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『聖女選任』の儀式

 その日は、抜けるような青空だった。

 俗に、『精霊達が祝福しているような』といわれる快晴のもと、儀式が行われる中央神殿には大勢の人間が集まっている。

 清らかさを想起させる真っ白でシンプルなドレスに身を包む聖女候補のクララや儀式を執り行う神官達は勿論のこと。

 それを見届けんとする王族、そして多くの貴族達。

 厳粛な表情をしている王族達に比べて、貴族達の面持ちは実にそれぞれ。

 例えば、庇護下にあるクララがついに聖女として認められるとあってご満悦なギルキャンス公爵。

 聖女の義親としてその隣に立つジタサリャス男爵は、娘の晴れ舞台を見守る父親そのもの。

 同じ派閥の二人ですらまるで違う顔をしているのだ、様々な思惑が入り乱れる他の貴族達がそれぞれな顔をしているのも仕方のないところ。

 もちろん、普通であれば貴族たる者が感情を軽率に見せるものではない。

 だが、今日は聖女が正式に決まる日。

 そして貴族達からすれば『精霊結晶』が授けられるかも知れない日なのだから。


 『精霊結晶』を手にするということは、この国における信仰対象から加護を授かるということ。

 ある種神聖な存在に格上げされることになり、その家は王国内において揺るぎない地位を得ることになる。

 例えば、男爵が公爵や王家に異を唱えても咎められない。

 決定権は限定的だが、発言権においては『勝手振る舞い』とほぼ同等。

 おまけに精霊の力を借りやすくなるため、単純に戦闘で強くなるだけでなく様々な精霊の恵みをもたらすことが出来るようになる。

 そうなれば領地経営はもちろんのこと、周辺領地に対して精霊の恵みと引き換えに様々な交渉をすることも可能だろう。

 もっとも、欲の皮が突っ張った人間に精霊が加護を与えることはないのだが……残念ながら、そのことに考えが至っていない貴族は少なくないようだ。


「皮算用をする前に宗教学を再履修しておいた方が良かったんじゃないか、って顔の人間が多いわね」


 そんな貴族連中を見て、エレーナがぼそりと辛辣なことを口にし、隣で聞いていたフランツィスカもメルツェデスも、苦笑はすれども否定はしない。

 

「まったくその通り。この『聖女選任』という光の精霊が見られるかも知れない貴重な機会に、そんな邪な心でいるなど」

「あなたはブレないわね、ミーナ……。でも違うの、そういうことじゃないの」


 同じく不満そうなヘルミーナが言うも、エレーナは小さく首を振った。


「エレンは、クララの晴れ舞台なんだから真面目に参加しろっって言いたいのよね?」

「それも違うわ。……そういう気持ちがあるのも事実だけれど、一応違うのよ」


 フランツィスカがからかうように言えば、エレーナはまた首を振って否定した。

 ……ただ、その頬は少しばかり赤いようだが。


「でも真面目な話、あまり不信心な人ばかり集まってクララさんの『聖女選任』が上手くいかなかったら、それはそれで困るのよねぇ」


 親友達の掛け合いを聞きながら、メルツェデスは小さくため息を吐く。

 ゲーム通りに展開するならば、問題なく精霊はやってくるはず。

 また、クララ自身の能力や心根も、聖女として文句のない水準に達している。

 であれば、失敗するはずはないのだが……これはゲームではないのだ、絶対とは言えない。

 まして、これだけゲームと違った状況になっているのならば。


「大丈夫、問題ない。この場に精霊達はやってくる」

「随分と自信たっぷりね、ミーナ。何か根拠でもあるの?」

「もちろん。こんなにも純粋に精霊のことを思っている私がここにいるのだから」

「……ミーナの場合は、純粋な好奇心とか探究心とかじゃないかしら……」


 ドヤ、とばかりに胸を張るヘルミーナにエレーナが聞けば、ある意味でとてもいつもの彼女らしい答えが返ってきて、エレーナはぼやくように呟く。

 以前のようなマジキチぶりはすっかり鳴りを潜めたが、それでもヘルミーナの魔術、そして精霊に対する探究心はやはり常人のそれではない。

 そして。

 もう一つ、常人のそれではないものがあったらしい。


「というか、感じない? もうそこまで来てるのに」

「え?」


 ヘルミーナの言葉に、エレーナも、そしてフランツィスカとメルツェデスも驚きの声を上げる。

 慌てて感覚を研ぎ澄ませるも、ヘルミーナが言うような精霊の接近は感じないのだが。

 だが、彼女が冗談や適当を言っているとも思えない。

 彼女は、こういった冗談を言うような人間ではない。

 それがわかっているから、メルツェデス達三人は何も言えず。


「それでは、ただいまより儀式を執り行います!」


 期せずして全員が沈黙したそのタイミングで儀式の開始が告げられ、それ以上ヘルミーナを問いただすことが出来なかった。




 儀式開始の声を聞いて、クララの肩が小さく震える。

 精霊を迎える祭壇の前、立っているのは彼女一人。

 神官達は祭壇と彼女を取り巻くようにしながら離れたところでひざまずき祈りを捧げている。

 詰めかけている貴族達は、エレーナ達は更にその向こう。

 これだけの人がいるのに、彼女は一人だ。

 彼女だけが、祭壇の前に立つ資格があるのだから。


 『聖女選任』の言葉が示すように、本来聖女は複数人の候補者から選ばれるものだった。

 だが時を経るに連れて光属性の魔力を持つ者は減り、聖女として認められるだけの力を持つものなど数十年に一人となってしまった。

 だからこの場で彼女と並び立つ者はおらず、クララは一人で精霊と向き合わなければならない。

 

 ……正直に言えば、重い。

 クララは元々ただの平民の娘だった。

 それが光の魔力を見出され、聖女候補としてジタサリャス男爵の養女となり、今や対魔王の切り札にまでなってしまっている。

 たかだか、二年にも満たぬ間に。

 環境の激変ぶりに、心と頭がついていけてるかと言われれば、首を振らざるを得ない。

 身近の令嬢達を見るに、クララは自分をいまだ貴族たり得ないと、そう思っている。

 

 けれど、彼女はここに立っている。

 平民であれば、逃げても許されるだろうに。

 クララは、それを自分に許さなかった。

 

 祈りの声が徐々に大きくなる。

 それにつれて、祭壇の向こうに感じる気配が強まり、自然とクララの足が一歩前に出た。

 手順は頭に入っている。何度も練習したから身体も覚えている。

 だが、それらをまるで意識することなくクララは歩みを進める。


 導かれるように。

 それが当たり前であるかのように。


 光が、強くなる。


 来た。


 その場にいる全員が、そう感じた。

 強く、清らかで優しい力。

 全てを癒やし包み込む存在が、そこにいる。

 クララは、そうと思う前にその存在へと……光の精霊へと両手を差し伸べた。


『ああ、我が愛し子よ。光満つる心の乙女よ。我は来たれり。幾星霜を越えて汝が前にあり』


 声が響く。クララの内に。

 光の精霊の声が聞こえるのは、ただクララのみ。

 だが、その場に居る全員が感じていた。

 光の精霊が、クララを聖女と認めたことを。

 だから、皆が安堵し。

 クララだけが愕然とした。


『だが、汝の前に騎士は現れぬ』


 と、告げる声が聞こえたのは、彼女だけだったのだから。

※コミカライズ版、ピッコマ様にて好評配信中でございます!

 また、15日からは他の電子コミックサイト様でも順次公開予定!

 是非とも可愛くかっこいいメルツェデスをご覧ください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] クララさんの騎士となるのはエリーナさんに違いない!と一瞬鼻息荒くなりましたけど、順調に思考が筋肉に侵されつつあるクララさんの方が騎士に向きそうな? エリーナさんお姫さまポジションが似合いそ…
[一言] この聖女選定の儀は国家存亡に影響するほど重要らしいですけど、欲まみれな人達の傍観が許される自体がおかしいです…というかよく考えたら、敵に襲われないように聖女の儀は秘密裏で行うという選択肢は可…
[一言] 聖女の周囲の人材の豊富さを見て、 騎士なんか遣わしても足手まといになるから 見合わせたのではないかと。
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