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絆。

 いや。


 雪崩を打って落ちてくる土砂に押しつぶされそうになった、のだが。


「ミーナ、あれを使う! 好きにぶちかませ、僕が合わせる!」

「うるさい、お前が指示出すな」


 リヒターの声にヘルミーナが不機嫌そうに応じるも、すぐに詠唱を始めた。

 彼女とてわかっているのだ、今はそれしかない、と。


「来たれ暴虐の嵐。『アイス・ストーム』」


 ヘルミーナが魔力を解放すれば、吹き荒れるは氷塊が狂い踊る嵐の宴が顕現する。

 暴虐と呼ぶにふさわしい威力で天井へと向かって放たれたそれは、しかし好きに暴れるが故に土砂を払うことだけにエネルギーが使われない、はずだった。


「巻き起これ、破滅の旋風!『ヴォルティック・トルネード』!」


 わずかに遅れてリヒターが発動出せた魔術が、ヘルミーナの『アイス・ストーム』を巻き取り、その威力に指向性を持たせた。

 広範囲に壊滅的な破壊を撒き散らすはずだった氷の嵐は巻き上がり、質量と鋭さを持った竜巻として天井を、土砂をくり抜いて上っていく。

 崩れゆく周囲の音をすらかき消すような、甲高い耳障りな音が延々と鳴り響き。

 ……やがて、嵐の音しか聞こえなくなった。


「……空が、見えた……?」


 呆然とした顔で、クララが呟く。

 今まさに、洞窟の崩壊とともに暗い地の底で潰れ果てることを覚悟した矢先。

 その絶望感は、物理でもって取り払われた。厳密には質量、力学によってだが。

 頭はそのことを理解しようとするのだが、心がそれを拒絶している。

 なぜならば。


「うそでしょ……魔術で山を、くり抜いちゃったって……姉さん並みに無茶苦茶だ……」


 クリストファーが言うように、普通は出来ることではないからだ。

 魔術による攻撃は、地属性を除けば質量を伴わないものが多い。

 そして『アイス・ストーム』は、例外的に質量が多少は伴われる攻撃魔術ではある。

 だが、岩を砕いたり土砂を吹き飛ばすような質量はない。普通は。


「ふ、流石私。ここまでの威力を出せるとは、自分でもドン引き」

「まったくだ、いくら『精霊結晶』があるとはいえ……」


 ドン引きと言いながら胸を張ってドヤ顔なヘルミーナと、精も根も尽き果てたようなリヒター。

 けた外れの魔力を持つヘルミーナの『アイス・ストーム』は、『精霊結晶』によって増幅されたことにより、嵐の中を飛び交う氷塊の大きさは普段の数倍にもなっていた。

 その膨大な質量となった氷の嵐をリヒターが同じく『精霊結晶』の補助を受けて竜巻で巻き取り、上方向へと向けて制御。

 その結果、洞窟の天井から山肌までをトンネル状に撃ち抜く、という最早人間の領域にない威力を発揮してしまったわけだ。

 おかげで、ジークフリート達に降り注ぐはずだった土砂は全て吹き飛ばされ、彼らは生き埋めを免れた。


「おかげで助かったのだから、文句も何も言えないが……」

「全くです、いくら地の『精霊結晶』があるといえども、私の魔力でこの人数をお守りするのは厳しいものがありましたから」


 ぼやくジークフリートへと応じるギュンターの声にも、いつものような張りがない。

 それもまた、仕方のないことではあるが。


「……とんでもなさすぎたおかげで、頭が冷えてくれたけれど。……あれは一体、なんだったの……?」

「『終焉の魔女』、とデニスは言っていましたね……」


 メルツェデスが豹変したショックで我を失っていたフランツィスカが、まだ力の戻らない声で誰にともなく問えば、クララがそれに言葉を添える。

 もちろん、その問いに対する答えを持ち合わせている者などここにはいない。

 答えは、だが。


「もしかしたら、という心当たりがあります」


 そう切り出したのは、よもやのクリストファーだった。

 一斉に集まる視線を受けた彼の表情は、暗い。


「あのように際限なく魔力を食らい尽くす魔物の存在を聞いたことがあります。……水の精霊様から」


 その発言に、一同は驚き。

 語られた逸話で、更に驚きを深めた。

 

 かつて、水の精霊すらその存在を危うくさせられた、周囲の魔力を取り込む魔物。

 その魔物を倒したからこそ、今のプレヴァルゴと『水鏡の境地』がある。

 冬山でクリストファーが聞いた逸話は、もちろん一同初耳の話であった。


「なるほど、それで合点がいった。その経験を踏まえて、精霊達も対抗できるようにと準備していたのだと思う」

「『精霊結晶』が結界の役割を果たしてくれたのは、それか。しかしミーナ、結界に使えるとよく気が付いたな?」

「え、『精霊結晶』が教えてくれたのだけど。……もしかしてその顔、皆は『精霊結晶』の声が聞こえてない?」


 リヒターの問いに答えた後、ヘルミーナは不思議そうな顔で全員の顔を見回す。

 返ってくるのは、呆れたような顔か小さく首を横に振る仕草か。

 少なくとも、彼女に同意を示す者は、一人もいない。


 そんな空気を断ち切るように、ジークフリートがコホンと小さく咳ばらいをした。


「それに関しては、一旦置いておくとして。当時のプレヴァルゴ家当主は、どうやってあんな化け物を退治したんだ?」

「どうも、単純に物理でだったようです」


 問われて答えたクリストファーへと向けられるのは、驚愕だったり畏怖だったりと、様々。

 だが共通しているのは一つ。『プレヴァルゴって……』という気持ちである。

 そのことを察したクリストファーが、大きく手を振って何かを否定した。


「ま、まってください、聞いた話では、あそこまで無茶苦茶な吸収をする存在ではなかったはずなんです! ……大きさは小山ほどもあったそうですが……」

「うん、結局とんでもない化け物だということには変わりがないわけだが」


 申し開きをしても、向けられる視線は変わらない。

 そもそも、この場合『化け物』という言葉はどちらを指すのか。ジークフリートは語らない。

 ジークフリートの人でない何かを見るような目に耐えられず、クリストファーは更なる言葉を重ねた。


「し、しかしそれ以降は同種の魔物と見るやプレヴァルゴの当主達が駆除していたそうなんです! 大きさも大したことなく、一人で倒せる程度だったと!」

「……うん? クリストファー、君はその魔物を見たことがないのか? ガイウス殿なら、これも訓練だとか言って君も連れて行きそうなものだが」


 ふと気になったジークフリートが問う。

 そう、確かにクリストファーの弁明は、大体伝聞によるもの。

 そして、クリストファーも首を縦に振って頷いてみせた。


「はい、残念ながらと言いますか、なんと言いますか……ここ十数年ほどは出現していないそうでして……え?」


 そこまで説明したクリストファーの背筋に、冷たいものが走った。

 その表情を見て、一同も同じ仮説が閃く。閃いて、しまった。


「まさか……その十数年って、十六年だとか十七年だとか……?」

「正確には、わかりません。わかりません、が……」


 フランツィスカが口にした言葉を、クリストファーは否定できない。

 精霊から正確な年数を聞いていないのは事実だからだ。

 しかしもう一つ、確かな事実もある。


「……姉も、そんな魔物は見たことが、ありません」


 その言葉を受けて、一同に沈黙が落ちる。

 確たる証拠はない。

 だが、状況証拠だけなら十分だ。


「つまり、その魔物は、どうやってか生まれたばかりのメルツェデス嬢に取りつき、その体内で密かに力を蓄えていた。

 恐らく闇属性なのであろう奴は、そのすぐ近くで『魔王』が倒され、解放された膨大な闇の魔力を吸収し、一気に活性化した、というところか……」

「おおよそはその通りだろうね。それなら、水の精霊が言った『器が耐えられぬ』という言葉の意味もわかる。

 いくらメルでも、あんな存在がいるところに『精霊結晶』まで受け入れたら、キャパオーバーにもなるよ」


 リヒターの言葉に珍しく素直に同意したヘルミーナが、そこまで口にしてから言葉を切り。

 それから、ぐしゃりと手で自身の髪を乱暴にかき乱した。


「……しくった。完全に、私の見当が外れてた……」


 痛恨としか言いようのない失態に、流石のヘルミーナも悔恨が溢れてくるのを抑えられない。

 だが、それも仕方のないこと。

 メルツェデスすら、この展開は予期できなかったのだから。


「ミーナ、あくまでも仮説の段階よ。もしも『魔王』を倒すことだけがあの魔物が正体を現す条件だったとしたら……もしもミーナが異常に気付いて、メルが王都に残ることになっていたら……あれが、王都に出現したとしたら。今頃、大惨事になっていたところだわ」

「それは……そう、だけど……」


 フランツィスカの慰めに、ヘルミーナも不承不承頷く。

 確かに、『魔王』という存在が倒されることが発現条件だった場合。

 その時メルツェデスが王都にいたら、王都は死の都と化していたことだろう。

 もしもそうなったら……あの優しい親友の魂は、その罪の重さに耐えきれないに違いない。


「本当の最悪は、避けられた、か。しかし何故、精霊様はこんな大事なことを教えてくれなかったんだろう」


 少しだけ持ち直したらしいヘルミーナを見てわずかばかり安堵したリヒターが、ふと気づいた疑問を口にする。

 それに答えたのは、それこそヘルミーナだった。


「それはわかる。精霊がこのことを口にすれば、事象が確定してしまうから。精霊の言葉には、それだけの力がある」


 ヘルミーナ曰く、言葉には力がある。

 人間が唱える呪文程度でも魔術のような現象を引き起こせるのだ、精霊の言葉となればどれだけのことが起こせるものか。

 そのことに気づいていたからこそ、ヘルミーナは詠唱の研究に没頭していた。

 そして、だから水の精霊がためらい、確定しないラインでしか言葉を発せなかったことも理解してしまった。


「あの場で水の精霊がこのことを口にすれば、メルが『終焉の魔女』であることが確定してしまったはず。そうしたら、最悪『魔王』を倒さなくても『終焉の魔女』が出現していた可能性すらあった。だから水の精霊は、ぼんやりとした言い方しか出来なかったんだと思う」

「なるほど、筋は通るな……」


 呟くような声で相槌を打ったリヒターは、天を仰いだ。

 確かにあの時確定はしなかった。

 だが、どうすればいいのかも示されなかった。

 どう足掻いても『終焉の魔女』が出現した可能性は捨てきれず、やるせない思いが溢れそうになってくる。

 だが、今は感情に翻弄されている場合ではない、とも思う。


「……クリストファー、水の精霊様は、その魔物を退治する方法などは教えてくれなかったのか?」


 次にどうすべきか。それを考えねばならない。

 だから情報を持っているであろうクリストファーに聞いたのは当然の流れではあった。


 ……だが、残酷なことでもあった。


 クリストファーは、すぐに答えることができなかった。

 数秒か、一分か。どれくらいかの時間が流れた後に、クリストファーが口を開く。


「……肉体を破壊すること。そうすれば、霧散するように消えたそうです」


 再び、沈黙が落ちた。

 それは、つまり。

 誰も、その先を口にすることが出来ない。


 だから。


「そう、わかったわ」


 フランツィスカはそれだけを言って、踵を返した。

 山が崩壊し、砂山と化した斜面に足を踏み入れ、ぐっと力を入れる。

 一歩、また一歩。彼女は歩を進める。砂山の向こう。その先には。


「まってフラン、どうするつもり?」

「どうもこうもないわ。メルのとこにいって、一発ぶん殴ってあげるつもり」


 ヘルミーナから声をかけられて、振り返ったフランツィスカは晴れやかに笑った。

 明らかに、その顔で言うようなことではない物騒な物言いで。


「私、言ったのよ。メルは乗っ取られたりなんかしないって。だから、一発ぶん殴ってあの『魔女』を動揺させるの。

 そうしたらきっと、メルは戻ってくると思うわ」


 無茶苦茶である。

 全く論理的ではない、脳筋としか言えない発言。

 だがそれに、くすりとヘルミーナが笑いを漏らした。


「な、なるほど、メルならそれもありえる。……だったら私も行く。親友が親友を殴るなんて珍しい場面、二度と見られないだろうし」

「あら、だったら観客席になんて座らせないわよ? ミーナも一緒に殴ってもらうんだから」

「むう、私は肉体労働なんてしない主義なのだけど。まあ、たまにはいいか」


 そう言いながら、ヘルミーナは『ウォーター・キャタピラー』を発動させ、水のキャタピラーで砂山を上り、フランツィスカに追いつく。


「まってください! だったら、僕も行きます! いや、僕じゃないと姉さんは殴れません!」


 そんな二人へと、クリストファーが駆け寄った。

 彼の脳裏に蘇る、水の精霊の言葉。


 『そなたは強くならねばならぬ。姉上に並ぶ程に』


 その意味は、きっとこれだ。

 まだまだ姉には遠く及ばないが、しかし今並ばねば、永遠にその時は来ない。

 ならば、今がその時だ。やれるかやれないかではない。やるのだ。並ぶのだ。

 決然とした顔で、クリストファーがフランツィスカ達に並ぶ。


「私も行きます! メルツェデス様と一緒に帰らなければ、エレーナ様に泣かれてしまいます! 闇属性相手なら、私が何か出来るかもしれませんし!」


 さらには、クララまで続いて駆け出した。

 そうなれば、当然のこと。


「君達、私を置いていかないでくれないか?」

 

 ジークフリートも、同じく砂山へと足をかけた。

 だが流石にそれは、フランツィスカ達も止めようとするのだが。


「今ここに、私達以外には誰もいない。であれば、ここで何が起こったかは、私の報告で決まる。私が、決められる。

 『終焉の魔女』なんて存在をなかったことにも出来るわけだ。お買い得だと思わないかい?」


 そう言いながら見せたジークフリートの笑みは……なんとも、国王クラレンスのそれに似ていて。

 なるほど、血の繋がっている親子なのだなと妙な納得もしてしまう。


「ギュンター、それからリヒター、君達は」

「ならば私もお供しなければなりませんな!」


 何か指示を出そうとしたジークフリートの言葉を、ギュンターが勢いよく遮った。

 先ほどまで消沈していた彼は、もうどこにもいない。

 主が覚悟を決めたのだ、同じく覚悟を決めなければ、彼の騎士道に反する。


 そして、ギュンターのすぐ後ろにリヒターもついてきている。


「水臭いことは言いっこなしですよ、殿下。そもそも、ミーナも殿下も行くなら、そこは僕も行く場所になっちゃうんですから」


 優等生だった彼が見せる、悪戯小僧のような笑み。

 それは、なんともジークフリートにはおかしくてたまらなかった。


「わかった、私が悪かった! 行こう、二人とも。

 いや、行こう、皆!」


 楽し気にジークフリートが声を張れば、皆がそれぞれに頷いて返す。

 

 こうして彼らは、力強い足取りで砂山を登り切った。


 目指すは、『終焉の魔女』と化したメルツェデスの居場所。

 それは、遠くからでも見て取れる。

 魔力が流れこみ落ちていくそこは、暗雲が垂れ込めていた。

※コミカライズ単行本1巻が7月5日に発売されます!

 書影はまだ出ておりませんが、Amazonさんなどではもう予約も出来るようです!

 

 正直なところ、データチェックでまとめ読みしたんですが、まとめて読むと一層おもしろいです!

 え、こんなに話の密度濃かったっけ?? と原作者が思ってしまう程に!


 是非ともご購入いただいて、この濃さを味わっていただけたら!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 原作には無い事態に対し、最も原作から離れたフランが率先して立ち上がる。 此処から先はゲームではないという感じが良いですね。 [気になる点] この事態にエレーナもハンナも居ない……精霊結晶と…
2024/06/15 18:51 メイフラワー
[一言] 王道RPGの一場面を見ているかのようだ…… あれこれ原作何ゲーだったっけw
[良い点] 絆……ネクサス!諦めるな! フランの気負いのなさがとても素敵です。
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