


 理解した瞬間、全員が駆け出した。


 まだ、引きはがせる。

 

 メルツェデスの肉体を滅ぼさなくても済むかも知れない。


 わずかな希望を現実のものとするため。

 彼女らは自らの身など顧みることなく吶喊した。


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