『魔王』の計算違い。
こうして、イレギュラーな存在となったメルツェデスが、同じくイレギュラーだったレオを排除していたその頃。
己の身体に『魔王』を降臨させ、その身体と精神を乗っ取ったデニスは、苦境に追い込まれていた。
決して、彼の狙いが悪かったわけではなかった。
ゲーム『エタエレ』の戦闘システムを作る際に、彼は『魔王』の戦闘ルーチンを大幅にナーフする指示を出されたという経験がある。
いくらRPG部分の出来がよかったとはいえ、元々『エタエレ』は乙女ゲーム。
ラスボスの『魔王』がヒロイン達を圧倒してはいけないのだ。
彼は、それが許せなかった。
与えられた設定からくみ上げた、『魔王』のデータ。
それらを駆使してヒロイン達を追いつめられるような思考ルーティンまで作成した。
だがその思考ルーティンは、リテイクを食らった。
テストプレイをした女性社員の大半が、手も足も出なかったからだ。
『当たり前だろ、最強の魔王を作ったんだから!』
と主張する彼に向けられた視線は、冷たかった。
プレイ動画を見たプロデューサーが彼に問う。
『君さ、TRPGのマスターしたことある?』
『は? あんな時間ばっかかかるアナログゲーム、するわけねーだろ』
『そう、なるほどね』
そのやり取りが決定打となって、思考ルーティンはリテイク決定。
結果として、ピンチになりつつも全滅はしない絶妙のタイミングで大技を打ってくるだとか、スリリングではあるもののヒロイン側がかなりの高確率で勝つことが出来る、というユーザー側が楽しめるバランスに落ち着いたわけだが。
デニスは、そのことが不満でならなかった。
彼は、生粋のゲーマーだった。アナログゲームはやらなかったが。
コンピューターゲームをやりこみ、ハイスコアを達成するだとか、縛りプレイでラスボスを倒すだとか、そういう遊び方に喜びを見出すタイプであった。
当然、大体一人プレイだ。他人と協力するゲームを楽しんだことなど、皆無と言っていい。
彼にとって他人は、敵か足手まといかのどちらかだった。
つまり、相手が楽しいかなど関係なく踏みにじる存在か、彼のしたいプレイのために利用する存在かのどちらかだったのだ。
そんな彼が、『俺が『魔王』を一番上手く使えるんだ!』と思ってしまったのも無理はない。
そして実際のところ、一番かはともかく、上手く使えたのも事実だった。
有り余る生命力に膨大な魔力、高レベルで備える物理攻撃力と魔法攻撃力に、それをサポートする自己再生能力。
更にはバフもデバフも各種取り揃え、望むがままの立ち回りが出来るスペックを誇っている。
それらを駆使するデニスは、まさにゲームでのそれを越える最強の『魔王』であった。
残念ながら、それが通じる相手ではなかった、というだけで。
まず最初に、レオが消えた。
もちろん、本当にいなくなったわけではない。
だが、戦場での存在感は全くなくなった。
そんな状況を見て、デニスは思い出す。前世で見た光景を。
彼には、贔屓のサッカーチームがあった。
しっかりと組織だって組み上げられたディフェンスシステムと、それを背景に一人でも得点を量産していたエースによって順調に勝ち進んでいたはずのシーズン。
そのエースが、完全に抑え込まれた。
後に、相手チームのディフェンダーが『今日は俺、あいつと消えるから』と宣言していたことを知った。
そして、本当に言葉通りエースの存在感は消され、ほとんどゲームに関わることが出来ず、そのゲームは敗北を喫した。
その光景が思い出されるような状況を、何とか打破しようと奮闘していたのだが。
『くそぉ、さっさと潰れろぉぉ!!』
「なんの、まだまだぁ! まだまだぁ!」
前衛として出張り、『魔王』デニスに臆することなく張り付き壁役となっているギュンターを、倒しきれない。
元々強固な防御力と高い生命力と自己再生能力を誇っているところに、散々メルツェデスに揉まれたおかげで身に着けた、強敵の攻撃が直撃するのだけは防ぐ技術。
それは、デニスに対して特に有効だった。
高い攻撃力にものを言わせるだけの単調な攻撃は、食らいながらも効果を半減させる。
そんな芸当が、今のギュンターには可能になっていた。
これでギュンター一人だけであれば、いずれ押し切れたのだろうが。
「ほい、『ヒールドロップ』。……今度、効果の実証実験をしたくなるくらいだね、ギュンター」
「お褒めにあずかり、恐悦至極!!」
「いや、誉め言葉と受け取るのはまずいぞ、ギュンター!」
莫大な魔力を誇るヘルミーナが、ギュンターのサポートに回っているため、揺るがすことすら出来ない。
流石にクララよりは劣るものの、水属性であるヘルミーナの回復魔術は超一級品。
どれだけギュンターを追いつめても、すぐに回復させてしまう。
闇属性相手では攻撃魔術が十分な威力を発揮出来ないとわかっていたヘルミーナは、回復や支援に注力を選択。
結果としてギュンター一人で『魔王』の猛攻を受け止めきれている状況を作りだせていることに、一種の満足感を感じていた。
そんなヘルミーナをさらにサポートするのが、リヒター。
防御魔術を駆使して、デニスがタイミング良くはさんでいるはずの攻撃魔術を次々と防いでいた。
一つ一つの威力は、今まで見たこともない程度のものではある。
だが、その圧は大したことがなかった。
彼は、ヘルミーナを知っているから。彼女の猛攻を凌ぎに凌いで、今ここに立っているのだから。
そんな状況は、デニスにとって悪化の一途を辿る。
「それはっ、通さないっ!」
バフを起点とするコンボを、ギュンターに叩きこめそうだったところに、邪魔が入る。
青い光を纏った、『水鏡の境地』を発動させているクリストファーだった。
『おかしいだろぉぉぉ!? お前がそれを会得するのは、今年の夏! まだ身に着けてないはずだろぉぉぉ!?』
「それじゃ間に合わないと思った、それだけだ! お前があれもこれもとちょろちょろしていたからな!」
姉とともに解決していった、『魔王崇拝者』絡みの事件。
それらを通じて、また、世情の流れを見て、クリストファーは感じ取っていた。
夏の前に、何かが起こる、と。
そしてそれは正解で。
それに備えて冬山で試練に臨んだ彼の決意は、正しかった。
だから今、彼は姉が送り出してくれるほどの強さを身に着けて、ここにいる。
「それもこれも、全てはお前の暗躍が引き起こしたことだ、デニス! お前の因果が巡ってきただけだと、思い知れ!」
『うるせぇ、うるせぇぇぇ! 何が因果だ、俺にそんなもんは関係ねぇ! 俺は、俺は『魔王』なんだ!」
鋭く言葉を叩きつけるクリストファーへと、わめくようにして言い返すデニス。
しかしその言葉も、攻撃も、クリストファー達を揺るがすことは出来なかった。




