爆弾は、連続して投げつけられる。
「おまっ、ふざけっ、悪役令嬢の分際で!!」
メルツェデスの指摘を受けて、デニスはどもりながらそう返すのが精いっぱいであった。
中身はなく、ただ言い返しているだけ。
それはつまり、彼の中に反論出来るものが何もないということで。
「悪役令嬢、ねぇ。こう見えてもわたくし、品行方正を絵に描いたような、悪役なんて呼び名とは無縁の生活を送っているのだけれど」
「……色々物申したいところはあるけれど、悪役と呼べるような行いはないのよねぇ」
しれっとした顔でメルツェデスが言えば、その隣でフランツィスカがため息を吐く。
実際、メルツェデスの所業に悪行と言えるようなものはない。
それが品行方正と言えるものかと言えば、一般的な令嬢をものさしにすれば大きく逸脱したものではあるが。
「そうです! メルツェデス様は世のため人のため、『魔王崇拝者』の野望を挫いてきたんですから!」
少なくとも平民出身のクララが思わず声を上げる程度には、メルツェデスの振る舞いは受け入れられてきていた。
悪徳貴族や悪人たちを挫き、力なき平民達を守る正義の味方。
エデュラウム王国に住む平民のメルツェデスに対する認識は多かれ少なかれそんなところ。
だからクララは胸を張ってメルツェデスを擁護したのだが。
デニスには、全く意図しなかった意味で伝わった。
「……は? おいまて、俺らの邪魔をしてきたのは、そこのジークフリートだろ? なんでそこで、悪役令嬢のメルツェデスが出てくる?」
そう問われて、クララは『あ。』と言わんばかりの顔になり。
それから、ちらりとジークフリートの方が恐る恐る伺う。
彼が浮かべていたのは……苦笑だった。
「まあ、どんな段取りでバラすかは打ち合わせていなかったし、ね。気にしないでくれ、クララ嬢」
「は、はい、もったいなきお言葉……」
恐縮するクララへと軽く手を振ってから、ジークフリートはデニスへと目を向ける。
さてどう切り出したものか。
一瞬だけ考えて。
「お前たちの企みを潰しているのは私だと大々的に喧伝していたがな。あれは、嘘だ」
「はあああぁぁぁぁ!?」
「私がやっていると触れ回り、それを隠れ蓑にして実際に潰して回っていたのは、メルツェデス嬢だ」
「うそだろぉぉぉぉ!? じゃ、じゃあムスッペルがガチギレしてたのは!?」
さらりと暴露されて、デニスは今にもぶち切れてしまいそうなほどの血管をこめかみに浮かばせる。
「あ、それはわたくしがなます切りにしたからだわね」
「ふざけんなよてめぇぇぇぇ!? おかげで火の魔物どもが召喚に応じなくなってんだぞ!?」
そこにメルツェデスがさらりと追い打ちをかければ、喉から血が噴き出さんばかりに叫び散らした。
ぜぇはぁと呼吸を荒げながら、目を血走らせメルツェデスを睨みつけるデニス。
「まじでふざけんなよ、それでも必死こいて火属性のを集めたってのに……」
デニスの視線が、メルツェデスに。
それからヘルミーナ、クリストファーと動いていく。
「水属性が三人もいてどうすんだよ!!! それもなんでヘルミーナが!!!」
「ありがとう、おかげで楽しくストレス解消ができた」
「やめてやれ、これ以上あいつを煽ったところで、ますます会話が成立しなくなるだけだ」
大きく『スッキリ』と擬態語がつけられそうな笑顔のヘルミーナを、リヒターがたしなめる。
もっとも、色々な意味で時すでに遅しではあるのだが。
「くそったれ、あんだけ苦労したってのにストレス解消ってか!!
こっちでもそうなのか、ここでもそうなのかよ!! どんだけ苦労したところで、手早く消費されるだけってか!!」
「少なくとも、あなたのそれは苦労と呼ぶべきものではないと思うのだけれど」
これが、『魔王崇拝者』達との縁を切ろうとした努力であれば、苦労と言ってよかったのだろう。
だがデニスがしてきたことは、逆恨みからの暗躍でしかない。
それを苦労と呼ぶことは、少なくとも第三者から見れば首をひねるところだ。
もちろん、デニス本人は既に聞く耳など持ってはいないが。
「うるせぇうるせぇ! てめらだってろくな苦労なんざしてきてねぇだろ!?」
「失礼ね、少なくともフランが重ねてきた努力は、苦労と言っていいものだわ」
「あの、メル、ここで私を出すのは、その、ね?」
思わぬところで自分の努力を誉められて、フランツィスカが頬を染める。
そんな場合ではないと頭ではわかっているのだが、まさかそんな風に思ってくれていたとは、という喜びが勝ってしまったわけだ。
もちろん、そんなやり取りはデニスを一層いらつかせるだけなのだが。
「悪役令嬢同士でいちゃついてんじゃねぇぞてめぇら! いやライバル令嬢? ああもう、どうでもいい! もうなんもかんもどうでもいい!!
こうなったらもう、全部終わらせてやる!!」
デニスが放った言葉を聞いて、それまで緩んでいた空気が一瞬で切り替わる。
何かをしてくるつもりだ。
そう察した瞬間、メルツェデスは元よりフランツィスカ達も一斉に身構えていた。
「何をするつもりだ? と言いたいところだが、今更聞くまでもないな」
「はっ、その通りだ、と言いたいところだがなぁ」
ジークフリートの問いかけ、というよりは確認の声に、デニスが応じる。
先ほどまでキレ散らかしていたとは思えない、ニチャリ、とした笑みで。
それを聞いたジークフリートが怪訝な顔になれば、デニスの顔はますます歪む。
「何をするつもりだ、と言ったなぁ。だがなぁ、違ぇ。違ぇんだよ。
今更、何かする必要はねぇ。だからお前らにも止められねぇ!! もう終わってんだからなぁ!」
「……なんだと?」
デニスの台詞に。
しかし、ジークフリートは声を上げることなく応じて。
それから、ヘルミーナへと目を向けた。
「恐らく己の身体を依り代に『魔王』を召喚する儀式を終えているのかと思われます」
「……は?」
「ふむ、メルツェデス嬢が想定していたパターンの一つか」
「はぁぁぁ!?」
物語の定番として、今まさに最後の儀式が行われるというタイミングで主人公たちが乗り込んでくる、というものがある。
そのお約束とも言える展開のつもりでジークフリート達が乗り込んでくると踏んでいたデニスは、その裏をかこうと儀式を進めていたのだ。
そして、実際に止められることなく儀式を終えることは出来た。
これで鼻を明かしてやれる、と内心で思っていたところに予想外の反応。
お約束であるが故にそれを破る展開もあり、そしてメルツェデスはそのことを知っていた。
それを事前に共有していたがため、誰も驚かない。
逆にデニスの方が声を上げてしまっている始末である。
「彼が身に着けている物に、複数の魔力反応。それも、闇の魔力。恐らく『奉仕者』のクラバットなど精神支配系魔道具かと思われます」
「何故自分に? ……いや、なるほど、そういうことか。『魔王』を自分の身体に降臨させる際に、魔道具で肉体に宿った『魔王』の精神を支配するつもりか」
「ちっ、もやしやろーの癖に頭が回る。あの男が用意した魔道具だから、ほぼ間違いなく、あの男、デニスの言うことに従うよう作ってるだろうし」
ヘルミーナの報告に、リヒターが一瞬だけ疑問の顔になるが。
それを見たデニスが、せめてそこだけでも説明してやろうと口を開いたところでリヒターが気づいてしまい、何も言うことができない。
口をパクパクとするしか出来ないデニスへと、ヘルミーナがつまらなそうな目を向ける。
「恐らく、だけれど。『魔王』の精神支配は成功する。何故ならば、奴が用意出来た『魔王』の力が弱いから」
「お、おまっ、なっ、何をっ」
「メルに散々企みを潰されたこの男が用意出来た魔力は、多分最低限も最低限。
そのことを誰よりもわかっていたこの男は、それを逆手に取ることを考えたんじゃないかな。力の弱い『魔王』ならば支配出来るのでは、と。
そして、いかに最低限の力しかない『魔王』であろうと人間の思考力を持てば、力に満ちていても理性なく暴れるだけの『魔王』よりも上だとね。
それ自体は否定しがたいところがあるし、面白い発想ではあるけれど」
うんうんと頷きつつ推論を展開していくヘルミーナ。
その言葉には、妙な説得力がある。
かつての彼女を思えば、今の彼女こそ理性を得た『魔王』とも言える存在であり、その力は今更言うまでもない。
そのことを誰よりも自覚している彼女だから、ここまでデニスの思考を追うことが出来たとも言えるだろう。
「けれど、底が知れるとも言える。その魔道具で支配出来る程度の『魔王』がどれだけのものか……今の私なら、わかってしまう」
そこまで言って。
ヘルミーナは、はん、と鼻先で笑った。
「退屈。出直しておいで」
「てめぇぇぇぇぇ!!!!」
あまりに端的で直球な煽り。
耐性がとっくにゼロになっていたデニスはブチ切れ、その身体の奥底から闇の魔力が噴出した。




