投下される爆弾その1。
平民に多い濃い茶色の髪、決して不細工ではないが四十を超えた年齢相応の顔立ち。
体形も標準的な中年男性のもので、立ち居姿にも玄人めいたものはない。
強いて言えば、魔力だけは平民とは思えないほどのものではあった。
だが、それだけ。今ここにいるメンバーの、魔力が最も少ないギュンターの足元にも及ばない。
そんな、少し特異な部分があるだけの平民。それが、『魔王崇拝者』の首領であろう男の正体だった。
「おかしいだろ!? 今頃王都は魔物の大軍に攻められてるってのに、なんで『精霊の騎士』をゾロゾロと連れてきてやがんだ!?
そいつらに王都を守らせて、てめぇと聖女だけでヒーローとヒロインよろしくノコノコとやってくるもんじゃないのかよ!!」
メルツェデス以外には理解できないだろうデニスの支離滅裂な言い分に、ジークフリートは少しばかり得心がいった顔になる。
「……なるほど、お前はこちらの情報をほとんど掴んでいなかったんだな」
「ナイエム商会と付き合いがあったのは子爵家までがほとんどだったようですから、それも仕方ないことかと」
呟くようにジークフリートが言えば、リヒターが補足を入れる。
だから貴族達が通う学院で何が起こっていたか、ほとんど知ることができなかった。
まして、ジークフリートの思い人が、クララではないことなど。
ゲーム知識でしか見ていなかった彼は、知る由もなかったのだ。
「そもそも何か、自分が安全に『魔王』を倒すためなら、王都に住んでるモブなんてどうでもいいってか!!」
「それもまた随分な勘違いなわけだが」
煽るようにわめきたてるデニスへと、ジークフリートは呆れた声のまま返す。
この男も王都の住人だったはずなのだが、一体何を見ていたのだろうか、と。
「王都に残る者たちは精強で、彼らだけでも十分魔物を撃退出来るだけの戦力がある。
だから私たちは、出来るだけ速やかに、そして確実に『魔王』を倒すための戦力をここに投入した。それだけの話だ」
「……は? なんだそりゃ、なんでそんな博打みてぇなことしてんだ!?」
理解できない、というデニスの顔を見て、ジークフリートは理解した。
何故あれだけの策謀を巡らせることが出来ていた男が、それでいて決め手に欠けていたのか。
この男は、勝負の一手を打ちきることが出来なかった。
ギリギリのところで、保身に走ることしか出来なかったのだ。
そもそも、勝負に出る前提で策を積み上げてこなかったのだから。
「簡単なこと。そのための備えを、私達は重ねてきていたからだ。
用心深い貴様に刃が届くその瞬間を逃さず、勝負に出るために」
言い切ったジークフリートの姿に、居合わせた面々は思わず息を呑む。
その姿には、王者の風格としか言えないものが確かにあった。
それは、デニスにも伝わったのだが。
「な、なんだよなんだよ、王子様みてぇなこと言いやがって!」
「いや、実際王子なんだが」
「うるせぇ! チート能力てんこ盛りな上に身分までありやがる! 自慢か、自慢したいかそんなに!!」
憎々し気な顔でデニスががなり立てるのだが。
返ってきたのは、ジークフリートのきょとんとした顔だった。
「チート能力? なんだそれは」
「はっ、おとぼけなさるか、王子様! どうせてめぇだって転生者なんだろ!?
そんで何かめちゃくちゃすげぇチート能力があるんだろうさ!
あれか、魔物を即死させる魔法でもあんのか、それともヒドインの専売特許魔法な『魅了』でも持ってやがんのか?
じゃなきゃ二人も悪役令嬢引き連れてるなんて出来ないだろうしなぁ!」
デニスの視線が、メルツェデスとヘルミーナへと向けられる。
だが返されたのは、不思議なものを見るような目だった。
「何、悪役令嬢って」
「さあ? 悪役の令嬢なんでしょうけど。何かのお芝居かしら?」
庶民の文化に詳しい親友へとヘルミーナが聞くも、メルツェデスも首を傾げるばかり。
もちろん大嘘である。
元々そうだろうと当たりをつけてはいたが、今このわずかなやり取りでメルツェデスは確信していた。
この男、デニスはゲーム『エタエレ』を知る転生者だと。
であれば、今はまだ勘違いをさせておくべきとメルツェデスは判断した。
自暴自棄にか、得意げになのかよくわからないテンションでしゃべっていたデニスは、ようやくそこで気が付いたらしい。
どうにも自分が空回りしているらしいことに。
「……え? あれ?」
「よくわからないが、お前が今言ったような能力は私にはないな。特に『魅了』なんて禁忌魔術を王族が使うわけがないだろうに」
「そうですね、そもそも伝承にある『魅了』は、それこそ彼が言い間違えたように魔術ではなく魔法だったのではと言われるほどのもので、普通の人間が使えるものではなかったようですし」
「は? え?」
ジークフリートとリヒターのやり取りに、デニスは目を幾度も瞬かせる。
彼は知らなかった。この世界では、魔術と魔法には明確な違いがあるということを。
魔力を用いて行使される、再現性の高い技術としての魔術。
世界の法則から逸脱した現象を起こせてしまう魔法。
そんな区別の仕方を、平民生まれの転生者である彼は、知らなかった。
「な、なんだよそれ!? わけわかんねぇ、どっちでもいいじゃねぇか! あのババァ、また変なところで凝りやがって!」
「今の、どこに切れるところがあったのかしら」
「もう彼にしかわからない世界のどこか、としか言いようがないわねぇ」
不思議そうに言うフランツィスカへと、メルツェデスが肩を竦めて見せる。
やはり大嘘である。
『エタエレ』の制作陣は女性が多く、プロデューサーも女性。
そして世界設定には随所にこだわりが見られたため、彼が言っているのはその設定を作った女性スタッフのことを指しているのだろうと推測は出来た。
だが、やはり黙っている。
若干、どこまで勘違いを披露してくれるのか見届けたい気持ちになってきたところもあったりしつつ。
「ってことは何か、チートなしに俺の邪魔をしてきたってのか!? あれもこれも、全部!
くっそ、それこそズルじゃねぇか!!」
そんなメルツェデスの目の前で、デニスは吹きあがっていた。
正しくチート、ズルという言葉を使って。
「王族生まれ、貴族生まれってだけで恵まれてやがる!
そんなに違うのか、俺とお前らじゃ!」
「何を今更、常識のようなことを? だから貴族は、民を守るために戦う義務を負っているのだけれど」
「そんなの建前だろうが、今こうして、王都の連中を見捨ててお前らだけここに来てるじゃねぇか!!」
その言葉に、一同は怪訝な顔になった。
この男が何を言っているのか、今までで一番理解しがたいものだったからだ。
「お前は何を言っているんだ? 王都で戦っているのも貴族達だし、王族である兄上は全身全霊でもって結界を張り民を守っているのだが」
「……ん? いや、そんな連中、ただのモブじゃねぇか。……いや、エドゥアルドは攻略キャラなのに、え、なんで?」
男の認識に、ヒビが入る。
彼の認識と、世界の現状が、ズレている。
それは、元からだったのだが。
今までは、認識できていなかった。
だが、何かがおかしいことに、ようやっと彼は気が付きかけた。
「そういや、なんでここにモブ令嬢がいるんだ? こんな、最終決戦の場に」
そう言いながら、デニスが指さしたのは……フランツィスカだった。
ちなみに、この世界にも演劇用語としてモブという言葉は存在する。
だから、ジークフリートは憤慨した。
「まて、モブ令嬢とはなんて失礼な言い草だ。公爵令嬢にして火の『精霊結晶』を授けられた『精霊の騎士』だぞ、フランツィスカ嬢は」
自分をどう言われようとまるで揺るがなかった彼が、咎めるように言えば。
「……は?」
デニスは、絶句した。
※ピッコマ様にて、悪役退屈令嬢コミカライズ8話が公開されました!
皆様お待たせいたしました!!
ついに、あの口上が登場です!!!
それを受けたロリエレーナやロリフランツィスカの反応もとてもかわいいですので、ぜひぜひご覧いただければと思います!!
そして、面白いと思っていただけたら、ページ最後に出てくるハートを連打していただければ幸いです!
ピッコマさんのページは活動報告にも載せたいと思いますので、そちらからたどっていただけると幸いです!




