彼女の選択。
「騎士が現れない、とは、どういうことですか……?」
しばし愕然とした後、クララはようやく小さな声で問いを発することが出来た。
声も、身体も震えてしまう。だが、それも仕方のないこと。
『騎士が現れない』ということは、すなわち魔王とまともに戦える人間がクララしかいなくなるということ。
魔王と、一人で戦え。
突如としてそう突きつけられれば、どんな人間であっても怯んでしまうことだろう。
……いや、例外は何人かいるが。
ふとそんな考えが浮かんだところで、精霊の答えが返ってきた。
『汝の心にいる、汝の拠り所である者は、『騎士』たる資格がない。心根こそ十分ではあるが、いかんせん精霊の力を受け止めるには器が足りぬ』
その言葉に、クララはハッと顔を上げた。
思い出されるのは、あの夏の夜。
彼女は言った。「私には、できない」と。
まるで、このことを見透かしていたかのように。
何よりも、寂しげに。
『故に、汝の前に汝を守る『騎士』は現れぬ。あの者では、汝を守れぬ故に』
いつだって、彼女はクララを守ってくれていた。
魔力も運動能力も、とっくにクララは彼女を追い抜いていたにも関わらず。
貴族として。淑女として。人間として。
手本であり、庇護する者として、そこにいてくれた。
だがそれは、人の世界、人間社会でだからこそ出来ていたこと。
その理から外れた魔の王たる存在と向かい合うためには、力が足りないのだという。
『選ぶがよい、クララよ。『騎士』なき聖女として一人立つか、心を変えて他の者を望むか。
この場には『騎士』たる器を持つ者は幾人もおる故、選ぶは容易いぞ』
優しく諭すような声が、クララの脳へと伝わっていく。
何を言われたのか、頭が、心が理解していく。
そして、理解した瞬間。
「いいえ、変えません。ならば私は、『騎士』なき聖女を選びます」
迷わず、クララは言った。
きっぱりとした口調、意志の強い挑むような目つき。
しかし、光の精霊に怯んだ様子はない。
その意味することをクララは考えもせず、心に浮かぶままを言葉にしていく。
「私は、今までずっとあの方に守られてきました。あの方は、尊き身分でありながら平民出身の私を守ってきてくださいました。
私が今、こうしてあるのは、あの方のおかげです。
もし今、あの方が私を守ることが出来なくなったというのならば!
ならば、次は私があの方を守る番です!
私は、私を守ってくれる『騎士』なんて要りません!
私があの方を、エレーナ様を、皆を、この国を守ってみせます!!」
喝破。そうとしか言えぬ声の強さ、凜とした姿、清々しい空気。
言い放った瞬間、クララの内側から大きな力が溢れ、光となってその身を包んでいく。
周囲の人々は、その姿を見て理解した。今この瞬間、聖女が誕生したのだと。
そして。
そこまで言われた光の精霊が。
なにやら提案を足蹴にされたらしい光の精霊が。
心から、喜んでいることを。
『よくぞ言った。それでこそ我が愛し子、光の聖女たる者。
試すようなことをして悪かった。『騎士』なき道は茨の道、強靱な心なくては歩めぬ故に。
だが、汝は示してくれた。その気高き強さを』
精霊の言葉が進むにつれて、クララを包む光が形を変えていく。
伝説にあるような、ゆったりとしたフォルムの聖女の衣へと……ではない。
もっとしっかりと身体のラインに沿うような形。
胸や肩は、ボリューム感を増して。
『我は告げた。汝の前に『騎士』は現れぬと。
汝こそ、前に立つ者。汝は『聖女』にして『騎士』である。
すなわち、『聖騎士』なり」
厳かであり、優しげでもある声が告げると共に、一際光が強くなり。
そこには、光を結晶化させたような輝きを放つ白い鎧を身に纏ったクララが立っていた。
その凜々しさと荘厳さに、神官達も貴族達も、国王クラレンスさえ言葉が出ない。
あるいは、伝説にある『聖女』の姿とまるで違うことに混乱していることがなおのこと言葉を奪っているのかも知れないが。
そんな沈黙の中、クララがゆっくりと振り返る。
「光の精霊様はおっしゃいました。私は、『聖女』であり『騎士』である。
すなわち『聖騎士』である、と。
私は守られるだけの『聖女』ではありません。皆さんを、この国を守る『聖騎士』として精霊様に認められたのです!」
光の精霊の言葉は、クララ以外の人間には聞こえていなかった。
そのことを感覚的にわかっていたクララは、精霊の言葉を改めて伝える。自分の言葉で。
途端、割れんばかりの歓声が上がった。
宗教的な熱狂に浮かされるもの、心の底から沸き上がってくる感動に突き動かされるもの。
見渡せば、クララの義父であるジタサリャス男爵など涙を流している。
騎士たる彼からすれば、養女であるクララが騎士の姿を選択したことに特別な感慨が湧いたとしても不思議なことではないだろう。
それから、クララの視線が一点で止まる。
その視線の先では……エレーナが顔を真っ赤にしていた。
「……随分と熱烈で大胆な告白だったわね?」
「やめて、からかわないで……なんて言ったらいいのか、わからないのよ……」
フランツィスカが隣に立つ親友を肘で突きながらからかうも、エレーナはいつものような調子で返せない。返せるわけがない。
せめてずっと『あの方』とぼかしてくれたらよかったのに、最後の最後で名前を出されてしまった。
ぼかした言われ方でも誰のことか痛い程わかり、十分胸が熱くなっていたというのに、とどめとばかりにこれである。
これで心が動かない方がどうかしているというものだ。
そんなエレーナの顔を見て、達成感のようなものを感じたクララだったが。
呼ばれた気がして、祭壇の方……光の精霊を振り返る。
『クララよ、汝にもう一つ告げねばならぬ。
我は『汝の前に『騎士』は現れぬ』と告げた。それは真実である。
だが、全てでもない』
「全てでもない、とは……隠された意味があった、ということでしょうか?」
クララが問えば、精霊が頷いたような気配があった。
『然り。汝の前に『騎士』は現れぬ。それは、汝が前に立つもの故。
よって、汝と並び立つ『騎士』は現れる』
光の精霊がクララに種明かしをした瞬間。
祭壇に、四色の光が現れた。
『や~っと出番がきたぜ~!』
『まったく、光のお方は人が悪いのぉ』
『さぷらいずだなどと、世俗に染まりすぎでは?』
『うむ』
赤、青、緑、黄色。四色の光から、声がする。
今度ばかりはクララ以外の人間にも聞こえ、動揺の声も上がれば歓喜の声も上がる。
全員が理解していた。これは、精霊の声だ、と。
そして、精霊がこうもはっきりと現れたということが意味するのは。
『さあ、精霊達よ。汝らの愛し子を示し、『聖騎士』に並び立つ者として『精霊結晶』を授けるがよい』
光の精霊が合図をすれば、四色の光がそれぞれの愛し子を目指して分かれ飛んだ。
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