まさか。まさか。まさか。
「ぬわぁ~~~!!!」
「ギュ、ギュンター~~!?」
ギュンターが吹き飛ばされ、ジークフリードが悲痛な叫びを上げた。
ここは、魔王との決戦場所……ではない。
いや、ある意味で魔王との対決ではあったのだが。
「あ、あら……?」
ギュンターと対峙し、幾度か切り結んだ後に決定的な一撃を入れてギュンターを吹き飛ばしたメルツェデスは、戸惑ったような声を漏らす。
様々な騒動や議論を巻き起こした『聖女選任』の儀式から一夜明けて、翌日。
メルツェデス達は、学院の訓練場に集まっていた。
それぞれに様々な感情はあれども、『精霊結晶』は授けられた。それも、過去に類を見ないほど大量に。
この魔王が復活しようという時期にそうなれば、その効力のほどを確かめようとなるのは当然のこと。
そして、その試金石としてメルツェデスはこれ以上ない存在だった。
恐らくガイウス不在の王都にいる人間では個人として最強。
それでいて、『精霊結晶』を授けられなかった上に授けられた面々と大体日常的に手合わせをしているとなれば、彼女以上に腕試しの相手としてふさわしい人間はいないだろう。
「え、一体どういうこと? なんでギュンターさんが負けてるの?」
「簡単な話。ギュンターは確かに強くなっている。けれどそれ以上にメルが強かった。それだけのこと」
呆気に取られていたエレーナがその場にいた全員を代弁するかのように問いを漏らせば、隣で聞いていたヘルミーナがさも当然といった顔で解説した。
それを聞いた全員の視線が一度ヘルミーナに集まり。
それから、すぐにメルツェデスへとそそがれた。
「……確かに、ギュンターさんの動きは格段に速くなっていたし、一撃の重さもいつも以上だった。けれど、メルの技がそれらを全部封じ切ってしまっていたわね……」
「あの、というか、メルツェデス様の動きが、今まで見たことないくらい凄かったんですけど……?」
納得顔で頷くフランツィスカの隣で、クララが顔色を悪くしながら恐る恐ると口にする。
ギュンターやクリストファー、そしてフランツィスカもそのことには気が付いていた。
それが意味することに気づかないほど鈍い人間は、この場にはいない。
「つまり、今までの傍若無人なメルの強さは手加減したもので?」
「ようやっとギュンターさんが本気を出せるくらいに強くなって?」
「それでも圧倒しちゃった、と」
エレーナが、フランツィスカが、そして最後に言葉を選ばずヘルミーナが、続けていく。
その意味するところを理解したところで、メルツェデス以外の人間が背筋を凍らせた。
「あ、あれでまだ、本気じゃなかったの……?」
特に普段からメルツェデスに転がされ、それでもその背中を追っていたクリストファーなど膝から崩れ落ちそうになっているのだが。
しかし、当の本人であるメルツェデスが慌てて首を横に振って否定する。
「ま、まって、今まで本気を出したことがなかったわけではないのよ? ……ただ、いつもというわけではなかったけれど……」
少しだけほっとしかけたクリストファーだったが、最後に小さく付け加えられた言葉に、やはり膝から崩れ落ちた。
彼とてプレヴァルゴの人間、姉には及ばずとも耳はいいのだ。
それが、少々不幸なタイミングで発揮されただけで。
「しかし、これで一つの疑問を説明する仮説にたどり着けたとも言える」
葬式にも似たしめやかな空気になりかけたところで、場の空気も読まずにヘルミーナが口を開く。
いや、もしかしたらある意味読んだからこそ、かも知れないが。
「疑問って?」
「何故メルに『精霊結晶』が授けられなかったか。皆も疑問に思っていたのでは?」
エレーナの問いかけに答えたヘルミーナが周囲を見回せば、皆それぞれの表情で頷いて返してくる。
心根と強さが『精霊結晶』を授けられる条件なのだとしたら、どう考えてもまず最初に授けられるべきはメルツェデスである。
だが、その彼女に、授けられなかった。
しかも、水の精霊が彼女の前までやってきたというのに、だ。
「本来なら、メルも授けられるべき人間だった。けれど、授けられなかった。その時言われた言葉を覚えてる?」
「……確か、『器が耐えられぬ』だったわね」
ヘルミーナに問われてメルツェデスが答えれば、それを聞いていたクララがはっとした顔になった。
「そ、そういえば、エレーナ様が『騎士』になれないと言われた時は、『器が足りぬ』と言われました!」
「まってクララ、そんなに大きな声で言わなくていいのよ、そこは……」
声を上げるクララの袖を、ちょんちょんと引っ張るエレーナ。
伏せ気味にした顔を染めるその様子は、普段の強気な彼女とは程遠い。
そんな様子を見て、男性陣は戸惑い、親友たちは少しばかりほっこりし……すぐに気持ちと表情を改めた。
「そう、その表現の違い。『器』が何を指すのかはまだ正確にはわからないけれど。エレンはその大きさが足りないと仮定したら」
「メルは、大きさは十分だけれど、その中が既に満たされてしまっている、ということ?」
「恐らく、だけれど」
フランツィスカが問うというよりは確認するかのように言えば、ヘルミーナは頷いて返す。
だが、そこにメルツェデスが異議を唱えた。
「まって、わたくし、まだお父様に勝てないのだけれど。それでは一生勝てないことになってしまうじゃない」
思わぬ言葉に、数人ががくっと膝を崩しそうになった。
「こ、この状況でそれなんだ……?」
そのうちの一人であるクリストファーが、ツッコミとも疑問ともとれる言葉を向ける。
だが同時に、納得と感心もしてしまっていた。
姉のこの姿勢こそが、あそこまでの強さに押し上げているのだろう、と。
そんなクリストファーへと、さも当然とばかりの顔でメルツェデスが頷いて返す。
「それはそうよ。これがわたくしの限界だなんて、納得できないわ」
憤懣やるかたない、という顔ではあるが、それも仕方がないのかも知れない。
一人の研鑽を重ねる剣士としての言葉でもある。
同時に、ゲームのメルツェデスを知る人間としての言葉でもあった。
ゲームでのメルツェデスは、ろくな鍛錬を積むこともなく己の暴力衝動を制御することもなく暴れまわっていただけなのに中盤までのクリストファーを叩き伏せるほどの力を誇っていた。
そんな彼女の身体で真面目に鍛錬を積んだというのに、父には届かないというのか。
やるせない思いを味わいながらメルツェデスが問えば、ヘルミーナはしばし考えてから口を開く。
「可能性としての話だけれど。ガイウス殿の強さを100とすれば、メルの強さは90くらいなのかも知れない。そして、『精霊結晶』が30だとか50だとかを足してくれるもので、ギュンターが合計して80くらいになっているのだとしたら、説明はつくと思う」
「なるほど、いくらメルでも、120とか詰め込まれたら耐えられない、ということね」
説明を聞いて、フランツィスカが納得顔で頷いた。
聞いていた他の面々も、大体同じような反応である。
「いくらわたくしでも、というのがとても複雑なのだけれど」
「50とか30程度でしかないって言われてる僕らの方が複雑なんだけどね……」
ぼやくように言いながら、クリストファーがため息をつく。
追いつこうと思っている姉の背中は、まだまだ遠くにあるらしい。
どれだけ研鑽を積めば追いつけるというのだろうか。
……どうにも、楽しくて仕方がない。
彼もまた、やはりプレヴァルゴだった。
「もう一つ、複雑というか面倒なことがある」
そこで一応話がひと段落、というタイミングでジークフリートが発言すれば、全員の視線が集まる。
それにひるむことなく、そして全員の意識が、聞く耳がこちらへと向いたと見たジークフリートは、言葉を続けた。
「万が一魔王が復活した際に挑むチームの編成を、修正しなければならない、かも知れない。メルツェデス嬢を外さない方向で考える必要が出てきた」
その言葉に、全員が頷いて返す。
現在、魔王復活を阻止するために黒幕であるナイエム商会のデニスを捜索中であるが、まだ発見には至っていない。
であれば魔王を復活させられる可能性は決して低くはなく、そうなってしまった場合、対抗できるのはジークフリート達『精霊結晶』を与えられた面々と、『光の聖女』ならぬ『光の聖騎士』となったクララだけである。
……と思われていた。
だが、そんな彼ら彼女らよりもメルツェデスが強いとなれば、彼女を連れていかないという選択肢はないと言っても過言ではない。
個人戦闘能力はもちろんのこと、この中の誰よりも実戦経験が豊富なのだから。
であれば。
「すぐに父上の謁見許可を……」
「殿下!」
ジークフリートの言葉を遮るように、一人の兵士が駆け込んできた。
何事かと全員が視線を向ける中、彼は短い言葉で非礼を詫びた後、すぐさま伝えるべきを伝える。
「各地で魔物が大量に発生しているとのこと! 対策会議のため、急ぎ王城へとお戻りいただきたく!」
その言葉に、居合わせた皆が驚愕の顔になる。
何を意味するのか。
それがわからぬほど鈍い者は、この場にいなかった。




