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爆弾その2は叩きつけられた。

「フランツィスカ……? フランツィスカ・フォン・エルタウルス……?」

「……言っても今更だが、最上位貴族のご令嬢を敬称もつけずに呼び捨てとはな」


 呆然とした声でデニスが言えば、呆れた顔でジークフリートが言う。

 確固たる身分制度があるこの国で、平民が公爵令嬢をフルネームで呼び捨てなど喧嘩を売っていると思われて、首を飛ばされても文句は言えない。

 それを咎められないのは、デニスの重ねた罪を考えれば不敬罪すら微罪に過ぎないから。

 そのことを理解させるつもりも義理も、ジークフリートにはないから何も言わないだけなのだ。


「いやおかしいだろ!? ライバル令嬢のフランツィスカはビア樽だったじゃねぇか!」

「お前は一体なんの話をしているんだ……?」


 周囲の人間からすれば困惑するしかない、デニスの発言。

 しかし、今この場には、そう言われる理由がわからなくもない人間が二人だけいる。

 そのうちの一人は明確に知っているわけだが。

 当人ではない上に極めて繊細で私的なことゆえに、視線を一瞬だけフランツィスカに向けて、しかし何も言わない。言えない。

 

 そんな親友の視線を受けて、微笑みながらフランツィスカが一歩前に足を踏み出した。


「そう言われる心当たりがないわけでもございませんけれども。確かに私は、幼少の頃太り気味ではありましたから」

「え。……うそ、そのプロポーションで?」


 同じく親友たる、そして少々デリカシーに欠けるヘルミーナが、まじまじとフランツィスカの身体を見る。

 戦闘用の騎士服風な格好をしてはいるが、彼女の見事なプロポーションはその上からですらよくわかる。

 何より彼女は幾度も風呂場などで直接見ているのだ、わからないわけがない。

 そして、だからこそデニスの言い分がわからなかったわけだが。

 これは隣で絶句しているクララも同様である。


「そうよ、小さい頃はね。でも、あるきっかけから運動を始めてから徐々に痩せて、今の体形になったわけ」

「なるほど、全ては努力の賜物、と」

「流石はエルタウルス様、道理で並々ならぬ一撃を放たれるわけですなぁ!」


 うんうんと感心したようにうなずくヘルミーナ。

 努力と根性で己の身体を鍛え上げてきたギュンターも、これには納得顔である。

 幾度となくフランツィスカと剣を交えてきた彼だが、その強烈な一撃の背後にある積み重ねられた鍛錬ははっきりと伝わってきていた。

 それが幼少の頃から、己のコンプレックスになりそうな身体を克服するためだったとなれば納得もしようというもの。


 この場で納得できていないのは、一人だけである。


「なんだそのスポコン漫画のキャラみたいなセリフ! ちげーだろ、お前は乙女ゲーのキャラだろ!? ……いやそういや若干そういうとこあったけどさぁ!? 一体どんだけご都合主義なんだよこの世界は!?」

「本当に、さっきから一体何の話をしているんだ? お前には何が見えてるんだ?」


 少なくともこの世界の現実を見ていないのだろう。

 そのことをジークフリートは言外に滲ませたが、今のデニスが気づくわけもない。

 むしろその言葉をきっかけにヒートアップする始末である。


「うるせぇちくしょう! てめぇにはこの世界がさぞかし綺麗でキラキラで楽しく見えて仕方ねぇんだろうな!?

 くそったれ、だからこんなご都合主義の塊みてぇな世界作りたくなかったってのによぉ!

 ぶち壊してやろうとしても、なんだかんだそれこそご都合主義でぶっ潰されてよぉ!」

「何様のつもりだお前は。精霊様以上の存在にでもなったつもりか?」


 王侯貴族への不敬罪とはレベルの違うことを言い出したデニスへ、ジークフリートも腹に据えかねたか、真顔で咎めた。

 だが、そこに返ってきたのは嘲笑だった。


「あ? そうさ、俺は神様みたいなもんだったさ! あのババァの作った砂糖菓子みたいな世界のゲームを作るために毎日毎日コツコツとよぉ。

 知ってるか? お前が遊んでたゲームはな、俺みたいなプログラマー様が必死こいてコツコツ積み上げたプログラムで出来てんだぞ?

 わかってんのか? いや、そのツラはわかってねぇよな? てめぇごときにわかる訳ねぇよなぁ、俺の苦労はよぉ!!!」

「全くわからんが」

「くっそ、むかつくなこの野郎!! 何がわからんだ、これだから王子様に転生したうらやましいご身分のお方はよぉ!!

 さぞかし毎日がキャッキャウフフと楽しくお過ごしなさったんだろうなぁ!!」


 デニスの言い草に。

 ギュンターの片眉がぴくっと上がる。

 彼は、ジークフリートがどれだけ努力してきたかを知っている。

 恐らくは、誰よりも。

 護衛として長く傍にいるのだ、彼以上の時間をジークフリートとともに過ごした人間は、そうはいないだろう。

 だからこそ、デニスの言い草にははらわたが煮えくり返って仕方がないのだが。

 だが、言われた当人であるジークフリートが冷静なのだから、怒るに怒れないでいる。

 と同時に、彼が主と仰ぐ男の器に改めて感嘆していたりするのだが……それも顔には出さない。照れ臭いので。

 

 そんなギュンターの内心を知らず、ジークフリートは諭すような口調でデニスへと語りかける。


「遊び惚けていて務まるほど、エデュラウムの王族は甘くないのだがな」

「知るかそんなこと! 多少しんどかろうが、俺ら庶民程じゃなかろうさ!

 王子様に転生したてめぇにゃ特にわからんだろうよ!

 無理がたたって心臓発作で死んで、転生したと思えば庶民、それも『魔王崇拝者』の血筋ってなんの冗談だっての!

 普通はチート満載ハーレムうははな転生生活が待ってるもんじゃねぇのかよ! そこの王子様みてぇによぉ!」

「……ハーレムと揶揄されるようなものは持っていないが?」


 全く狙っていなかったのだろうが、デニスの発言はジークフリートにぐさりと刺さった。

 ハーレムどころか、思い人とろくに距離を詰めることが出来ていないこの現状。

 まさかそんなことを赤裸々に言うわけにもいかないから、軽く否定するにとどまるのみだったが。


「ぶっこいてんじゃねぇぞ王子様よぉ! ヒロインに悪役令嬢二人、ライバル令嬢まではべらせて、おまけにあの暗殺者の女までいるんじゃねぇか!

 これのどこが、ハーレムじゃないってんだ!」

「そもそも、彼女達とはそういう関係ではないのだが」

「はっ、白々しい! まあそれでもいいさ、女関係はよぉ!

 だが、てめぇは、てめぇらは王子様貴族様に生まれていい目を見てきたんだろうが!

 こっちは生まれついての『悪役』だぞ、ヒーロー様のてめぇと真逆でよぉ!

 だったら、この世界をぶっ壊しちまおうって思っても仕方ねぇだろ? それも出来るだけ派手に、確実に!!!

 だってのに、その仕掛けすらご都合主義で全部ぶっ潰されて!! さぞかし楽しかったろうなぁ!!」


 デニスの発言は、全くの的外れだ。

 だが一点だけ、王族や貴族が平民に比べて恵まれた生活を送っていることだけは事実。

 先ほど的外れだが痛いところを突かれたジークフリートは。その一点だけに引っかかり、すぐさま反論が出来なかった。

 それを更に勘違いしたデニスは、ここぞとばかりに言い募る。


「ほれ見たことか、楽しかったんだろ? 女どもとイチャイチャしながら、庶民のささやかな楽しみをつぶしていくのはよぉ!」

「お話にならないわね」

「は?」


 いや、言い募ろうとした。

 それをすっぱりと断ち切ったのは……。


「お話にならないわね。そう言ったのよ。聞こえなかったのかしら?」


 そう言いながらずいっと出てきたのは。

 もちろん、メルツェデス・フォン・プレヴァルゴだった。


「は? 何言ってんだこの悪役令嬢が! ゲームキャラがしゃしゃり出てくんじゃねぇよ!」


 思わぬところから飛んできた言葉に、デニスが声を荒げる。

 先ほどの反応といい、予想外の反応や動きに弱いのだろうか。

 そんなことを思いながら、メルツェデスは口角を上げた。


「ゲームだかなんだかわからないけれど。一体何の脚本に縛られてしまっているのかしら」

「は? 縛られてる? この俺が? おい、ふざけてんじゃねぇぞ、この俺が、こんなくだらねぇシナリオに縛られてたまるか!

 だからぶち壊そうってしてたんだろうが!」

「それこそが縛られている証拠ではなくて?」


 ふ、と小さく笑いながらメルツェデスは視線をデニスからジークフリートへと移した。


「恐れながら、ジークフリート殿下。

 調味料一つで巨万の富を成した商人の一代記。これもまた、立派な物語ではございませんか?」

「うん? ……ああ、そうだな。もしもそんな本があれば、是非読んでみたいと思うくらいだ」


 いきなり話を振られたジークフリートは、一瞬だけ考えて。

 それから、メルツェデスの意図するところを理解して、同意を示す。

 そのやり取りを見て、ヘルミーナやフランツィスカ、周囲の面々もすぐに理解した顔になるが。

 

 一人だけ。

 デニスだけ、要領を得ない顔になっていた。


「なんだ? 一体なんの話をしてやがる? そんなサブシナリオだとか、どこにもねぇぞ?」


 本気でわかっていないらしい様子の彼へと、メルツェデスが向けたのは……哀れみの表情だった。


「わからないのね。あなたの半生なのに」

「……は?」


 ぽかんとした顔になるデニス。

 その顔を見ればわかる。全くわかっていなかったことが。


「マヨネーズ一つであれだけの資産を築き上げたあなたは、あなたの物語の主人公になり得た。そう言っているのよ」

「あ? え? ……いや、は?」


 現代知識で一財産を築き上げる。そんな話は、ありふれていると言っていい程度の数が出されていた。彼がかつていた世界では。

 その全てを知っているわけではないが、彼とて多少の心当たりはある。

 ドクリ、とデニスの心臓が嫌な音を立てた。

 

「なのにわざわざ主役の座から降りて、『魔王崇拝者』として活動を始めたのは、あなた。

 あなたを『悪役』にしたのは、あなた自身なのよ」

「は? ……は? はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 きっぱりと、全く気付いていなかった真実を突き付けられて。

 デニスはこれ以上ない叫び声を上げた。

 

※退屈令嬢コミカライズ、ピッコマ様にてファンタジー部門64位にランクインしておりました!!

 それもこれも応援してくださる皆様のおかげです、本当にありがとうございます!!

 これからも、web版とコミカライズ、どちらも楽しんでいただければ幸いです!!!

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― 新着の感想 ―
 ……だよねぇ(笑)  物語の”ヒーロー(英雄)”になれなくとも、庶民の”ヒーロー(商人として立身出世を果たした者)”にはなれたはずだからねぇ。  結局、シナリオに縛られて(つうか、自縄自縛? ww)…
[一言] 第二王子を転生者だと思い込んでの作戦立案、ゲーム知識として弱点を知っているとはいえ妙に外し続ける思い込みの強さ…ラスボスというには小者臭… いやラスボスはきっと魔王だから小者なんだな 何とも…
[一言] なるほどw 悪役の正体暴露乙ですw 現地住民の方々には理解困難な呪文にも等しいダダ漏れでしたがw 強い強制力や巧妙な意識誘導が無かったんなら、配役通りの悪役に堕ちるのは単なる間抜けでしかな…
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