計算違いの果てに。
踏み出したのはよかったのだが。
「……流石にこれは、どうなんだ?」
ジークフリートがぼやくように言う。
まったく疲労のない、息一つ乱れぬ顔で。
それに対して同行する面々は、それぞれな表情を返してくる。
「いやはや、私ばかり楽をさせていただいているようで申し訳ないところです!」
「ギュンター、お前の立ち位置は何もしないですめばそれが一番なんだから、そこは気にしなくていい」
背後から聞こえてきたギュンターの声に、ジークフリートは真面目に答える。
ギュンターが冗談交じりに言っていることはわかっているのだが、そこに冗談で返せないのが彼の性格と言えばそうか。
だからこそ、周囲の人間は彼を中心に纏まっているとも言えるが。
「このパターンは、事前に想定していた一つではありますが。……ここまでくると、『魔王崇拝者』達に哀れみすら覚えますね」
ジークフリートの横で、リヒターが応じる。
その目は……現実ではない別のところを見ようとしているのを必死に理性で引き留めている、そんな色合いだった。
「あはははは、あははははははは!!! ほら、もっと、もっとおいで、全部撃ち抜いてあげる!!!」
そして、リヒターが宇宙猫のような顔をしそうになる元凶は、実に楽しそうである。
もちろん言うまでもなく、ヘルミーナだ。
彼女が高らかに笑えば、そして腕を振るえば、次から次へと間断なく氷の槍が飛んでいき、魔物達へと突き刺さっていく。
その光景を見ていたメルツェデスの脳裏には、親戚がやっていた剣の名前を冠するシューティングゲームの開始直後の光景が浮かんだ。
まるで出てくることがわかっているかのように、待ち構えていたヘルミーナのアイス・ランスが過たず魔物達を撃ち抜き、姿を碌に確認する間もなくそれらは爆散していく様は、呆れるほどその光景に酷似している。
「少しはわたくしの仕事も残しておいて欲しいのだけれど」
「それは多分僕の台詞なんだけどなぁ!?」
メルツェデスがしみじみ呟きながら腕を振るえば、半歩遅れて進むクリストファーがツッコミを入れる。
一行の先頭に陣取るのはギュンター、ではなく、メルツェデスとクリストファーのプレヴァルゴ姉弟。
彼らの刃が……いや、主にメルツェデスがヘルミーナの一撃に耐えた魔物を刈り取り、そのおこぼれにクリストファーがとどめを刺すという状況。
彼が忸怩たる思いになるのも、致し方ないといえばそうなのだろう。
「クリス、逆に考えるのよ。あなたが最後の防波堤なのだと」
「なるほど。……とか言うと思った!? どう考えても欺瞞だよねそれ!?」
淡々と諭す姉に言い返しながらクリストファーが叫んだと同時に、一体の魔物が斬り倒された。
こんな漫才じみたことを繰り広げながらもしっかり刃を振るえる辺り、彼もまた姉と同じ血脈なのは間違いない。
少なくとも、傍から見れば同族でしかないのは揺るぎないものだ。
「いつのまにかクリストファーさんもこんなに強くなって……これは負けていられない、のだけれど」
「流石にこの状況は……フランツィスカ様は、予備戦力となっていただくしか」
幼馴染故にしみじみと、しかし肩を並べることが出来ない悔しさを滲ませながらフランツィスカが言えば、同じく一歩引いているクララが冷や汗を垂らしながら言う。
彼女達の目の前では、最早虐殺といっても良い程のパワープレイが繰り広げられていた。
それも、ヘルミーナ、メルツェデス、クリストファーの三人だけで。
何しろ出てくるのは火属性の魔物ばかり。
その天敵たる水属性の、それも極みに至ろうという人間が二人とそれに追随する人間が一人となれば、それはもひとたまりもない。
そして、これが意味しているところは明白である。
「……やはり『魔王崇拝者』の首領は、私が主戦力であると勘違いしているんだな」
「そのようですね。これだけ……火属性の魔物ばかり集めてくるということは」
どこか達観した声でジークフリートが言えば、リヒターが静かに応じる。
そんな彼らの目の前で、ファイアエレメントがクリストファーによって紙切れのごとく切り伏せられた。
この洞窟に踏み込んでから大体がこんな光景となれば、ジークフリートももう乾いた笑いを零すしかない。
「その割には、なんというかいまいち脅威に感じる魔物が少ないですなぁ」
ばっさりと、ギュンターが言う。
地属性である彼からすれば、火属性の魔物は天敵と言ってもいい存在。
だというのに、やってくる魔物達からは、そんな彼にも脅威と感じられる程の圧を感じない。
不満げなギュンターの疑問に答えたのは、誰あろうメルツェデスだった。
「それは仕方ないかと思いますよ。過日、火属性の中でもかなり高位にあるムスッペルが手酷い目にあったのですから、知能が高い魔物ほど召喚に応じなかったのではないかと」
「……私の記憶が正しければ、手酷い目に合わせたのは君ではなかったかな、メルツェデス嬢」
「あら、そうでしたかしら」
ジト目でいうジークフリートに、メルツェデスがくすくすと笑いながら応じる。
たったそれだけのことで、ジークフリートの心臓は跳ね上がりそうになった。
去年の夏、王都に顕現して散々に暴れるはずだった炎の巨人ムスッペルを、出現と同時にボコって送還したのはメルツェデス自身である。
もちろん彼女も忘れてはいないし、だからこんな冗談にしてしまっているわけでもある。
そんな余裕があるくらい、魔物の排除は淡々と作業的に進んでいた。
「……ふむ。気配が、変わった」
淡々と、あるいはサクサクと。
順調すぎるほど順調に進んでいたところでヘルミーナがぽつりと言えば、すぐさま全員が足を止める。
彼女から僅かに遅れて、全員が知覚した。
何か、得体の知れないモノが来る。
「……なるほど?」
「そういうことね」
その正体を最初に理解したのはヘルミーナ、ついでメルツェデス。
「そんなモノまで、用意できるのか」
クリストファーより僅かに早く、リヒター。
彼らの目の前に現れたのは、異形の巨人。
元々は、恐らくサイクロプスだったのだろう。
地属性であったはずの彼に、無理矢理闇属性をねじ込み、その上に火属性を上乗せして。
歪み揺らめく紅い巨木のごときシルエットを持つ単眼の巨人が、覚束ない足取りと、不釣り合いな速さでメルツェデス達一行へと向けて突進してきた。
「……わたくしが止めます。その後に、クララさん!」
「……はいっ!」
歪み切ったその姿。それ以上に、歪められてしまった存在。
サイクロプスだった魂が上げる悲鳴を、誰よりも強くクララは感じ取っていた。
そして、『彼』にとどめを刺せるのは、恐らくクララが一番の適任だ。
火属性と闇属性を併せ持つであろうその異形は、闇属性に特攻を持つジークフリートの攻撃も火属性で弱めることだろう。
他の面々も、闇属性相手では攻撃の威力は大きく減衰する。
更に言えば、火属性相手故にギュンターでは止めることが難しい。
前衛として止めるに至れるのは、恐らくメルツェデス。
そして、有効なのは。
哀れな魂に安らぎを与えられるのは。
『聖騎士』の一撃だけなのだ。
そのことを、誰よりもクララは理解していた。
「わたくしに、力比べで勝てるなどと思わないことね!!」
「色々おかしいって自覚してよ姉さん!」
決死の場所であるのに、いつものごとく繰り広げられる姉弟の漫才じみたやり取り。
少しだけ、唇を、肩の力を緩めて。
クララは、前に出た。
一瞬だけ念じれば、強烈な光が放たれて。
それが収まった後には、ほのかな光を放つ鎧と槍を身に帯びたクララがそこにいた。
「迷える哀れな魂よ。正しき環へと、戻りなさい!!」
メルツェデスが振るう刃と、サイクロプスのこん棒が恐ろしい衝撃音を響かせながらぶつかり合い。
一瞬だけ、二人とも動きが止まってしまって。
その隙を逃すことなく、クララが手にした輝く槍がサイクロプスの核を貫き……歪んだ哀れな魂を、天へと還した。
それが、最後の障害だった。
「なんでだよ……なんでこんなにあっさり、しかもそんな大所帯で来るんだよ!?」
洞窟の最奥。
一見地味な村人にしか見えない、その実ゲーム中最強の前衛であるレオを伴った一人の男が喚きたてる。
その姿は……レオと同様に地味なもの。
普通の中年男性にしか見えない男。
彼こそが、これまでの事件を引き起こしてきた首謀者であるのは、誰の目にも明らかだった。




