そして、ある物語の終わりに。
揺るがせないといっても、持久戦に持ち込めば。
デニスがそう考えたのも無理はない。
ラスボスにふさわしいだけの生命力と回復能力を持つ『魔王』の継戦能力は、間違いなく桁外れのものである。
いくらヘルミーナの魔力が無尽蔵に見えても、さらに水の『精霊結晶』の補助があるといっても、デニスの方が上であるはずだ。
……そのはずだ。
ギュンターとクリストファーの回復具合を見ていると、とてもそうは思えないが。
揺らぎそうになる自分をデニスは必死に立て直そうとする。
しかし、それは成し得ない。
元々彼には実戦経験がほとんどない。
だから、計算通りにいかなかった時の対応がどうにも弱い。
まして自分の命が危うい状況などほとんどなかったのだから、なおのこと。
揺らぎに揺らぐ彼をさらに追いつめるのが、クララ達の攻撃だった。
「いきますっ! 上上下下左右左右!!」
『なんだその某コマンド!? ぐぁっ、ちょっ、うわぁ!?」
『聖騎士』たる光の鎧をまとったクララが、同じく戦闘用の長い杖に魔力を纏わせて形成した光の槍を振るってデニスを追い立てる。
言うまでもなく、光属性の攻撃は『魔王』に対して特効。
しかもそれが、詠唱に時間がかかる攻撃魔術ではなくスピード重視の物理攻撃に乗せられるのだからたまらない。
その上、彼女の攻めはプレヴァルゴの教官仕込み。
上に下に、左に右にと攻撃を振り分けていくため、デニスの目は追いつかない。
正確に言えば、『魔王』の眼球は動き、視界は捉えている。
けれど、デニスの思考速度が追い付かない。
脳が、視界に映る映像を処理しきれない。
結果、見えた動きに対して脊髄反射的に防御することしか出来ず。
そのことを理解したクララの攻撃が、次々とはまっていく。
もちろん、それだけではない。
「『フレイムランス』!」
『ぐぁぁ!? おまっ、ヒーローがそんな後ろからっ!? 恥ずかしくねぇのかよ!?』
ジークフリートの攻撃魔術が直撃し、『魔王』デニスが悲鳴のような声を上げる。
挑発とも取れる言葉を発してなんとか舌戦にもちこむ、あるいはジークフリートを前に引っ張り出す。
そんなことを狙ってのことだったが、それはあまりにもあっさりと、不発に終わった。
「私は、ヒーローなどではない! この国の王子であり、この場の責任者であり、指揮官だ!
であれば、私が倒されるなどあってはならないこと! 倒れないことが私の義務であり、誇りだ!」
『畜生、プライドとかないのかよ、そんな正論で殴りやがってえぇぇぇ!! ロジハラだロジハラ!!』
言い募るデニスだが、しかしジークフリートは揺るがない。
ロジハラという言葉の意味がわからなかったのもあるが、何よりも、デニスが言ったようにそれが正論であるからだ。
「己一人でなんとか出来るなどと思うようなものがお前の言うプライドならば、そんなものは必要ない!
私は知っている。私一人の力など、大したことはない。
だが、皆の力を合わせれば、大きなことを成せる! そして私には、その力を纏める立場がある!」
もしもリヒターやギュンターに余裕があれば、訂正を入れたことだろう。
立場だけではない。その能力がある、と。
『魔獣討伐訓練』やプレヴァルゴ騎士団との模擬戦を経て、ジークフリートには指揮官としての経験と自信が養われてきていた。
言うまでもなく、『魔獣討伐訓練』で大した被害がなく、常に安定した戦闘能力を維持できていたのは、ジークフリートの采配に拠るところが大きい。
そして、負けはしたけれどもプレヴァルゴ騎士団相手に善戦できたのも、間違いなく彼がいたからだ。
逆に言えば、もしも彼が失われたとしたら。
そのことにも、ジークフリートは自覚的だった。
「私が死ぬ時は、皆が、この国が死ぬ時だ! だから私は、私の命を惜しむ!」
『このっ、屁理屈をぉぉ!!』
ジークフリートの宣言に、デニスはそれだけしか言い返せない。
理屈では、全く崩せない。
感情面でも、覚悟を決めてある種の開き直りを見せているジークフリートには通じないだろう。
最早デニスには悪態を吐くくらいしか許されず。
「隙あり!」
それすらも、許されなくなってきた。
ジークフリートに意識を持っていかれていたデニスの脇腹をフランツィスカの一撃が抉る。
……文字通り抉り取られかねない衝撃力に、デニスは思わず後ろに跳び退った。
『どぅおわぁぁぁ!? おまっ、なんだそりゃ!? 知らねぇぞ、そんなエンチャント!?』
「それはそうでしょう、私が開発した、オリジナルなのだから!」
デニスの顔に、明らかな焦りが浮かぶ。
想定外のことが起こり続けていたところに、更なる想定外が襲ってきたからだ。
『くっそ、痛ってぇ! なんだそりゃ、なんでそんなおかしな威力なんだ!? ……爆発か!? 爆発の衝撃波か!?』
慌てて頭を回したところで出てきた答え。
それは、彼の感覚的にも理解できることだった。
先の『魔獣討伐訓練』において、『絶魔』の効力を身にまとったウェアウルフを翻弄した、魔術そのものの効果でなく副次効果でダメージを与え追いつめたことがあった。
その発案自体は、ヘルミーナとリヒターによるもの。
だが、実はメルツェデスも可能性としては考えており、そしてデニスも覚えがあった。
前世での漫画かアニメかで、そんなシーンを見たことがあったような、そんな記憶。
だから理解は出来た。だが、発想はなかった。
この世界に向き合っていなかったツケが、思わぬ形で回ってきたのだ。
「敵に対して答え合わせをしてあげるほど、私は甘くなくってよ!」
『なっ、それがお約束ってもんだろがよぉ!?』
「仮にそんなお約束があったとして、何故私が従わなくてはならないのかしら!」
『それはっ、お前らがっ、ゲームの登場人物でっ! 決まりきった……決まり、きった……?」
デニスが、揺らぐ。
もう何度目かはわからないが。
確実に、今まで以上に。
おかしいとは思っていた。
こうしてジークフリート達と対面してからは、更に違和感は増していた。
そこに、とどめが刺されたような感覚。
「こっちは決まりきっただとかお約束だとかを軽々飛び越えていく親友の隣に立たないといけないのよ、この程度、まだまだ序の口だわ!」
『は? 親友? フランツィスカの?』
思わぬ言葉が、更にデニスの困惑を深めていく。
そんな設定は、なかった。
ゲームにおけるフランツィスカは、孤高の存在。
取り巻きこそいたものの、親友と言えるような対等の存在など設定されていなかった。
だが彼女は、『親友』と胸を張って言い切った。
……無駄にいい『魔王』の視界が、ドヤ顔をしているヘルミーナを捉えた。
『そういうことか!?』と、『まさか!?』が同時に駆け巡る。
『まさかお前、ヘルミーナが親友だとでも!?』
「ええそうよ、ミーナは私のかけがえのない親友よ!」
想定していた親友とは違う。
しかし、ヘルミーナが親友であることも事実であり、今この場においてはそう思わせておくのが効果的だとフランツィスカの頭は導き出し、身に着けていた淑女の振る舞いが、演技を演技と見せない。
「嘘つき。メルのこと考えてたくせに」
「そっ、それは言わないで頂戴!?」
だが、残念ながらヘルミーナには見透かされていた。
焦りながら答えたフランツィスカの攻めが、さすがにわずかばかり甘くなる。
これがチャンスだ、とデニスの脳裏に『魔王』の思考がささやきかけた。
『じゃれついてんじゃねぇぞ、くそったれ!! これでも、くらいやがれ!』
瞬く間もなく、魔力が練り上げられる。
これは、いわば『魔王』の超必殺技。
ある程度以上のターン数を越えて、魔力を練る時間があって初めて発動できるという、使い勝手があまりよくない技ではある。
だが、ここまで耐えきったデニスからすれば、千載一遇のチャンスでもあった。
だから彼は、凶悪で得意げな顔になりながら、声を張り上げる。
『いくぞぉぉぉ!! 『ギガンティックぐもぉ!?』
いや、張り上げようとした。
だが、出来なかった。
デニスの口に、氷の槍が叩き込まれている。
「うん、何か企んでるとは思ってた。魔力の流れが不自然だったから。
切り札なら、もっと気づかれないように切らないと。私達相手に、それは通らない」
言うまでもなく、ヘルミーナだ。
『魔王』デニスが掴んだ一瞬の余裕は、同時にギュンターの余裕でもあった。
そして、一瞬だけあれば、無詠唱で『アイスランス』の一本くらい叩き込める。
そう、ヘルミーナならば。
「ざまぁ」
それはもう得意げな顔のヘルミーナが、右手の親指を立て。
くいっと下に向けた。
「ここ!」
「今だ!」
フランツィスカの爆発する刃が、ジークフリートの炎が、『魔王』に叩きこまれ、その動きを縛り。
「これで終わりです! 闇の深奥から現れた『魔王』よ、我が光をもって滅びよ!!」
クララが全力で光の槍を、突きこんだ。
それは、過たず『魔王』の『核』を捉え。
『グワァァァァァ!?』
『魔王』デニスが、断末魔の雄たけびを上げる。
ついに、クララ達は成し遂げた。
ついに、『魔王』が滅ぶ。
その衝撃は強烈で。
ミシリ、と世界が歪んだような感覚すらあった。




