選ばれた者は・前。
『いや~、今回は活きがいいのが多いぜ! 目移りして困っちまうな~!』
そんなことを言いながら飛び回っていた赤い光が、徐々に人の形を取っていく。
ぱっと見た目は二十代ほどの若い青年。
赤い髪に赤い目とくれば、一目でわかる。火の精霊なのだろう。
『まあ、まずはやっぱ王家の人間だよなぁ!』
そう言いながら彼が止まったのは、エドゥアルドの前だった。
それを見た貴族達からは、驚きとともに安堵の声が上がる。
王国は精霊を信仰の対象とし、その祭祀には王家も大きく関わっているため、もしも精霊が王家の人間に『精霊結晶』を渡さないなどということにでもなれば、その威信が揺らぎかねない。
だが、その『精霊結晶』が次代の王たるエドゥアルドに授けられるとなれば一安心というものである。
『お前が次の王だな? ……うん、器としては十分だ。お前はこの『精霊結晶』を手にして何を望む?』
唐突な問いかけ。
普通の人間であれば面食らうところであろうに、エドゥアルドは間髪入れず口を開いた。
「平穏を。この国を、民を守り、他国とも手を携え、共に安らがんことを望みます」
考えるまでもなく、勝手に。
普段であれば口にすることのないような言葉が、身体の奥底から湧き出てきた。
それを受けた精霊は、しばし見透かすようにエドゥアルドを見つめ。
しばらくしてから、ため息を吐いた。
『っは~、ほんとに腹の底から思ってら。腹黒なくせにロマンティストだなぁ』
「……お戯れを」
呆れたように言う火の精霊へと、エドゥアルドはいつもの笑みを浮かべながら答える。
つまり、彼は精霊の言葉を否定しなかったということでもある。
否定出来ないのも当然で、精霊を前にして嘘偽りを述べることなど許されることではない。
それ以上に、今この瞬間、エドゥアルドの魂は精霊に触れ、剥き出しにされた。
故に彼から、普段であれば絶対に口にしないであろう言葉が紡がれたのだ。
『戯れかどうかは、これからのお前の行動が示すだろうさ。汝に祝福を。汝は火の結晶を受けるにふさわしい魂を示した』
急に口調を改めた火の精霊が、厳かな口調で告げる。
エドゥアルドへと向けて手を差し伸べれば、その手の先に集まる火の魔力。
人間が操ることの出来るそれを遙かに超えた超常的な力が、その一点に集い。
やがて、鮮やかな赤い光を放つ水晶のような固まりへと変じた。
「……お言葉とこの力、しかと胸に刻みます」
エドゥアルドがその場でひざまずき、崇めるように両手を差し出す。
その手に、『火の精霊結晶』はゆっくりと下りていき。
強い光を放ったと思えば、エドゥアルドの胸の中へと吸い込まれていった。
こうなることが何故かわかったから、エドゥアルドは力を胸に刻むと言ったのだ。
今確かに、『火の精霊結晶』はエドゥアルドに授けられた。
そのことに、多くの人間が安堵して。
しかし、すぐに驚愕の声を上げることになる。
『んじゃ、次っと』
次。
その言葉だけでも、十分驚愕に値する。
『聖女選任』の儀式において、精霊が『精霊結晶』を授けるのは一人が精々。
授けられないことも往々にしてあった、と記録には残っている。
だが、もう一人にも授けると言ったのだから、それだけでも驚くに値するのだが。
『次は、お前だ。……この時代に『鞘』が生まれるとはなぁ。ってことは、やっぱアレが復活すんのか』
「……アレ、とはもしや『魔王』のことでございましょうか」
うって変わって物憂げな声に、ジークフリートの背筋が伸びる。
彼は、知っている。自分の内にあるものが、ただの火ではないことを。
そして、近くで聞いていたエデリブラ公爵は驚きに目を見開く。
『鞘』という言葉。それと対を成す存在を、彼は知っていた。
『その通りだ。そして、故にお前は望むことが許されない。『鞘』として闇払う炎をその身に宿し、魔を統べるモノを切り裂かねばならぬ。お前はその運命を受け入れられるか?』
「受け入れましょう」
エドゥアルドの時に比べ、沈鬱とすら言える響きの問い。
だが、それに対してジークフリートは迷うことなく答える。
彼の心は、そしてその魂は、どこかでそうなることを理解していた。
そしてそのことは、誰よりも火の精霊がよくわかった。
『……わかった。汝が運命は今ここに定まった。闇払う炎の『鞘』たる者よ、その刃を内に収め、闇纏う魔の輩を切り払え!』
火の精霊の宣告を受け、その場に跪くジークフリート。
兄であるエドゥアルドと同じく、両手を差し出したのだが。
その手に預けられたのは、『精霊結晶』ではなく、一振りの剣。
炎を纏うその剣は、しかしジークフリートの肌を焼くことなく。
手にすれば、まるでそこに収まるために作られたかのごとく、ジークフリートの手に馴染んだ。
「しかと、受け取りました。闇を払うが私の運命であるとするならば、受け入れましょう。
そして、その上で! 闇を払い、運命すら切り開いてご覧にいれましょう!」
『……はっ、いい啖呵だ、気に入った。やってみろよ、王子様!』
ジークフリートの宣言を受けて、どこかほっとした様子で火の精霊が浮かび上がる。
その光景を見て……心打たれた者もいれば、混乱する者もいた。
ゲームに出てきた『炎の剣』の存在を知る者は、貴族といえどもほとんどいない。
辛うじて、魔術に精通しているエデリブラ公爵やピスケシオス侯爵くらいのもの。
後はゲーム知識のあるメルツェデスくらいのものである。
だから、驚愕し混乱するのも無理はない。
メルツェデスからすれば、ゲーム的にはなくはない展開だったので、然程驚きはしなかったが。
だがしかし。
さらなる混乱が、会場を襲うことになった。
『後は……っと、もう一人いいのがいるじゃねぇか』
もう一人。
その言葉に、腰を抜かしそうになった人間が幾人か出る。
言うまでもなく、精霊が一度に三人にも『精霊結晶』を授けるなど前代未聞である。
いや、一人は結晶ではなく『炎の剣』ではあるのだが。
ともあれ、こんな大盤振る舞いは前代未聞のこと。
しかも、それだけではない。
『いや~、大した鍛え方だな、おい』
感心したように言いながら火の精霊がやってきたのは。
「……え? わ、私、ですか……?」
女性である、フランツィスカの眼前だったのだから。
※本日、ピッコマさんにてコミカライズ4話が先行配信されました!
是非是非お読みいただければと思います!
何しろ今回は、『あれ』が授けられる回ですので!!




