決戦の地へ。
一方その頃、王都を皆に託したメルツェデス達は、目的の場所へと到達していた。
「……間違いありません。この奥から濃密な闇の魔力を感じます」
王都から北に行くこと二日。
とある山中にある、大きな洞窟の前に、メルツェデス達はやってきていた。
先頭に立ってい進んでいたのは、メルツェデスではなく、クララ。
光の聖騎士として覚醒した彼女は闇の魔力の気配を鋭敏に捉えられるようになっていため、先頭に立って一行を導いていたのだ。
「なるほど、これが『前に立つ者』」
「いえあの、光の精霊様がおっしゃってたのは、多分そういう意味じゃないと思うのですけど……」
納得したようなヘルミーナにクララが恐る恐るツッコミを入れる。
多分、ツッコミのはずだ。
元々ヘルミーナに対しては若干恐れるような態度になることが多かったクララだが、その傾向はここに近づくにつれて強くなっている。
なぜならば、ヘルミーナがいつもよりも怖いからだ。
「ふふ、うふふふ……言葉の意味はどうでもいいの、この先にたっぷり濃厚な闇の魔力があることこそ肝要なのだから」
「あ、あはは、そ、そうなんです、ね……?」
うっとりとした顔で言うヘルミーナにドン引きのクララ。
山に入ってからというもの、大体この調子なのだからクララがビビってしまうのも致し方ない。
そしてまた、ヘルミーナが言ってることは間違ってもいないのだから困りものだ。
「確かに、この先に闇の魔力が集まっているのならば、この洞窟の奥こそが、ということだものな」
はぁ、とため息を吐きながらリヒターが言う。
彼ら一行が探しているのは、『魔王崇拝者』達が魔王復活の儀式をしているであろう場所。
そこは当然、その力の源たる闇の魔力が大量に集まっているはずで。
「……それもまたフェイントだったりはしないか?」
一歩引いた位置に立つジークフリートが、思案気な顔で言う。
今まで様々な手を使い巧妙に潜伏してきた連中が、何もしていないとは考えにくい。
だが、慎重なジークフリートへと向けてクララは首を振った。
「いえ、考えにくいかと。この周辺で他に闇の魔力が集まっている場所がありません」
「もう一つ言うならば、魔力の流れのようなものが生じていて、この洞窟の奥へと向かっていますから」
ヘルミーナが、クララの言葉に続けて言う。
あの『聖女選任』の儀式において誰よりも早く精霊達がやってきていることに気づいていたヘルミーナ。
彼女がいう魔力の流れとやらは他の誰にも分らないが、その彼女が言うのならば、そうなのだろう。
「もう一つ言うならば。王都に向けられた魔物の大軍こそが目くらましだったのではないかと」
「……なるほど。言われてみれば、それはそう、か。その手は連中が得意とするところではあるし」
もう一人、メルツェデスが言葉を添えれば、ジークフリートも腑に落ちた顔になる。
彼女が言うことに一理あるのはもちろんのこと、その言葉には強い確信があり、それが伝播したというのもあった。
そして。
メルツェデスは、確信していた。
この洞窟こそが『魔王崇拝者』達が魔王復活の儀式をなさんとしている場所だと。
何故ならば、この場所には見覚えがあったからだ。
ゲーム『エタエレ』の魔王がいるダンジョンの入り口。それが、この洞窟なのだ。
「この場所は、特殊な場所みたいだね。洞窟の奥に向かって、魔力の下り坂のようなものがある、というか」
「ラークティス王国の書庫で見た、『魔力傾斜論』か」
「そう、それ。感覚的に理解できるところはあったのだけれど、こうしてはっきりとわかる場所があるとは思わなかった」
リヒターの言葉に、ヘルミーナが頷く。
この世界は魔力に満ちているが、その分布は必ずしも一定ではない。
その事象を説明しようと様々な研究がなされ、その論文の一つがラークティス王国の書庫に収められていたのだ。
「言われてみれば確かに、坂道を滑り降りていくような不安定さを感じますね……」
「そうなのですか? 私は感じないのですが」
軽く身震いをしたクリストファーへと、不思議そうな顔でギュンターが応じる。
元々あまり魔法が得意でない彼は、魔力を感知する能力が低めではあるのだが。
「……あまり言いたくはないけれど、クリストファーさんが水属性であることも関係しているかも知れないわね。私も何も感じないもの」
それを聞いていたフランツィスカが、やや神妙な顔で言う。
闇属性は水属性の上位属性である、と思われる。
であれば、この場に水属性であるクリストファーが違和感を感じるのも、ヘルミーナが魔力の流れを感じ取るのも不思議ではない。
「……メルは何も感じないの?」
「わたくしはミーナやクリスに比べると、魔力の感度は低いもの。……とはいえ、別のものは感じ取れているわ」
「別のもの?」
「ええ」
怪訝な顔をするフランツィスカへと小さく頷いて、メルツェデスは視線を洞窟の奥へと向けた。
いる。
魔王や『魔王崇拝者』の首領がいるかどうかははっきりとはわからないが。
彼が、いる。それは、はっきりとわかる。
メルツェデスの横顔を見ていたフランツィスカは、はっと何かに気づいた顔になった。
「まさか、あの村に現れた男?」
「ええ、そのまさか。あの男は、間違いなくこの先にいるわ」
確信を持って、メルツェデスは答える。
強敵の気配。それも、己の全力でもってあたる他ない程の。
それを感じ取って洞窟の奥へと目を向けるメルツェデスの顔は……緊張しているようでもあり、笑っているようでもあり。
とにかく、今までと違うことだけは間違いなかった。
「そっちの感覚は、逆に僕の方が一歩劣るからね……でも、姉さんがそう言うなら、いるんだろうな」
「確かに、プレヴァルゴ様がおっしゃるなら、間違いはありませんな!」
ため息を吐くクリストファーと、快活に笑うギュンター。
それを見ていて、ジークフリートは小さく息を吐き出した。
かすかに、笑ったようなニュアンスの滲む音で。
「なら、もう迷う必要はないな。もとより、迷っている時間もそうはないのだし」
知らないうちに入っていた肩の力を緩めながら、ジークフリートが言う。
今こうしているうちにも、王都は魔物の大群から攻撃されている。
また、地方を守っている結界を維持するために、兄であるエデュアルドは魔力を注ぎ続けている。
計算上は、まだ限界ではないはず。
だが、もしも魔物の大群が予想以上の規模だったら?
あるいは、想定以上にエデュアルドが消耗していたら?
それらの懸念を確かめる術を、今のジークフリート達は持たない。
であれば、彼らがやるべきことは、ただ一つ。
「行こう。ここで決着をつけるんだ」
ジークフリートが言えば、その場にいた全員が頷いて。
それから彼らは、洞窟へと向かって足を踏み出した。
※ピッコマ様にて、悪役退屈令嬢コミカライズ7話が公開されました!
幼女時代の、そしてクソガk……お行儀が悪い頃のエレーナが大暴れ!
ぽっちゃりだけど凛々しいフランツィスカもいっぱいです!
そして!
メルツェデスが!
怖い!
悪役令嬢としか言えない怖さです!(おい)
ぜひとも皆さまお読みいただいて、セシボンれもん先生渾身の作画を体感していただけたら!(笑)
そして、読み終わった後には、是非ともハート連打をお願いいたします!
……なんだかコミカライズ更新のたびに更新している気がしますね……(汗)
も、もうちょっとペースあげますので、ご容赦いただけましたら!




